第31章:帰り道
石の階段を駆け下りたところで、あの嫌な気配が消えた。
「はぁ……っ。」
「はぁ……っ。」
二人は肩を上下させながら自転車を探す。
俺の自転車に駆け寄ると、美琴の自転車も近くに置いてあった。
「はぁ……っ、灯真、なん……やったと……やろ?」
「……わかっ……らん……っ」
「ずっと……っ追いかけて……来てたみたいでっ……気持ち……悪かった」
「はぁ……ここでっ……考えててもしょうがなかっ……とりあえず……帰ろう」
大きく息を吸って、呼吸を落ち着かせると。
俺は自転車にまたがる。
「灯真……」
「ん?」
「ごめん……自転車を押して、歩いて帰ってよか?」
「よかばってん、心配しよらすぞ」
「うーん……なんかねぇ……帰りづらか」
「しょんなかね。わかった」
自転車を降り、二人で押して歩く。
朝の心地よい空気が、さっきの気味の悪さを少しずつかき消していく。
俺たちは、しばらく何も話さなかった。
ただ、自転車の車輪が回る音だけが、朝の静けさに響いていた。
◇
坂道を下ったところで、美琴が振り向き、首を傾げた。
「灯真……なんか言った?」
「なんも」
首を横に振る。
美琴は口を少し尖らせ、不思議そうにしている。
耳を澄ます。
「えっ?」
「ほら、なんか聞こえた!」
「……うん、俺にも聞こえた」
どこからだ?
「向こうに呼ばれてる気がする」
美琴が脇道の奥を指さす。
さっきみたいな嫌な気配も、恐怖もない。
むしろ――。
行かなきゃいけない。
そんな気がする。
俺たちは、呼ばれるがまましばらく進んだ。
やがて、古いお寺が見えてきた。
案内板には――。
「紫陽花寺」
と書かれている。
苔の生えた石垣。
古い木々。
その先へ進んでいく。
「不思議なとこやね」
お寺を囲むように斜面になっていて、そこには紫陽花が植えられている。
美琴は目を輝かせた。
「知らんやった。梅雨時に来たら綺麗やろね」
そう言っていた美琴が、ふと足を止める。
「……灯真?」
俺は、お寺の奥で立ちすくんでいた。
「どげんしたと?」
答えられなかった。
お寺の奥に、石像があった。
それを見た瞬間――。
息が止まった。
大きく、古い。
苔だらけの大蛇の石像。
その横には、寄り添うように白蛇の像があった。
――アイツだ。
直感的に、頭に浮かんだ。
大きな大蛇の石像。
三川坑。
白い女の、もっと奥にいた巨大な何か。
――コイツだったのか!
石像の下に刻まれた文字を見る。
『大蛇の墓』
白蛇の下には――。
『白竜神』
二人とも、その場から動けなかった。
けれど――。
大蛇の石像の目は、優しかった。
何もかもを包み込むような、穏やかな雰囲気。
白蛇の目も優しい。
思わず――。
「……可愛い」
美琴が小さく呟いた。
今まで感じていた恐怖は、何だったんだろう。
三池山で見た、あの女。
もしかすると、俺を美琴のところまで案内してくれたのかもしれない。
それに、美琴の両親のことも。
もしかしたら、教えてくれたのかもしれない。
俺たちは、勝手に怖がっていただけなのか?
でも――。
甘木山では、襲ってきた。
……勘違い?
分からない。
分からない――。
(第31章、終わり)




