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黒坑日記 ― 三池大迷宮譚 ―  作者: 8時20分のたれまゆ


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第32章:帰還


神社へ辿り着くと、境内に親父が立っていた。


俺たちの姿を見つけると、親父が声をかける。


「おう、大丈夫やったか」


その声を聞いた瞬間、張り詰めていたものが少しだけ緩んだ。


社務所から、おばあさんも慌てて飛び出してくる。


「美琴ちゃん!」


泣きながら駆け寄り、美琴を力強く抱きしめた。


「大丈夫やったね……ごめんね……」


「おばあちゃん……ごめんなさい」


美琴の声が震える。


「私……わたし……」


言葉にならない。


おばあさんは、美琴の背中を何度も優しく撫でた。


「よかよか。無事なら、それでよか」


その言葉に、美琴の目からまた涙がこぼれた。


親父も、ほっとしたように息を吐く。


「灯真」


「ん?」


「見つけてくれて、ありがとうな」


「……うん」


親父も、おばあさんも、ようやく安心したようだった。


「それよか、どげんした二人とも……そげん汚れて」


「あっ……いや、ちょっと……」


俺は、何から話せばいいのか戸惑った。


山で起きたこと。


白い女のこと。


池で見たもの。


そして――大蛇の墓。


どれも、うまく言葉にできそうになかった。


「話は後でよかけん」


「一回家に帰って、シャワー浴びて着替えて来い」


「あらぁー、美琴ちゃんもこげん汚れて……まずはシャワー浴びてこんね」


「うん……」


美琴が小さく頷く。


俺も頷いた。


「分かった」


一度家に帰り、シャワーを浴びて着替えることにした。



俺は再び神社へ戻った。


親父とおばあさんに、山であったことを話す。


白い女。


池に映った美琴の両親。


「池の中に、お父さんとお母さんがおったと?」


おばあさんが、驚いた顔で美琴を見る。


「うん……」


美琴は小さく頷いた。


「最初は、見間違いかと思った。でも……お父さんが岩を叩いとって……」


美琴の声が少し震える。


「お母さんも、私の名前を呼んだ」


おばあさんが美琴の手を握る。


「声も聞こえたと?」


「うん。ちゃんと……お母さんの声やった」


美琴は自分の手を見つめる。


「手を伸ばしたら、触れそうやった。でも……届かんかった」


しばらく、誰も何も言わなかった。


「それで……」


美琴が顔を上げる。


「二人とも消えた?」


「うん……」


その目に、また涙が浮かぶ。


「でも、灯真が言ったと。二人は生きとるって」


美琴が俺を見る。


「だって、確かに見えたけん」


「……うん」


美琴は小さく頷いた。


「私も……そう思っとる」


おばあさんが、そっと美琴の肩に手を置いた。


「なら、まだ諦めんでよか」


その言葉に、美琴は黙って頷いた。


「お父さんも、お母さんも……どこかで待っとるかもしれん」


美琴が、涙で濡れた顔を上げる。


その瞳には、ほんの小さな希望の光が宿っていた。


そして――その奥には、強い決意があった。


俺は、そんな美琴を見つめた。


そして、山で見たものをもう一つ思い出す。


「それから……」


親父とおばあさんが、俺を見る。


「山の奥で、古いお寺を見つけた」


「古いお寺?」


「うん」


「そこに……大蛇の石像があった」


おばあさんの表情が変わった。


「……大蛇の石像?」


「その下に、『大蛇の墓』って書いてあったとばってん」


親父が驚いて聞き返す。


「大蛇の墓……?」


美琴が呟く。


「それだけじゃない」


「白蛇の石像もあった。そっちには『白竜神』って……」


親父とおばあさんが顔を見合わせる。


「……そげなもんがあるとは知らんかった」


「私も……」


おばあさんが、しばらく黙り込む。


俺は、あの石像を思い出していた。


怖かった。


ずっと、そう思っていた。


でも――。


あの目は、優しかった。


「親父……」


「ん?」


「大蛇って……本当に悪いもんなんかな?」


親父はすぐには答えなかった。


神社の奥から、風に揺れる木々の音だけが聞こえていた。


「……分からん」


その言葉だけが、静かに残った。


(第32章、終わり)



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