第36章:調べる者
「……はぁ……はぁ……」
俺は地面に手をつき、大きく息を吐いた。
隣では、美琴も肩で息をしている。
「おじさんっ……強かぁ……」
美琴が、息を整えながら呟いた。
「なんね。二人とも若かとに、だらしなかね」
親父は、たいして息も乱さず、楽しそうに笑っている。
「……なんでっ……親父は」
俺は息を整えながら、親父を見上げた。
「そげん……強かと?」
「俺は子供ん時から、親父に鍛えられたけんね」
「はぁ?……爺さんに?」
「ああ」
親父は何でもないことのように答えた。
「ばってん……ひいじいさんは、まだ強かったげな」
「……」
ひいじいちゃん。
俺の頭に、あの感覚が浮かぶ。
安全灯を持って、暗い坑道を歩く感覚。
身体に残る剣の動き。
それは、ただの記憶じゃない。
最近では、まるで自分自身の身体に馴染んできている。
「俺たちって……どんな家系なん?」
何気なく尋ねた。
親父は少し黙った。
そして――。
「前に話したやろ」
「何を?」
「『灯守り』たい」
「……灯守り?」
その言葉に、ふと昔のことを思い出した。
祭りの日。
親父から聞いた話。
そして――美琴から聞いた話。
俺と美琴は、一緒に潜る。
あの時は、ただそういう運命なんだと思っていた。
でも――。
今日の戦いを思い出す。
俺が足元を見る。
美琴が周りを見る。
二人で一つ。
「……もしかして」
思わず、美琴を見る。
美琴も俺を見ていた。
「……何?」
「いや……」
うまく言葉にできない。
ただ――。
今までバラバラだったものが、少しだけつながった気がした。
「灯守り……か」
親父は何も言わず、ニヤッと笑った。
「なんね。やっと気づいたとね」
「え?」
「……まあ、よか」
「なんだよ、それ」
親父はそれ以上、何も言わなかった。
「灯真」
「ん?」
「その話は、また今度たい」
「またそれかよ……」
俺は頭をかいた。
親父はいつもそうだ。
肝心なところになると、すぐにはぐらかす。
「親父、最近ずっと仕事休んどるばってん、よかとね?」
「お前、盆休みって聞いたことないとか?」
「はぁ?」
「普通、盆は休みやろもん」
「いや……そうだけど」
また話を逸らされた。
「親父って、なんの仕事しよっと?」
「お前……」
親父は額に手を当てる。
「高校生にもなって、親の仕事も知らんとか」
「あちゃー……」
「もっと親に興味もてよ」
「だって、聞いたことないし」
親父は苦笑した。
「まあ、そのうち分かるたい」
まただ。
何か隠している。
そう思った、その時――。
プルルルル……。
プルルルル……。
親父の携帯が鳴った。
「あ、もしもし」
親父が少し離れて電話に出る。
「あぁぁぁ!……ごめん」
「うん」
「ああ、すぐ帰る」
電話を切った。
「母さんからやろ、何かあったと?」
俺は尋ねた。
「あ、いや……母さんば買い物に連れてく約束ばしとった」
「そうなん?」
「ああ」
親父は、散らばったゴルフボールを見渡した。
「じゃあ、俺は帰るけん」
そして、地面を指差す。
「ゴルフボールば片付けとかなんぞ」
俺は境内を見渡した。
そこら中に転がっている。
「えぇー……」
思わず声が出た。
「みこっちゃんも頼むばい」
「二人で、ですか?」
美琴が顔を上げる。
「進さんのやけん、無くしたら怒らるっばい」
「……」
美琴が散らばったゴルフボールを見る。
そして――。
親父が言った。
「二人ば探しに行くとやろ?」
「えっ!」
「じゃあ、綺麗に片付けとかんと」
「はい!」
美琴が元気よく返事をした。
親父は笑いながら、神社の階段へ向かった。
「じゃあ、頼んだぞ」
「はーい」
俺はため息をつく。
「……これ、全部拾うと?」
美琴が笑った。
「二人でやれば、すぐ終わるよ」
「……そうかなぁ」
親父の背中が、階段の向こうへ消えていく。
俺はゴルフボールを一つ拾い上げた。
「……灯守り」
さっき聞いた言葉が、頭に残っている。
そして、その隣には――。
巫女。
美琴。
俺は、もう一度美琴を見る。
