開放条件
第百十一話 二百人の条件
最上級兵の解放条件が発表されたのは、律が来る前日のことだった。
俺は市場で買った茶を棚へしまい、明日の仕事を午前に寄せていた。
表示が開いた時も、最初は装備に関する追加の知らせだと思った。
『最上級兵種・開発条件公開』
手が止まった。
王城の外郭を守り、上級騎馬を正面から止めた兵。
その兵種を、こちらも使えるようになる。
俺は椅子へ座り直した。
資源。
施設。
兵種ごとの前提となる研究。
並んだ条件を読んでいく。
その途中に、見慣れない項目があった。
『所属同盟の総城主数 二百人以上』
『配下同盟に所属する城主を含む』
俺は、そこをもう一度読んだ。
読み違いではなかった。
*
晴の城へ着くと、葉がすでに地図を開いていた。
千景は所属人数を確認している。
宗吾の前には、最上級兵の情報があった。
誰も嬉しそうではなかった。
「二百人か」
俺が言うと、千景が頷いた。
「今のうちでは届かない」
人数が減ったのは、晴の同盟だけではない。
大連合は分かれた。
顔の見える人数で暮らしたいと、独立した者も多い。
ようやく、その規模で仕事を回し始めたところだった。
葉が、配下を含むという行を指した。
「ここが問題」
「ああ」
全員に同じ旗へ入ってもらわなくてもいい。
戦争を仕掛け、配下にすれば、相手の人数が条件へ加わる。
王城攻略へ近づくために、周囲の小同盟を従わせる。
その理由を、世界の仕組みが用意してしまった。
宗吾が言った。
「相手が最上級兵を使えるようになれば、こちらも今の守り方では済まなくなる」
王城で見た差が、城主同士の戦争へ持ち込まれる。
自分たちは争うつもりがない、と言うだけでは足りない。
隣が条件を満たすなら、こちらも急がなければならない。
その考えが、各地で同時に生まれる。
俺は地図を見た。
小さく分かれた同盟が、急に別のものに見えた。
土地でも砦でもない。
人数として数えられてしまう。
*
最初の書簡は、その日のうちに届いた。
周辺同盟による協議の打診。
参加する意思を早めに示してほしいという要請。
そこまでは、まだよかった。
夕方には、別の同盟から相談が来た。
『配下へ入れば保護する、という話が届いています』
『断った場合の説明はありません』
翌朝には、人数の少ない同盟が三つ、同時に兵を動かした。
攻めるためではない。
盟主の城へ守備を集めていた。
まだ宣戦はない。
それでも、誰も最初に兵を戻せなくなっていた。
巌からは、短い書簡が来た。
『うちにも話が来た。返事は止めてある』
瀬名からは、少し長い報告が届いた。
南東では、解散した連合の再結成を求める声が出ている。
一方、以前の条件では戻らないという同盟もある。
会議の席につく前に軍を近づけ、交渉を有利にしようとする動きまで見られるという。
文面の最後に、こうあった。
『兵を得るための合流と、兵を向けられないための合流が、同じ言葉で語られています』
俺は書簡を伏せた。
どちらも、参加を承諾したと記録される。
だが、中身は違う。
*
律との約束は、取り消しにはならなかった。
ただ、二人で茶を飲む前に、地図を開くことになった。
律の同盟にも、勧誘が来ていた。
「うちは、まだ返事をしてない」
「急がなくていいと思う」
「でも、返事をしない間にも、向こうはほかへ話を進めるでしょ」
俺は頷いた。
待つことにも危険がある。
選べる相手が減る。
周囲がまとまってからでは、提示される条件も変わる。
律は茶を一口飲んだ。
「これ、おいしいね」
「ああ。市場で見つけた」
「今度、落ち着いて飲みたい」
笑ったが、そのあとすぐ地図へ視線を戻した。
俺も戻した。
何でもない時間を守るために、また大きな話をしなければならなくなっていた。
*
その夜、晴に呼ばれた。
部屋には二人分の茶が置いてあった。
仕事の机ではなく、窓際の小さな卓だった。
「相談したいことがある」
晴は座ったまま、俺を見た。
「二百人のことか」
「うん」
俺も腰を下ろした。
晴は、しばらく湯呑みへ手を添えていた。
「集めなきゃいけないなら、集めるしかないのかもしれない。でも、人数が足りないから誰かを攻めるって、私は嫌だ」
「ああ」
「前に戦った時は、止めなきゃいけない相手がいた。今回、小さい同盟で暮らしてるだけの人まで、狙われる理由ができちゃった」
晴は顔を上げた。
「あなたなら、そういうことをしないで、調整できないかな」
すぐには答えられなかった。
晴は続けた。
「うちが二百人になればいいって話だけじゃなくて。周りも、無理に誰かを配下にしなくて済むように」
「……北西全部か?」
「できるところから。でも、ほかの場所にも話が届いたらと思ってる」
胸の奥が重くなった。
頼られた嬉しさより先に、やるべきことの多さが浮かんだ。
誰と組むのか。
誰が盟主になるのか。
戦争へ参加する義務はどうするのか。
抜けたくなった時、抜けられるのか。
二百人を割れば条件を失うのか。いったん解放すれば残るのか。
確認できていない仕様まである。
「晴。人数を揃えるだけなら、案は出せると思う」
「うん」
「でも、世界の混乱を収めるとなると……」
言葉が止まった。
晴は急かさなかった。
「全部、あなた一人でやってほしいとは思ってない」
静かに言った。
「ただ、誰かが最初に話を始めないと、兵を動かした人から順番が決まっちゃう」
それは、その通りだった。
分かるからこそ、苦しかった。
「少し、考えさせてくれ」
「うん」
晴は頷いた。
「大きいことを頼んでるのは、分かってる」
*
自分の城へ戻ると、律から書簡が届いていた。
茶のお礼と、今日話した条件の補足。
俺は返事を書き始めた。
途中で筆が止まった。
何度か書き直し、結局、短くした。
『晴から相談された。二百人の条件を、戦争で満たさずに済むよう調整できないかと』
『少し、抱えきれない気がしている』
送ったあとで、弱音を書きすぎたかと思った。
返事は、思ったより早かった。
『七人で話そう』
続けて、もう一通。
『一人で無理だと決める前に、私たちにも聞いて』




