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黒坑日記 ― 三池大迷宮譚 ―  作者: 8時20分のたれまゆ


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第47章:残された記録


「……これ、何ですか?」


俺が尋ねると、古谷さんは表紙をじっと見つめていた。


『三池山 山伏記録』


古びたノート。


紙は黄ばんでいて、表紙の端も擦り切れている。


親父がおばあさんの向かいに座り、俺たちもその周りに集まった。


「開けてみよう」


古谷さんが、そっと表紙をめくった。


最初のページには、三池山で修行していた山伏たちの記録が書かれていた。


「……修行の内容ですね」


古谷さんが読み上げる。


「山に入り、水で身を清める。岩場で修行する。夜明け前に祈りを捧げる……」


「人のためにも祈っとったみたいね」


おばあさんが言う。


「はい」


古谷さんが頷く。


「病気が治るように。雨が降るように。村が平穏であるように……。そういう祈りの記録が多いです」


美琴がページを覗き込む。


「じゃあ、三池山の山伏って、普通に人を助けてたんだ」


「そうたい」


親父が言った。


「山伏いうても、みんながみんな怪しいわけじゃなか」


俺も頷いた。


今まで聞いてきた話から、山伏というだけで黒い影と関係があるように思っていた。


でも、記録を見る限りでは違う。


人々のために山で修行し、祈りを捧げていた。


「……あ」


古谷さんの手が止まった。


「どうしたんですか?」


美琴が聞く。


「ここから少し、内容が変わっています」


ページの途中から、筆跡が変わっていた。


「『見慣れぬ者、山に入る』……」


古谷さんが読む。


「『修行の作法、我らとは異なる』」


「見慣れぬ者?」


俺が聞き返す。


「旅人か何か?」


「その可能性もあります」


古谷さんは答えた。


「ただ、わざわざ記録に残しているのが気になりますね」


ページをめくる。


「……ここにもあります」


別の場所に、似たような記述があった。


『姿は人に似る』


その下に、


『されど、我らの知らぬ術を使う』


と書かれている。


「……術?」


美琴が呟く。


「山伏の術じゃないの?」


「分かりません」


古谷さんは首を傾げた。


「この記録を書いた人には、そう見えたということでしょう」


さらにページをめくる。


そこには、妙な記述が続いていた。


『夜、黒き影を見る』


『地を這うもの、木々の間を動く』


『近づけば消える』


俺はその文字を見つめた。


「……黒い影」


親父は驚かなかった。


ただ、黙ってそのページを見ていた。


「昔の記録にも、出てくるんですね」


俺が言う。


「そうたい」


親父が答えた。


「俺たちが知っとるものと、似たようなもんが昔からおったんやろ」


「やっぱり……」


美琴が小さく呟く。


「灯守りの家にも伝わっとる話と、つながるのかな」


「可能性はある」


親父はそれだけ言った。


古谷さんはページを戻しながら、別の箇所を指差した。


「こっちも気になります」


そこには、いくつかの名前が書かれていた。


その名前の横には、小さな印が付いている。


「同じ印がありますね」


美琴が言う。


「うん」


俺も頷く。


「何の印だろう?」


古谷さんが別のページを開く。


そこにも同じ印。


さらに別のページにも。


「……何かを区別するための印かもしれません」


「この人たちだけ?」


親父が聞く。


古谷さんはページを見比べた。


「そうみたいです」


「じゃあ、普通の山伏とは別に記録されとる?」


「その可能性が高いですね」


古谷さんは、もう一度最初のページに戻った。


「山伏たちの記録は、ほとんどが修行や祈りについてです」


そして、印の付いた名前を見る。


「でも、この人たちについては……」


ページをめくる。


「術」


また一枚。


「黒い影」


さらに一枚。


「そして……」


古谷さんの指が止まった。


「歳を取らない」


「……」


誰も言葉を発しなかった。


「これ、本当なんですか?」


俺が尋ねる。


