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黒坑日記 ― 三池大迷宮譚 ―  作者: 8時20分のたれまゆ


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第45章:それぞれの役目


「親父……やっぱり俺たちも、アイツらと戦うことになるとやろか?」


俺がそう尋ねると、親父はしばらく黙っていた。


そして、少し考えるように視線を落とす。


「たぶん……お前たちば狙って来たとやろ」


「俺たちを?」


「ああ。知られたくないことにでも、近づいたのかもしれんな」


親父の言葉に、俺は黙り込んだ。


黒い影。


そして、あの影を操っていたかもしれない人間。


俺たちが何かを調べ始めたことで、向こうに気づかれたのだろうか。


「じゃ……俺たちは」


「……影とは戦う自信はあるけど、人と戦うのは」


そう言いかけたときだった。


「気にすんな!」


親父が笑った。


いつものような、豪快な笑顔だった。


「こっから先は、俺と婆さんの役目たい」


そう言いながら、親父は俺の背中をポンと叩く。


「灯真とみこっちゃんは、自分たちの役目ば果たさんね」


「……俺たちの役目」


俺が呟くと、親父はうなずいた。


「そうたい」


そして、美琴を見る。


「先ずは、進さんたちば探しに行くとやろ?」


美琴の表情が変わった。


「お父さん……」


「そうたい。今は、それだけば考えろ」


親父の声は、さっきまでとは違っていた。


冗談でも、励ましでもない。


俺たちに託すような、真剣な声だった。


俺は親父を見る。


まだ聞きたいことはある。


黒い影のことも。


逃げていった人間のことも。


親父とおばあさんが、何を知っているのかも。


だけど――今は、それを考えている場合じゃない。


美琴のお父さんたちを探す。


それが、俺たちのやるべきことだ。


「……分かった」


俺はうなずいた。


美琴も、静かにうなずく。


親父はそんな俺たちを見て、もう一度笑った。


「心配せんでよか」


「親父……」


「こっちは俺たちに任せとけ」


おばあさんも、静かに口を開いた。


「二人は、二人のやるべきことばせんね」


その言葉を聞いて、俺は美琴を見る。


美琴も俺を見ていた。


「多分だけど……三川坑、あの場所だったら」


そう言った俺に、おばあさんが静かに立ち上がった。


「そうね」


そして、美琴を見る。


「美琴ちゃん」


「はい?」


おばあさんは、社務所の奥へ向かった。


しばらくすると――。


一本の槍を手に戻ってきた。


「これを持っていかんね」


「……私に?」


美琴が目を丸くする。


「こんな時のためにね。大牟田の鍛冶職人さんに頼んでいたとよ」


おばあさんは槍を美琴に手渡した。


「ちょうど出来上がったところたい」


美琴は両手で槍を受け取る。


「大牟田には、まだ……刀鍛冶がおるとよ」


その表情が、少しだけ引き締まった。


「……ありがとうございます」


「大事に使わんね」


「はい」


その後。


おばあさんが、もう一度奥へ向かった。


そして――。


両手で抱えるようにして、大きな桐箱を運んできた。


「……なんです、それ?」


俺が尋ねる。


「二人の分たい」


「俺たちの?」


おばあさんが桐箱を畳の上に置く。


蓋を開ける。


中に入っていたのは――。


一着の巫女服。


そして、その隣には――。


男用の羽織と袴。


「……」


俺と美琴は、しばらく言葉が出なかった。


「神域に入るとやけん」


おばあさんが静かに言う。


「これば着なさい」


そして、二人を見つめる。


「二人ば、守ってくれるけん」


「服が……?」


美琴が尋ねる。


おばあさんは、それ以上は答えなかった。


ただ、優しく微笑んでいる。


俺が羽織に手を伸ばそうとした、その時――。


「慌つんな!」


親父が呆れたように笑った。


「え?」


「三川坑に行くけんって、今すぐ飛び込むつもりか?」


「いや……」


「ちゃんと準備してからたい」


親父はそう言って、俺たちを見る。


その顔には、いつもの豪快な笑みが浮かんでいた。


「行く場所が分かっただけで、何が待っとるかは分からんとぞ」


俺は、桐箱の中の羽織と袴を見る。


美琴も、巫女服を見つめていた。


「……分かった」


俺はうなずいた。


親父が笑う。


「よし」


そして――。


「まずは食い物たい!」


「……そこ?」


思わず俺が呟く。


「腹が減っとったら、何もできんばい」


美琴が吹き出した。


「おじさんらしかね」


「なんば言いよる。大事なことたい」


俺も思わず笑った。


「食べ物は、俺が準備するけん、美琴は他のばお願い」


「大丈夫?ちゃんと日持ちして、栄養があるとば買わなんとよ」


「分かっとる!」


そう言いながら――。


桐箱の中にある衣装を見つめながら、俺は思った。


これは、ただの服じゃない。


俺たちはこれから――。


今までとは違う場所へ入ろうとしている。


そこではきっと――。


俺たち自身の「役目」が、試される。


「あっ!……肝心な物を忘れてた」


俺は親父に目を向けた。


「……俺の武器は?」


そう言うと、親父が苦笑いを浮かべた。


「あぁ……預かっとる」


俺は目を丸くした。


「えっ!」


「……誰から?」


親父は、一瞬だけ黙った。


そして――。


「ひいじいさん……から」


「……」


俺は言葉を失った。



(第45章、終わり)








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