いやはや
第百五話 遠すぎる城
王城へ最初に挑んだ部隊は、城門まで届かなかった。
報告を持ってきたのは、佐伯だった。
巌も一緒だったが、いつものように大きな声で挨拶はしなかった。
「うちの者じゃねえ」
席につくなり、巌が言った。
「だが、知った顔がいる。近くまで見に行ってきた」
佐伯が机に記録を広げた。
中央寄りの複数同盟による共同出撃。
大連合が崩れたあとも、協力関係を残していた者たちだった。
主力は上級兵。
育成の進んだURを揃え、新しい装備も投入していた。
勝てると断言していたわけではない。
まず外郭を削り、守備の反応を確かめる計画だったらしい。
結果の欄で、俺は視線を止めた。
「これで、接触した時間は……」
「長くありません」
佐伯が答えた。
守備側の最上級槍兵が、上級騎馬の正面を止めた。
その後ろから弓が届いた。
こちらの射程へ入れる前に部隊が削られ、配置を変えようとしたところへ、側面の守備が動いた。
外郭の一部を攻めたつもりが、別の守備隊の間合いに入っていた。
撤退命令は早かった。
それでも、逃がすために残した兵が大きく失われた。
「URのスキルは?」
宗吾が聞いた。
「効いた場面はあったそうです。ただ、それで全体を押し返せる差ではなかったと」
巌が腕を組んだ。
「あそこへ行くなら、今いる強い武将を並べりゃいいって話じゃねえ」
*
晴は、最後まで記録を読んだ。
世界管理記録への接触権。
城主状態の照会権。
王城の情報を開くと、報酬の文字は前と同じ場所にあった。
南の自動代行城からは、その朝も通行の許可が届いていた。
晴は礼を書いて送っていた。
本人が読むかもしれないから、と言った。
俺には止める理由がなかった。
「行きたいけど、今じゃ無理だね」
晴が言った。
誰も反対しなかった。
「じゃあ、何からならできる?」
その問いには、何人もが顔を上げた。
宗吾は守備部隊の記録を求めた。
岳は道と撤退地点を調べたいと言った。
弥平は装備と武将の組み合わせを試せる場所が要ると言った。
千景は、予定を書き込む前に全員を見た。
「全部を同時には始めません」
晴が少し口を尖らせた。
だが、すぐ頷いた。
「まず、うちの暮らしを戻す。それから近くの大城?」
「その順なら、私は賛成」
葉が地図を開いた。
ガチャスポットとして残されていた大城が、北西にはまだいくつもある。
隣接する同盟は減り、道の所有者も変わっていた。
以前の取り決めを、そのまま使うわけにはいかない。
俺の仕事も見えた。
*
七人で話す機会を作った。
今度は食卓ではなく、短い打ち合わせだった。
玄は王城の守備記録を読むと、眉を寄せた。
「これは、殴ってみたいで済ませたら駄目なやつだな」
「済ませようとしてたの?」
律が聞いた。
「少し」
「少しでもやめて」
いつものやりとりに聞こえた。
だが律は、続けて自分の同盟の事情を話した。
まだ遠征に出せる者は少ない。
出せる者に頼り続けると、その者たちまで疲れてしまう。
「だから、王城へ行く約束は今はできない」
玄は頷いた。
「分かった」
朔は、専用装備の一覧を持ってきていた。
「こっちは交換の窓口なら作れる。戦争への協力とは分けたい。品を預かったから出撃しろという話にはしない」
「それ、うちも入りたい」
葉が答えた。
岳は中央へ向かう道の情報だけ共有したいと言った。
杏は、今後の連絡を受け取りたくない者がいたら、無理に回さないようにしようと言った。
全部が一つの約束にはならなかった。
前なら、もう少し簡単に頷いていたのかもしれない。
それを寂しいと思う気持ちもあった。
だが、律が今は無理だと言えたことに、俺は安心していた。
最後に玄が聞いた。
「飯はどうする?」
朔が顔を上げた。
「その話も今日するのか」
「する。こっちまで延期したら、肉が余る」
「人数を決めてから買えと言っただろう」
律が小さく笑った。
その顔を見て、俺はようやく椅子の背に身体を預けた。
*
数日後、晴の同盟は近くの大城へ偵察を出した。
攻略の前に、隣接する二つの小同盟と話をした。
以前、そのうちの一つは大きな連合に属していた。
今は六人で動いているという。
「取り分は、出した兵だけで決めるのか」
相手の盟主が聞いた。
「道も使わせてもらう。偵察の情報も欲しい。それも含めて決めたい」
俺が答えると、相手は少し考えた。
「戦うのが無理な者もいる」
「うちにもいる」
そこから話が進んだ。
同じ旗になるという話はしなかった。
今回は何をするか。
何ができないか。
撤退を誰が判断するか。
装備が見つかった場合、欲しい者が重なったらどうするか。
決めることは多かった。
それでも、途中で席を立つ者はいなかった。
城へ戻ると、庭で冬馬が部隊の配置を確かめていた。
岩成の守備を横で見ながら、短い距離を行き来させている。
晴は少し離れた場所にいた。
急かさず、別の仕事をしながら、呼ばれた時だけ顔を上げていた。
「話せた?」
俺に気づいて、晴が歩いてきた。
「ああ。明日、地図を持ち寄る」
「一緒に来てくれる?」
「偵察には。攻略は、それを見てからだ」
「そっか」
晴は頷いた。
残念そうではなかった。
少しずつ、という言葉を口に出す必要もなかった。
中央の王城は、地図の遠くにある。
守っている兵の強さも、そこへ至る道も、まだ俺たちには足りないものばかりだった。
晴が庭を振り返った。
冬馬の部隊が、門の外へ出ていくところだった。
本人は門のそばに立ち、戻ってくる道をじっと見ていた。
晴は手を上げかけて、下ろした。
俺も隣で待った。
やがて先頭の兵が曲がり角から現れた。
冬馬が大きく息を吐いた。
その顔を見てから、晴は俺に言った。
「明日の地図、私も一緒に見る」
「ああ」
「分からないところは聞くから」
「俺も分からなかったら、向こうに聞こう」
晴は笑った。
その笑顔が、どこまで昔と同じなのかは分からない。
ただ、明日もこの人と話をしようと思った。
今は、それを確かめながら進んでいく。




