↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒坑日記 ― 三池大迷宮譚 ―  作者: 8時20分のたれまゆ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
40/57

第38章 境界


「……どういう意味ですか?」


美琴が尋ねる。


古谷さんは、以前見せた資料をもう一度開いた。


「前に話した世界樹のこと、覚えてる?」


「はい」


「世界樹は、いろんな世界をつなぐものとして語られている」


古谷さんは資料をめくる。


「神々の世界。人間の世界。そして、悪魔や死者の世界……」


「……」


「伝承によって呼び方は違うけど、世界樹を通じて、異なる世界がつながっているという話は世界各地にある」


俺は黙って聞いていた。


「もし……」


古谷さんの声が少し低くなる。


「進さん達が迷い込んだ場所が、そうした『神々の世界』に近い場所だったとしたら?」


「神々の世界……」


美琴が呟く。


「そこで、何らかの力に守られていた」


古谷さんは、資料から顔を上げた。


「だから三年以上、生きてこられた」


「じゃあ……」


美琴が息を呑む。


「お父さん達は、まだそこにいる?」


「その可能性はある」


古谷さんは頷いた。


「そして、最近になって音が聞こえるようになったんだよね?」


「はい」


美琴が答える。


「コン、コン、コンって……」


俺は頷いた。


「父さんが岩を叩いている音かもしれないって」


「そう」


古谷さんはしばらく黙っていた。


「もし、進さん達がそこから出ようとしているんだとしたら……」


「戻ろうとしてる?」


俺が言う。


「えぇ」


古谷さんは小さく頷いた。


「こちらの世界へ」


美琴が両手を握りしめる。


「じゃあ……お父さん達は、戻ってこれるんですか?」


「それは分からない」


古谷さんは答えた。


「でも……」


そこで、古谷さんの表情が曇った。


「世界樹がいろんな世界につながっているという話を、さっきしたよね」


「はい」


「ということは、神々の世界だけじゃない」


「……」


「もし進さん達が戻ろうとしている途中で、別の世界とつながってしまったら?」


美琴の顔が強張る。


「別の世界……」


「神々の世界だけじゃない。悪とされる世界や、地獄と呼ばれるような場所につながっているという伝承もある」


「そこから……何かが来る?」


俺が尋ねた。


古谷さんは、すぐには答えなかった。


「進さん達が、そこへ迷い込む可能性もある」


少し間を置いて、


「……逆に、向こうからこちらへ来る可能性だって、否定はできない」


「……」


社務所の中に、重い沈黙が落ちた。


外では、蝉の声が響いている。


いつもと変わらない夏の朝。


なのに――。


俺には、妙に空気が重く感じられた。


「それに……」


古谷さんが窓の外を見る。


「今は、ちょうどお盆に差しかかる時期です」


「お盆……?」


「昔から、お盆は現世と異界の境が近くなる時期だと考えられてきた」


「先祖が帰ってくるっていう……」


「そう」


古谷さんは頷いた。


「でも、地域や伝承によっては、地獄の蓋が開くとか、普段は閉じている世界との境が開くという話もある」


「……」


「もちろん、これはあくまで伝承です」


古谷さんは念を押すように言った。


「科学的に証明された話じゃない」


それから、もう一度資料へ目を落とす。


「だけど……」


古谷さんの指が、古い記録の上で止まった。


「もし、昔の人たちが何かを見て、それを『お盆』という言葉で残したのだとしたら……」


誰も、言葉を返さなかった。


俺は、美琴を見る。


美琴も、俺を見ていた。


三年以上、帰ってこない両親。


池に映った姿。


地の底へ続く世界。


最近、聞こえ始めた音。


コン、コン、コン。


そして――。


あの時、図書館で聞いたあの声。


『すべてが重なる日は、近い』


『お前たちに残された時間は、もう多くはない』


俺は、無意識に拳を握った。


「……」


美琴は、小さく呟いた。


「お父さん……」



(第38章、終わり)





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。