第32章:帰還
神社へ辿り着くと、境内に親父が立っていた。
俺たちの姿を見つけると、親父が声をかける。
「おう、大丈夫やったか」
その声を聞いた瞬間、張り詰めていたものが少しだけ緩んだ。
社務所から、おばあさんも慌てて飛び出してくる。
「美琴ちゃん!」
泣きながら駆け寄り、美琴を力強く抱きしめた。
「大丈夫やったね……ごめんね……」
「おばあちゃん……ごめんなさい」
美琴の声が震える。
「私……わたし……」
言葉にならない。
おばあさんは、美琴の背中を何度も優しく撫でた。
「よかよか。無事なら、それでよか」
その言葉に、美琴の目からまた涙がこぼれた。
親父も、ほっとしたように息を吐く。
「灯真」
「ん?」
「見つけてくれて、ありがとうな」
「……うん」
親父も、おばあさんも、ようやく安心したようだった。
「それよか、どげんした二人とも……そげん汚れて」
「あっ……いや、ちょっと……」
俺は、何から話せばいいのか戸惑った。
山で起きたこと。
白い女のこと。
池で見たもの。
そして――大蛇の墓。
どれも、うまく言葉にできそうになかった。
「話は後でよかけん」
「一回家に帰って、シャワー浴びて着替えて来い」
「あらぁー、美琴ちゃんもこげん汚れて……まずはシャワー浴びてこんね」
「うん……」
美琴が小さく頷く。
俺も頷いた。
「分かった」
一度家に帰り、シャワーを浴びて着替えることにした。
◇
俺は再び神社へ戻った。
親父とおばあさんに、山であったことを話す。
白い女。
池に映った美琴の両親。
「池の中に、お父さんとお母さんがおったと?」
おばあさんが、驚いた顔で美琴を見る。
「うん……」
美琴は小さく頷いた。
「最初は、見間違いかと思った。でも……お父さんが岩を叩いとって……」
美琴の声が少し震える。
「お母さんも、私の名前を呼んだ」
おばあさんが美琴の手を握る。
「声も聞こえたと?」
「うん。ちゃんと……お母さんの声やった」
美琴は自分の手を見つめる。
「手を伸ばしたら、触れそうやった。でも……届かんかった」
しばらく、誰も何も言わなかった。
「それで……」
美琴が顔を上げる。
「二人とも消えた?」
「うん……」
その目に、また涙が浮かぶ。
「でも、灯真が言ったと。二人は生きとるって」
美琴が俺を見る。
「だって、確かに見えたけん」
「……うん」
美琴は小さく頷いた。
「私も……そう思っとる」
おばあさんが、そっと美琴の肩に手を置いた。
「なら、まだ諦めんでよか」
その言葉に、美琴は黙って頷いた。
「お父さんも、お母さんも……どこかで待っとるかもしれん」
美琴が、涙で濡れた顔を上げる。
その瞳には、ほんの小さな希望の光が宿っていた。
そして――その奥には、強い決意があった。
俺は、そんな美琴を見つめた。
そして、山で見たものをもう一つ思い出す。
「それから……」
親父とおばあさんが、俺を見る。
「山の奥で、古いお寺を見つけた」
「古いお寺?」
「うん」
「そこに……大蛇の石像があった」
おばあさんの表情が変わった。
「……大蛇の石像?」
「その下に、『大蛇の墓』って書いてあったとばってん」
親父が驚いて聞き返す。
「大蛇の墓……?」
美琴が呟く。
「それだけじゃない」
「白蛇の石像もあった。そっちには『白竜神』って……」
親父とおばあさんが顔を見合わせる。
「……そげなもんがあるとは知らんかった」
「私も……」
おばあさんが、しばらく黙り込む。
俺は、あの石像を思い出していた。
怖かった。
ずっと、そう思っていた。
でも――。
あの目は、優しかった。
「親父……」
「ん?」
「大蛇って……本当に悪いもんなんかな?」
親父はすぐには答えなかった。
神社の奥から、風に揺れる木々の音だけが聞こえていた。
「……分からん」
その言葉だけが、静かに残った。
(第32章、終わり)