「……なあ、美琴」
「ん?」
「これって……偶然じゃないよな」
美琴は少しだけ考えてから、静かに答えた。
「……分からん」
そして、ゴルフボールを拾い上げる。
「でも……知りたい」
「……うん」
二人で顔を見合わせた。
まだ、分からないことばかりだった。
けれど――。
今まで別々に見えていたものが、少しずつ一つの形になり始めていた。
しばらくして、おばあさんが社務所から戻ってきた。
「拾い終わったね?」
境内を見渡しながら尋ねる。
「うん。これで全部みたい」
美琴が最後のゴルフボールを拾い上げる。
「じゃ、朝ごはんにしようかね」
「はーい」
俺は満面の笑みで答えた。
◇
三人で食卓につく。
今日は、いつもと違う。
トースト、オムレツ、ウィンナー。
ほうれん草のバター炒め、サラダにスープまで。
「美味そう」
思わず声が出た。
「運動したけん、お腹減ったろ。いっぱい食べんね」
おばあさんが微笑む。
「いただきます」
俺はトーストにバターをたっぷり塗って頬張った。
「うっま!」
「もう、灯真は」
美琴が呆れたように笑う。
おばあさんが、少し意地悪そうな顔で笑った。
「灯真君には申し訳なかばってん、今日は私が作ったけん、物足りんやろ?」
「えっ……」
俺は手を止めた。
「いや……」
オムレツを一口食べる。
「美味しい……美味しいです!」
「ははははは!」
おばあさんが大声で笑う。
「もう、おばあちゃん。意地悪かねぇ」
美琴も笑っている。
俺は、美琴とおばあさんの顔を交互に見た。
『美琴が和食で、おばあさんが洋食って……普通、作る料理逆じゃね?』
そう思ったら、なんだか可笑しくなってきた。
「……ふふっ」
「なんね、灯真?」
「いや、なんでもない」
俺は笑いながら、もう一度トーストを頬張った。
朝食を食べ終える。
「あぁぁ、お腹いっぱい」
俺は朝食の後のコーヒーを一口飲む。
「にがっ!」
思わず顔をしかめる。
「美琴、砂糖とミルクもらってもよかね」
美琴が呆れたようにこっちを見る。
「まだまだガキやね」
そう言いながら、砂糖とミルクを持ってきてくれた。
なんか負けた気がした。
けれど、気にせずたっぷり入れる。
「美味かぁー」
「もうそれ、コーヒーじゃなくてコーヒー牛乳やん」
「よかろうもん」
そこへ――。
ピンポーン……。
ピンポーン……。
誰か来た?
「おはようございます、古谷です」
続いて、玄関の向こうから声がする。
「この前話していた、神社の記録を見せてもらいに来ました」
おばあさんが玄関へ向かう。
「古谷さん、おはようございます」
「どうぞ、社務所へ」
「ありがとうございます」
二人は、そのまま社務所へ向かっていった。
しばらくすると、社務所から紙をめくる音が聞こえてくる。
どうやら、何かを調べ始めたらしい。
「灯真」
美琴がコーヒーを飲みながら、こっちを見る。
「古谷さんの話、あれからどげんやったと?」
「あぁ……」
俺は少し考える。
「んー……聖書がどうとか、どっかの神話がとか……世界樹と迷宮がとか」
「なんそれ!」
美琴が目を丸くする。
「聞いとらんやったと?」
「え?」
呆れた顔で、こっちを見る。
「あ、いや……」
俺は頭をかいた。
「美琴が心配やったけん、あんまり頭に入らんやった」
「……」
美琴が黙った。
「もう……」
少し俯く。
「そげん言ったら、怒られんと思って」
そう言いながら、美琴の耳が赤くなっていく。
「灯真の……バカ」
小さな声が聞こえた。
俺は思わず美琴を見る。
「……なん?」
「なんでもなか!」
美琴はそっぽを向いた。
俺は残ったコーヒーを飲み干した。
「俺たちも社務所に行こうか」
「邪魔にならんやろか?」
「でも、大蛇の池での事も気になるし……もっと聞きたか事もあるけん」
「そうやね。私もちゃんと話ば聞きたかった」
「じゃ、行こうか」
俺たちは立ち上がり、社務所へ向かった。
社務所の外では、風に揺れた木の葉が、かすかに音を立てていた。
(第36章、終わり)




