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黒坑日記 ― 三池大迷宮譚 ―  作者: 8時20分のたれまゆ


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第35章:親子


親父が打ち込んできた。


カンッ!


しかし――。


やっぱり杖は軽い。


木刀とは違う。


打ち合うたびに、手から逃げる。


何かを掴んだ、いけると思ったのに。


「くっ……!」


カンッ!


弾かれる。


カンッ!


また押し負ける。


「どうすれば……」


俺は杖を見る。


L字の部分。


「……」


一瞬。


何かが頭に浮かんだ。


俺は杖を――。


反対に持ち替えた。


「……これなら」


そして、身体を低くする。


もっと低く。


地面すれすれまで。


その瞬間――。


甘木山での記憶が蘇った。


あの時。


俺は、こんな姿勢で戦った。


「……あれだ」


ザッ。


俺は滑るように前へ出た。


カンッ!


親父の木刀と杖がぶつかる。


「……!」


さっきとは違う。


L字の部分が、逆に木刀を受け止めている。


カン!


カン!


俺はそのまま進む。


足元のゴルフボールが邪魔になる。


なら――。


カン!


杖で弾き飛ばす。


ゴロッ!


カン!


また弾く。


ゴロゴロッ!


「……!」


親父がわずかに目を見開いた。


俺はさらに進む。


ザッ!


ザッ!


ザッ!


親父との距離が縮まっていく。


「ほう……」


親父が笑った。


そして――。


足元のゴルフボールを二、三個拾い上げる。


「じゃあ、これだったらどうする?」


「え?」


ヒュッ!


「うわっ!」


ゴルフボールが飛んできた。


「危ねえ!」


身体をひねって避ける。


「何するんだ、親父!」


「相手は剣だけとは限らんぞ」


そう言って、またボールを拾う。


ヒュッ!


ヒュッ!


「うわっ!」


俺は避ける。


その瞬間――。


親父が突っ込んできた。


「!」


カンッ!


杖で受ける。


しかし、さっきまでとは違う。


ボールを警戒したせいで、一瞬、動きが止まった。


親父がその隙を逃さない。


ザッ!


「うわっ!」


俺は後ろへ下がった。


その足元へ――。


コロッ。


「しまっ――」


ゴロン!


「うわぁっ!」


また転んだ。


「痛てぇ……!」


親父が笑った。


「まだまだたい」


「くそ……!」


俺は立ち上がる。


その時だった。


親父が、ふっと笑った。


「……面白くなってきたな」


そう言うと――。


親父は美琴の方へ歩いていった。


そして、もう一本の木刀を手に取った。


「……?」


右手には、普通に木刀。


左手には――。


逆手に持った木刀。


「二刀流……?」


俺は目を疑った。


「なんだ、その構え……」


親父が笑う。


「来い」


ザッ!


親父が迫ってきた。


カン!


右の木刀。


俺が避ける。


その瞬間――。


カン!


左。


「うわっ!」


避けた。


しかし――。


親父が横に回転しながら打ち込んできた!


カン!


また右。


カン!


左。


カン!


カン!


カン!


カン!


カン!


「くっ……!」


連打が止まらない。


俺はたまらず後ろへ下がりながら、足元のゴルフボールを杖で弾き飛ばす。


カン!


ボールが飛ぶ。


「……!」


親父が木刀で打ち返した。


「使える……!」


俺は足元のボールを次々と弾いた。


カン!


カン!


カン!


親父は木刀で打ち返す。


ボールが飛び交う。


その隙に、俺は踏み込んだ。


「今だ!」


ザッ!


杖を振る。


親父の右の木刀を――。


杖に引っ掛ける。


「……!」


グッ!


L字の部分が木刀を捉えた。


そして――。


バシッ!


親父の木刀が手から飛んだ。


「やった!」


思わず声が出た。


その瞬間だった。


「……え?」


目の前から――。


親父が消えた。


「……?」


次の瞬間。


ドンッ!


背中に強烈な衝撃が走った。


「痛てぇ!」


ベシャッ!


俺は地面に這いつくばった。


「……な、なんだ……」


背中に重みがかかる。


「甘いな」


親父の声。


「前しか見てない」


グッ。


「背中がガラ空きだ」


「痛てててて!」


親父が俺の背中を踏んでいる。


「ちょ、親父!」


さらに――。


ドスン。


「痛てぇ!」


親父が俺の背中に座った。


「なんだそれ!」


俺はジタバタする。


「俺は剣術だけじゃなかぞ」


親父が嬉しそうに言う。


「武術もやっとる」


「武術って――」


親父が俺の足を取った。


「わっ!」


「こういうのもある」


「ちょ、やめろ!」


グイッ。


「痛ててててて!」


「まだまだ!」


「武術って、それプロレスのサソリ固めじゃねえか!」


「何でもよか!」


「ギブアップ! ギブアップ!」


「声が小さい!」


「痛い痛い痛い!」


境内に俺の叫び声が響く。


その時だった。


「おじさん!」


美琴が駆け出した。


親父の横へ回り――。


ザッ!


槍を払う。


「おっと!」


親父が飛び退いた。


俺は地面に転がったまま、背中を押さえる。


「いってぇ……」


美琴が俺の前に立った。


そして――。


槍を構える。


親父をまっすぐ見据える。


「大丈夫です」


俺は首を傾げた。


「……美琴?」


美琴は俺を振り返った。


「灯真の背中は――」


そして、親父へ向き直る。


「私が守るから」


その言葉を聞いた瞬間――。


ふと、少し前の光景が頭に浮かんだ。


親父と美琴が見せてくれた。


まるで一つの神楽を舞うように。


親父が前を斬る。


美琴がその隙を埋める。


美琴が動けば、親父が動く。


二人なのに――。


まるで一人。


俺は、その意味を今になって理解し始めていた。


足元を見る俺。


周囲を見る美琴。


二人で一人。


そんな戦い方が――。


今、目の前に形を現そうとしていた。


親父が、ゆっくりと木刀を構える。


口元には――。


楽しそうな笑みが浮かんでいた。


「……なるほどな」


親父が教えたかった事が、何となく分かってきた。


俺はゆっくり立ち上がる。


美琴の隣に立った。


境内の木の枝が、朝の風の中で小さく揺れる。


俺は杖を握り直した。


美琴は槍を構える。


二人で、親父を見る。


そして――。


俺たちは、初めて同じ場所に立った。


親父は嬉しそうに笑う。


「来い!」


「はい……やぁぁー!」



(第35章、終わり)




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