表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒坑日記 ― 三池大迷宮譚 ―  作者: 8時20分のたれまゆ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/21

第17章 : 語り継がれるもの



灯真は、さっき美琴に笑われたことをまだ引きずっているようだった。


「童話と民話……同じ様なもんやろもん?」


「灯真、いつまで拗ねとっと? ちゃんと謝ったやん」


「別に気にしとらん」


そう言った顔は、どう見ても気にしている。


美琴は思わず吹き出した。


「その顔じゃ説得力なかよ」


「ほっとけ」


灯真は机に積まれた郷土資料を一冊手に取り、ぱらぱらとページをめくる。


夏休みとはいえ、郷土資料室には人影はほとんどない。


窓から差し込む柔らかな光が、本棚いっぱいに並ぶ古い資料を照らしていた。


ページをめくる音だけが静かな部屋に響く。


「ちゃんと探しよっと?」


「探しよるたい」


灯真は視線を本から離さない。


「ばってん、大牟田の民話って、大蛇の話ばっかりやな」


「そうね……うちも子どもの頃、おばあちゃんからよう聞かされた」


美琴も別の資料を手に取り、真剣な表情で読み始めた。


古びた本からは紙独特の匂いが漂う。


長い年月、この町の歴史を見続けてきた匂いだった。


灯真はさらにページをめくる。


その手が、不意に止まった。


「……あれ?」


「どげんしたと?」


灯真は本を美琴へ向けた。


「これ見てん」


見出しには、『茂作の鎌』と書かれていた。


「茂作の鎌?」


「ここ」


灯真は文章の一節を指差した。


――名工・光世が鍛えた鎌。


「……光世」


美琴も目を見開く。


「おばあちゃんが言いよった刀と同じ名前……」


「俺もそう思った」


二人は顔を見合わせた。


……偶然?


でも、


「刀じゃなく、鎌?」


灯真は続きを読む。


「切れ味が良すぎて、力を入れんでも草ば勝手に刈るげな」


「そんな鎌あるわけ……」


美琴が笑いかけた、その時だった。


「まだ続きがある」


灯真はページの先をゆっくり指で追う。


「――大蛇」


「え?」


「ここにも大蛇が出てくる」


灯真は息をのんだ。


「寝とった茂作を襲おうとした大蛇を、その鎌がひとりでに飛び上がって切り刻んだ……って書いてある」


「また大蛇……」


美琴は小さく呟いた。


灯真も苦笑する。


「昨日までなら気にも止めん話やった」


「ばってん今は違うね」


「ああ」


二人は自然と黙り込んだ。


昨日、三川坑で見たあの巨大な存在。


思い出すだけで背筋が寒くなる。


あれ以来、「大蛇」という二文字が軽い昔話には思えなくなっていた。


「他の資料で、光世の刀ば調べてみよか」


「ああ。あとで光世の資料も探さんとな」


灯真は頷き、再び民話集のページをめくる。


「……あ」


「どげんしたと?」


「これ、お姫様と大蛇の話やん」


「あー、懐かしかね」


美琴も自然と笑みを浮かべた。


「子どもの頃、おばあちゃんによう話してもろた」


「確か……」


灯真が記憶をたどるようにページを見つめる。


「カニがお姫様を助けるために、大蛇ば三つに切る話やろ?」


「そうそう」


美琴は嬉そうに頷く。


「最後は大蛇は退治されて、お姫様は助かると」


灯真は苦笑した。


「何か……こうして見よると、大牟田の昔話って、大蛇が毎回やられよる気がする」


「言われてみれば、そうたいね」


美琴も笑った。


しかし、その笑顔はすぐ真面目な表情へ変わる。


「……何か、可哀想にも思えてきた」


灯真は静かに頷く。


「昔話って勝った方が正義やけんな」


「え?」


「負けた方の話って、ほとんど残っとらん」


美琴は少し考え込んだ。


「……そっか」


灯真は本を閉じかけ、ふと首をかしげた。


「ばってん、不思議やな」


「何が?」


「昔話じゃ悪者みたいに書かれとるのに、大蛇山祭りでは水神様として祀られとる」


美琴も静かに頷く。


灯真がぽつりと呟く。


「大蛇って、ほんなこつ悪かつやろか?」


二人は顔を見合わせた。


その時、別の資料を読んでいた美琴が小さく声を上げた。


「……んっ?」


「どげんした?」


「ほら、分かりにくかばってん、この写真見てん」


灯真は資料を受け取る。


「なんこれ?」


「古墳の石室の写真」


美琴は自分の左手首を見せた。


「ほら。壁画の模様と、うちの紋様、似とらん?」


灯真は目を細め、写真と紋様を何度も見比べた。


白黒写真の壁画はかなり薄れている。


それでも、どこか見覚えのある曲線が刻まれているようにも見えた。


「白黒やし、壁画も消えかかっとるけん……何とも言えんな」


美琴は少しだけ口を尖らせる。


「うちは同じに見えるとばってん」


「気になるなら、今度古墳ば見に行ってみよか」


その一言で、美琴の表情がぱっと明るくなった。


「さすが灯真……優しかね」


灯真は照れくさそうに鼻の頭をかいた。


「別にそげんじゃなか」


「また照れとる」


「照れとらん」


二人は思わず笑った。


重苦しかった空気が少しだけ和らぐ。


灯真は別の資料へ手を伸ばした。


「あら?」


「また何かあったと?」


「石炭の話ものっとる」


「石炭?」


「日本で初めて石炭が発見されたのが大牟田げな」


「へぇ……」


灯真は興味深そうに読み進める。


「老夫婦が焚き火をしよったら、その火が石に燃え移った。それが石炭の発見やったって」


「探せば色々あるっちゃね」


「ほんとやん」


灯真はさらに別の郷土史を開く。


「あった」


「何?」


「三池山の神様は『白蛇』やったって」


「白蛇?」


「水神様として信仰されとって、その信仰が語り継がれるうちに、今の大蛇山の話になった……って書いてある」


二人は机いっぱいに広げられた資料を見渡した。


大蛇。


白蛇。


光世。


古墳。


石炭。


ひいじいちゃんの日記。


どれも別々の話のはずなのに、不思議なほど一本の糸で繋がっているように思えてくる。


「……ひいじいちゃんの日記も」


美琴が静かに呟いた。


「全部、どこかで繋がっとる気がする」


灯真もゆっくり頷く。


「まだ足りん」


「え?」


「資料だけじゃ分からんことが多すぎる」


灯真は古墳の写真をもう一度見つめた。


「今度、実際に行ってみよう」


「うん」


美琴は力強く頷いた。


二人は再び机に向き直り、一冊ずつ資料を開いていく。


静かな資料室には、ページをめくる音だけが響いていた。


真実は、まだ遠い――。


けれど、散らばっていたパズルのピースは、確かに少しずつ形を作り始めていた。



(第17章 終わり)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