第51章 : 因縁
「その巫女を、俺たちに渡せ」
影が、そう言った。
俺は美琴の前に立った。
「……誰だ、お前」
男は答えなかった。
ただ、美琴を見ている。
その視線には、明らかな悪意があった。
「その娘には、力がある」
「……何のことだ」
「境界を越える力だ」
男が、ゆっくりと片腕を前へ突き出した。
すると――
地面を這っていた小さな黒い影が、一つ、また一つと男の腕へ集まり始めた。
――ズズズ……。
黒い影が腕に絡みつき、形を変えていく。
やがて、それは一本の剣になった。
「……なんだ、あれ」
俺が呟く。
男は、その剣を握った。
そして――笑った。
「行くぞ」
一歩。
さらに一歩。
男が、こちらへ迫ってくる。
「灯真!」
美琴の声が飛んだ。
次の瞬間――
男が俺へ向かって剣を振り下ろした。
「っ!」
俺は、とっさに握っていた長細い棒を横に構えた。
――ガァンッ!
激しい衝撃が腕に走る。
「ぐっ……!」
重い。
だが、その瞬間だった。
俺の手の中で、何かがほどけた。
「……え?」
巻かれていた布が、バラリと地面へ落ちる。
その中から現れたものを見て、俺は目を疑った。
「……なんだ、これ」
それは――鎌だった。
けれど、普通の鎌とは違う。
柄が長い。
刃も大きい。
普通の鎌より、明らかに長く、巨大だった。
「鎌……」
ひいじいちゃんが、これを杖に使っていた。
その意味が、今になってつながった。
だが、考えている暇はない。
男の剣が、再び迫ってくる。
「くそっ!」
俺は反射的に鎌を振った。
――ガキィンッ!
黒い剣が、大きく弾き飛ばされた。
「……っ!」
男の動きが止まった。
そして――
男の視線が、俺ではなく鎌へ向いた。
「……その武器」
声が変わった。
さっきまでの余裕が消えている。
「……まさか」
男が一歩、後ろへ下がった。
「それは……」
俺は鎌を握り直した。
「何だよ」
男は答えない。
ただ、鎌を睨みつけている。
やがて、その身体が震え始めた。
怒りだった。
「……また、お前か」
「……え?」
俺には意味が分からない。
男は、鎌を指差した。
「忘れるものか……」
その声には、憎しみが込められていた。
「黒坑の奥で、俺たちの前に立ちはだかった男……」
「……黒坑?」
胸の奥がざわつく。
男は続けた。
「俺たちを追い詰め、この世界へ逃げるしかなくした」
俺は息を呑んだ。
「……ひいじいちゃん?」
男の顔が歪んだ。
「そうか……」
男が俺を見る。
「お前は、あの男の……」
そこで言葉を止める。
そして、憎しみに満ちた声で吐き捨てた。
「……血を継いでいるのか」
「お前……ひいじいちゃんと戦ったのか?」
男は笑った。
その笑いには、殺意しかなかった。
「ああ、アイツらと戦った」
「アイツらって?」
「そして俺は、逃げた」
男の周囲で、黒い影が蠢く。
「この世界へ?」
「そうだ。偶然にも、この世界へ逃げ込むことができた」
俺は鎌を握った。
ひいじいちゃんと誰かが、黒坑の奥でこいつと戦った。
そして、こいつは逃げてきた。
今、俺たちのいるこの世界へ。
「ずっと待っていた」
男が言った。
「再び、扉が開く日を」
そして、美琴へ視線を向ける。
「その巫女がいれば、扉は開く」
「美琴は渡さない」
俺は言った。
男の口元が歪んだ。
「ならば――」
黒い剣を構える。
「お前たちも、まとめて消してやる」
その殺気に、俺は一瞬、身体が動かなかった。
怖い。
今まで戦ってきた黒い影とは違う。
こいつには、明確な意思がある。
俺たちを殺す意思が。
俺は親父たちの方へ目を向けた。
親父とおばあさんは、無数の黒い影を相手に戦っている。
「はあっ!」
親父の刀が走る。
――ザンッ!
影が一体、地面へ叩きつけられる。
おばあさんも、迫ってきた影を次々と斬り払っていた。
二人とも、圧倒的に強い。
けれど――
数が多すぎる。
倒したそばから、また新しい影が現れる。
境内の奥から、次々と黒い影が押し寄せてくる。
俺は、美琴を見る。
美琴も槍を構え、迫ってくる影と戦っていた。
その姿を見た瞬間――
胸の奥で、何かが決まった。
俺が守らないと。
美琴を。
今度は、俺が。
俺は安全灯を握り直した。
そして、もう片方の手で鎌を構える。
男が、こちらを見ている。
その手には、黒い影から作られた剣。
「……来い」
俺は安全灯を掲げた。
その瞬間――
強い光が、安全灯から放たれた。
周囲の黒い影が、光を避けるように後ずさる。
そして、その光を受けるように――
俺の手にある鎌の刃先が、淡い光に包まれた。
「……!」
光は、ゆっくりと刃全体へ広がっていく。
すると――
「……?」
少し離れた場所で戦っていた、おばあさんの手元が光った。
おばあさんが使っている光世。
その刀身から、青白い光が放たれ始める。
「光世……?」
おばあさんが、驚いたように刀を見る。
青白い光は、まるで鎌の光に呼応するように強くなっていく。
俺の手の中でも、鎌が淡く輝いている。
二つの光が、共鳴していた。
男の動きが止まった。
「……クソッ!」
低い声が響く。
その声には、明らかな怒りが混じっていた。
「また……それか」
俺は鎌を握り直した。
安全灯の光が、さらに強くなる。
鎌の刃先が淡く輝く。
そして、遠くでは光世が青白く輝いている。
親父も、その光に気づいた。
「……灯真」
俺は振り返らなかった。
目の前の男だけを見る。
もう、怖くはなかった。
俺が守る。
美琴も。
この場所も。
そして――
ひいじいちゃんが守ろうとしたものも。
俺は安全灯を握る手に力を込めた。
鎌を構える。
「行くぞ」
男が、黒い剣を構え直した。
その周囲で、無数の影が蠢く。
「来い」
俺は一歩、前へ踏み出した。
――ザンッ!
(第51章、終わり)




