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黒坑日記 ― 三池大迷宮譚 ―  作者: 8時20分のたれまゆ


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第33章:新たな決意


昨日の出来事が嘘のように、いつもと変わらない朝が訪れた。


朝の練習のため、親父と一緒に神崎神社の階段を上る。


境内へ入ると――。


すでに、美琴が槍の練習をしていた。


「おはよう」


「おはよう、灯真」


美琴が振り返る。


その顔には、昨日までの不安そうな表情はなかった。


「おじさんも、おはようございます……昨日はすみませんでした」


「なんね、もう気にせんでよか」


親父が笑う。


「それよか、練習始めようか」


「はい!」


美琴が元気よく返事をした。


何か吹っ切れたのか。


それとも――。


決心したのか。


いつもの美琴に戻っていた。


俺たちは境内の中央に立った。


俺は木刀を握る。


美琴は槍を構えた。


「……始め!」


親父の声が響く。


ザッ!


美琴が踏み込んだ。


「やぁっ!」


槍の穂先が、一直線に迫ってくる。


俺は身体を横へずらした。


スッ!


そのまま木刀を振り下ろす。


カンッ!


美琴が槍の柄で受け止める。


「まだ!」


槍が引かれる。


次の瞬間――。


ヒュッ!


横薙ぎの一撃。


「っと!」


身体を低くする。


頭上を槍が通り過ぎた。


俺が踏み込む。


しかし、美琴もすぐに距離を取る。


「……速い」


思わず呟いた。


今までとは明らかに違う。


動きに迷いがない。


槍の一撃一撃が鋭い。


そして、速い。


十年以上も鍛錬してきた。


その積み重ねは、やっぱり伊達じゃない。


美琴が再び構えた。


その目を見た瞬間、分かった。


昨日までとは違う。


「……絶対に見つける」


小さな声だった。


けれど、その言葉には強い意志がこもっていた。


ザッ!


美琴が踏み込む。


「やぁぁっ!」


カンッ!


受ける。


すぐに二撃目。


カンッ!


三撃目。


カンッ!


槍が左右から襲ってくる。


俺は木刀で受け流しながら、少しずつ後ろへ下がる。


「灯真、下がっとるぞ!」


親父の声が飛んできた。


「分かっとる!」


美琴がさらに踏み込む。


ザッ!


「そこ!」


槍が突き出される。


俺は身体を捻ってかわした。


そのまま木刀を返す。


美琴の肩へ向かって振り抜く。


「……!」


美琴が槍を立てて受ける。


ガンッ!


大きな音が境内に響いた。


美琴は止まらない。


槍を回転させる。


ブンッ!


「うわっ!」


慌てて後ろへ飛ぶ。


槍の柄が目の前を通り過ぎた。


「危なっ……!」


「まだ終わっとらんよ!」


美琴が笑う。


そして、また踏み込んでくる。


俺も木刀を握り直した。


身体が勝手に動く。


右。


左。


一歩下がる。


そして――踏み込む。


以前なら、次にどう動けばいいのか考えていた。


けれど今は違う。


身体が先に反応する。


ひいじいちゃんの記憶。


その感覚が、少しずつ自分自身に馴染んできている。


「……俺も、変わってきたのか」


そう思った、その時だった。


「みこっちゃん」


親父が声をかけた。


美琴が振り返る。


「はい?」


「俺と勝負しようか」


「え?」


親父が木刀を手に取った。


「手合わせしてみろ」


「はい!」


美琴は槍を構える。


親父も木刀を構えた。


二人の間に、静かな空気が流れる。


さっきまでとは違う。


美琴も、それを感じているようだった。


「……お願いします!」


美琴が踏み込んだ。


ザッ!


速い。


俺との稽古よりも、さらに速い。


槍が一直線に親父へ伸びる。


しかし――。


カンッ!


親父は木刀の先で、槍の軌道をわずかに逸らした。


美琴の身体が流れる。


その瞬間、親父が踏み込んだ。


美琴はすぐに槍を引き戻す。


ブンッ!


横薙ぎ。


親父は身体を沈めてかわした。


そのまま木刀を振り上げる。


カンッ!


美琴が槍の柄で受け止めた。


二人の武器がぶつかる。


カン!


カン!


カン!


美琴が前へ出る。


親父がかわす。


美琴は止まらない。


槍を返す。


「やぁっ!」


ザッ!


親父が半歩下がる。


槍が空を切った。


美琴がさらに踏み込む。


「そこ!」


槍が伸びる。


その瞬間――。


親父の身体が、すっと横へ流れた。


槍の穂先が空を抜ける。


そして――。


ザッ!


親父が美琴の懐へ入った。


「……!」


美琴が槍を戻そうとする。


だが、間に合わない。


親父の足が、美琴の足を払った。


「えっ――」


パーン!


身体が浮く。


「きゃっ!」


ドサッ!


美琴が尻もちをついた。


その首筋へ――。


親父の木刀が、ピタリと止まった。


「それまで!」


おばあさんの声が境内に響いた。


静寂が戻る。


美琴は首を伸ばし、自分の首元に止まった木刀を見つめた。


そして――。


「……ずるかぁ」


口を尖らせる。


親父が笑った。


「何がね」


「だって、足!」


美琴が自分の足を見る。


「木刀ばっかり見よったってでけん、足回りばもっと気をつけんと」


親父の声が少しだけ真剣になる。


「一瞬の隙でやらるっぞ」


「……はい」


美琴は少し納得のいかない顔で返事をした。


それでも、その目から力は消えていなかった。


むしろ――。


もっと強くなろうとしている。


親父が木刀を肩に担ぐ。


そして、俺を見ながらニヤリと笑った。


「次!」


「……え?」


「灯真、こい!」



(第33章、終わり)


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