「記録には、そう書かれています」


古谷さんは答えた。


「もちろん、記録を書いた人の勘違いや、別人だった可能性もあります」


「ばってん、何度も出てくる」


親父が言う。


「そうなんです」


古谷さんは頷いた。


「そこが気になります」


しばらく、全員で黙って資料を眺めていた。


やがて親父が立ち上がった。


「……もう少し探してみよう」


「何を?」


美琴が聞く。


「この記録と一緒に残っとるもんがあるかもしれん」


親父は段ボール箱をいくつか動かした。


古い紙。


本。


写真。


小さな封筒。


いろいろなものが出てくる。


「……これは?」


俺が一枚の写真を拾い上げた。


山の岩場が写っている。


「三池山かな?」


美琴が覗き込む。


「たぶん、そうじゃなかか」


親父が答える。


写真の中央には、大きな岩。


そして、その岩の表面に何かが刻まれている。


「……文字?」


美琴が顔を近づける。


「梵字っぽいね」


「こっちは違う」


俺が別の場所を指差す。


同じ岩に、見慣れない形の文字がいくつか刻まれていた。


「これは……」


古谷さんも写真を見る。


「分かりません」


「古谷さんでも?」


「はい。少なくとも、私には読めません」


親父が写真を裏返す。


何も書かれていない。


「誰が撮ったんだろう?」


美琴が言う。


親父がもう一度、写真を見る。


そして――。


「……進さんかもしれん」


「お父さん?」


おばあさんが振り向く。


「昔、進が三池山の写真ば撮りに行ったことがある」


「本当に?」


「ええ」


美琴の表情が変わった。


「……お父さんが撮ったんだ」


「そうみたいやな」


親父が写真を机に置く。


古谷さんも写真を見つめた。


「進さん……ここまで調べていたんですね」


「みたいですね」


親父が頷いた。


写真を一枚ずつ並べていく。


三池山の岩。


岩に刻まれた文字。


別の場所の岩。


そこにも同じような文字がある。


「これ、お父さんのメモかな?」


美琴が写真の裏を確認する。


今度は文字が残っていた。


『梵字と思われる』


その横に、別の文字。


『意味不明』


「意味不明?」


俺が聞く。


「こっちは分からなかったんだ」


美琴が呟く。


古谷さんが写真を覗き込む。


「……こちらは、確かに既存の文字とは少し違います」


「何の文字なんやろ?」


「分かりません」


古谷さんは首を横に振った。


「進さんも分からなかったようですね」


別の写真を見る。


そこにも同じような文字が刻まれている。


そして、その写真の端には進さんの字で、『他にも同様の刻字あり』と書かれていた。


「……一か所だけじゃない」


俺が呟く。


「そうみたいね」


美琴が写真を並べる。


「三池山のいろんな場所にある」


親父は腕を組み、写真と古い記録を交互に見た。


「妙な者たちの記録」


古谷さんが言う。


「黒い影」


美琴が続ける。


「そして、三池山の謎の文字」


俺も呟いた。


「……全部、三池山にある」


社務所の机の上には、古い記録と写真が広がっていた。


今まで別々だった謎が、少しずつ同じ場所に集まってくる。


でも――。


まだ分からない。


なぜ、妙な者たちは山に入ったのか。


なぜ黒い影を操ることができたのか。


なぜ、三池山の岩に文字を残したのか。


そして、進さんはこの先に何を見つけたのか。


古谷さんが、一枚の写真を手に取った。


「……進さんは、この文字についてもっと調べようとしていたみたいです」


「何か残っとらんね?」


おばあさんが聞く。


「……」


古谷さんは写真の裏を確認する。


そこには、短い一文が書かれていた。


『三池山だけではない可能性』


「……三池山だけじゃない?」


美琴が呟いた。


俺は写真を見つめた。


三池山だけではない。


だったら――。


この文字は、もしかして日本中にあるのか?


答えは、まだ見えない。


けれど。


確かに、何かが一本の線になり始めていた。



(第47章、終わり)





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