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黒坑日記 ― 三池大迷宮譚 ―  作者: 8時20分のたれまゆ


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▲Season 2 第56章:日常の中の手がかり


あらかた必要なものを買い揃え、残るのは食料と水くらいになった。


「これで、だいたい揃ったかな」


俺が買い物袋を持ち直した、そのときだった。


「……あれ? 美琴?」


背後から声がした。


美琴が振り返る。


「あっ、ユキ! 久しぶり!」


そこにいたのは、中学時代の同級生、松本ユキだった。


「ほんと、久しぶり。最近、全然連絡してこんけど、元気にしとる?」


「うん。普通に神社の手伝いやってるよ」


「へえ、相変わらずなんだね」


ユキはそう言いながら、俺と美琴を交互に見た。


そして、にやりと笑った。


「……でも、まさか二人がねえ」


「えっ?」


「いやいや、違うって! そんなんじゃないから!」


思わず、ムキになって言い返してしまった。


すると、美琴がむっとした顔で俺を振り返った。


「……ふうん」


「いや、だから、そういう意味じゃなくてだな……」


「はいはい。分かったから」


美琴はそっけなく言うと、ユキの方へ向き直った。


「ねえ、ユキ。これから時間ある?」


「うん、別にいいけど?」


「じゃあ、一緒に買い物に行こうよ」


「いいね。どこ行く?」


「ちょっと、女の子の買い物」


二人は楽しそうに話し始めた。


「おいおい、ちょっと待てよ」


俺は慌てて声をかけた。


「あとは食料と水くらいなんだろ? それを買ったら、みんなで帰ればいいじゃん」


美琴は、当たり前のような顔で言った。


「食料と水は灯真にお願いするね。私、ほかにも買いたいものがあるから」


「えっ、俺一人で?」


「そうよ」


「いや、俺も一緒に行くって!」


美琴は呆れたようにため息をついた。


「女の子には女の子の買い物があるの」


「へえ、なんだそれ?」


「灯真には分かんなくていいのよ」


そう言って、美琴はユキと並んで歩き始めた。


「じゃあね、灯真。また今度!」


ユキが振り返って手を振る。


「あ、おい! ちょっと待てって!」


俺の声もむなしく、二人は楽しそうに話しながら、人混みの向こうへ消えていった。


「……なんなんだよ、まったく」


俺はその場に取り残され、しばらく二人の後ろ姿を眺めていた。


さっきまで、あんなに楽しそうに一緒に買い物をしていたのに。


「……まあ、いいか」


俺は小さく息を吐いた。


とりあえず、頼まれた食料と水を買わなければならない。


店を回り、必要なものを選んで買い物袋に詰めていく。


水に、保存のきく食料。それから、念のために少し多めの飲み物も買っておいた。


これで、進さんを迎えに行くための準備はひとまず整ったはずだ。


両手に買い物袋を提げ、俺は神社へ戻ることにした。


「……まったく。女の子の買い物って、そんなに時間がかかるもんなのか?」


ぼやきながらも、どこかおかしくなって、俺は一人で苦笑した。


昨日までの戦いが嘘のような、いつもの日常。


こうして笑っていられる時間も、今は大切にしたいと思った。


神社へ戻ると、社務所から話し声が聞こえてきた。


「……あれ?」


中をのぞくと、古谷さんが来ていた。


おばあさんと向かい合い、昨日の出来事について話している。


机の上には、ひいじいちゃんの日記も広げられていた。


どうやら、昨日の話をしながら、日記のことも調べているらしい。


俺は社務所の奥に買い物袋を置くと、二人の話に加わろうとした。


そのとき、ふと昨日の出来事がよみがえった。


――そうだ。


あいつら、ミコトを狙って神社に来たって言ってたな。


背筋に冷たいものが走った。


しまった。


俺は、あのときのことをすっかり忘れていた。


美琴を一人にしてしまった。


もし、あいつらがまた襲いに来たら……。


もし、美琴が一人でいるところを狙われたら……。


「……っ!」


俺は思わず社務所の入口を振り返った。


買い物の間、あいつらの姿は見なかった。


