最上級兵
第百三話 届いているのに
最初の無断出撃は、晴の同盟の外で起きた。
北の小同盟に所属する城主が、隣の土地を三つ続けて奪った。
相手は以前、通行を断った城だった。
本人は、ずっと腹が立っていたと話したらしい。
次は、その報復だった。
奪われた側の仲間が出撃し、当人の土地だけでなく、同じ旗の別の城主の資源地まで落とした。
盟主同士が停戦を決めた時には、三つ目の同盟が参戦していた。
その同盟には、最初に攻撃した者と旧知の城主がいた。
止める書簡は届いていた。
届いた上で、無視されていた。
*
宗吾の机に、帰還を命じた部隊の一覧が置かれた。
三部隊が戻っていない。
敵が撤退したあとの追撃を、独断で続けていた。
「本人と話せたか」
俺が聞くと、宗吾は頷いた。
「話せた。戻れとも言った」
「返事は」
「ここで逃がしたら、また来ると」
分からない理屈ではなかった。
だからこそ厄介だった。
追撃の先には他同盟の土地がある。許可を取っていない道もある。
勝って戻ってきたとしても、新しい争いが残る。
晴が書簡を開いた。
短く帰還命令を書き、追撃中の戦闘は同盟として認めないと添えた。
以前なら、もう少し優しい文面に直したかもしれない。
今日はそのまま送った。
「戻らなかったら?」
宗吾が尋ねた。
晴は一度、目を閉じた。
「役職を外す。次の出撃も認めない。それでも他の城を攻めるなら、一緒にはいられない」
声が震えていた。
決めること自体が、怖いのだと分かった。
*
瀬名からの書簡は、いつものように整った文字で始まっていた。
だが、途中から行間が狭くなっていた。
『こちらの大連合は、現行の形を維持できなくなりました』
南東では、同じ命令を受けた同盟のうち、半数が出撃を拒否したという。
敵の規模が分からない。
家を空けたくない。
なぜ遠い場所の利益を守るのか。
理由はそれぞれだった。
一方で、出撃命令の出ていない者が、古い恨みを理由に攻め始めていた。
『停戦の約束をしても、加盟する全城主の行動を保証できません』
『私が昨日保証した道で、今朝、攻撃がありました』
俺はそこで読むのを止めた。
瀬名が、どんな顔でこの一文を書いたのか想像できた。
相手を騙すつもりはなかったはずだ。
それでも攻撃を受けた側に、その事情は関係ない。
最後の段落には、連合の解散と、元の同盟を中心とした再編が記されていた。
後日、北東からも似た報告が届いた。
巨大な色の塊だった地図が、細かく分かれていく。
元の仲間だけで戻った場所もあれば、元の仲間とさえ別れた場所もあった。
*
晴の同盟でも、退盟を求める者が出た。
戦争をしたい者ばかりではない。
今は少人数で暮らしたい。
大勢の報告が届くこと自体が苦しい。
誰が怒っていて、誰が味方なのか分からない。
晴は一人ずつ話を聞いた。
引き留めようとして、途中で言葉を飲み込むこともあった。
千景は土地と倉庫の利用を整理し、明日から困らないように退盟の日をずらした。
それを冷たい仕事だと言った者もいた。
俺は違うと思った。
辞めると言ったその日に道も物資も切られてしまえば、安心して辞めることすらできない。
恭介は残ると言った。
ただ、旧東雲の全員が残るわけではなかった。
「俺が説得した方がいいでしょうか」
尋ねられ、俺は首を振った。
「理由は聞きたい。でも、お前がまとめて責任を持つ話じゃない」
恭介は少し考えた。
「では、道と荷物だけ確認します」
「ああ」
それは、今の彼に頼める仕事だった。
*
混乱が始まって数日後、新たな告知が開いた。
『中央王城・攻略対象として公開』
晴の城では、ちょうど守備の交代を相談していた。
冬馬が短い距離なら試したいと言い、岳が同行する場所を選んでいたところだった。
地図の中央に、それまで輪郭のなかった城が現れた。
大きさだけでも、各地の大城とは違った。
表示された守備情報を見て、宗吾が顔を上げた。
「最上級兵……?」
上級騎馬に押し込まれた戦いが、まだ記憶に新しい。
その先の兵種が、複数並んでいた。
攻略報酬の欄に、資源や権限とともに見慣れない項目があった。
『世界管理記録への接触権』
『城主状態に関する照会権』
晴が身を乗り出した。
「これ、代行になった人のことも調べられる?」
詳細は開かなかった。
葉が表示を保存した。
「そう読める。でも、どこまで分かるかは書かれていない」
「聞くだけなのに、城を落とさないといけないの?」
晴の声が硬くなった。
俺も同じことを思っていた。
同時に、別の考えが浮かんだ。
知る手段がそこにしかないのなら、誰かが取る。
そして、取った者が情報を握る。
この発表を、各地の盟主が今読んでいる。
恐れている者も。
怒っている者も。
混乱の中で、何かを決める力を欲しがっている者も。
宗吾が王城への距離を測った。
すぐに千景が止めた。
「今、誰を出せる?」
地図から顔を上げると、部屋に空席があった。
前は、もっと椅子が足りなかった。
晴はその椅子を見てから、中央の表示を閉じた。
「今日は、こっちを決めよう」
冬馬と岳の守備予定が、机の真ん中へ戻された。
王城は消えない。
だが、明日も隣に座っているか分からない仲間が、今は目の前にいた。