だが、それで安全だとは限らない。


どこかで俺たちを見張っていた可能性だってある。


考えれば考えるほど、不安が膨らんでいく。


「古谷さん、おばあさん、俺……!」


言いかけて、俺は社務所の戸に手をかけた。


美琴のところへ行かなければ。


そう思い、勢いよく戸を開けようとした、その瞬間――。


「ただいまー!」


聞き慣れた声が、社務所の外から響いた。


「……え?」


俺が振り返ると、そこには買い物袋を手にした美琴が立っていた。


「どうしたの、灯真? そんなところで」


美琴は何事もなかったかのように、きょとんとした顔で俺を見ている。


「み、美琴……」


俺は彼女の姿を上から下まで確かめた。


「……何、灯真。気持ち悪」


「え?」


美琴は一言そう言い残すと、俺の横を通り抜けて社務所に入っていった。


「古谷さん、資料を調べてるんですか? 何かわかりました?」


美琴は、さっきまでの俺とのやり取りなどなかったかのように、古谷さんのところへ駆け寄っていった。


古谷さんは机の上の日記に目を落とし、苦笑いを浮かべた。


「いや、見れば見るほど不思議ですね。あの写真に写っていた文字と酷似しているんですが、まったく読めません。お手上げです」


「そんなに難しいんですか?」


美琴が日記をのぞき込む。


「ええ。ただ、一つだけ分かったことがあります」


古谷さんは、日記のページを指で示した。


「あの岩に刻まれていた文字と、この日記のところどころにある文字。おそらく、同じ言語で書かれているんじゃないかと思います」


「それと、灯真君が使っていた鎌……それに巻かれていた布にも」


「同じ言語……ですか?」


俺は古谷さんの隣に歩み寄り、日記を見つめた。


そこには、俺たちには読めない文字がいくつも並んでいた。


「もちろん、まだ断定はできません。でも、文字の形や特徴がよく似ているんです。偶然にしては、気になる一致ですね」


古谷さんは、日記のページをめくった。


俺は、そこに並ぶ文字をじっと見つめた。


「……結局、謎が一つ増えただけか」


俺がつぶやくと、古谷さんは小さく笑った。


「そうですね。ただ、手がかりが見つかったことも確かです。今は、それだけでも十分な進展だと思いますよ」


俺はうなずいた。


ひいじいちゃんは、いったい何を知っていたんだろう。


「同じ文字……?」


その言葉が、妙に気になった。


「古谷さん、俺にもよく見せてください」


「ん……何か気になったことでも?」


「いや……自分でも、よく分からないんだけど」


古谷さんから日記を受け取り、俺はページを開いた。


そこに並ぶ、見慣れたようで見慣れない文字。


その文字を見つめているうちに、胸の奥で何かが反応した。


――なんだ、この感じ……。


次の瞬間、視界が揺れた。


周囲の声が、少しずつ遠ざかっていく。


目の前の日記が、ぼやけていく。


そして――。


俺の意識は、再びひいじいちゃんの記憶へと引き込まれていった。



(第56章、終わり)





【Season 2 完結のお知らせ】


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!


『黒坑日記 ― 三池大迷宮譚 ―』は、第56章をもって Season 2 完結 となります。


そして、いよいよ Season 3 が始まります!


次回、第57章のタイトルは


『記憶の奥へ』


灯真がひいじいちゃんの日記を通してたどり着く記憶の先には、何が待っているのか――。


Season 3 は、毎週金曜日の朝8時20分 に定期更新を予定しております。


どうぞ楽しみにお待ちいただければ幸いです!


また、完結済みの『情感の森』や、新作『古谷教授の課外授業』なども執筆・公開しております。


こちらもあわせてお読みいただけたら、とても嬉しいです!


【読者の皆様へお願い】


ブックマーク登録や、作品下部の「★評価」で応援していただけると、Season 3 制作の大きな励みになります。


これからも『黒坑日記 ― 三池大迷宮譚 ―』を、どうぞよろしくお願いいたします!




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