EP 5
ポポロ村との交易網確立と、親友の暗躍
辺境の領地改革が軌道に乗り始めた頃、私は次なる一手として、隣接する『ポポロ村』との交易網の確立に乗り出した。
ポポロ村は、ルナミス帝国と獣人王国、魔皇国の三国が牽制し合う緩衝地帯に位置する、人口千人ほどの村だ。
政治的には微妙な立ち位置にあるが、独自の特産品が多く、何より『タローマン』や『ルナキン(24時間ファミレス)』の支店まであるという、私にとっては魅力的な経済の要衝だった。
「初めまして、リゼロッテ・フォン・ローゼンよ。急な訪問にも関わらず、時間を取ってくれてありがとう」
村長の執務室に通された私は、目の前に座る人物に笑顔で手を差し出した。
ポポロ村の村長、キャルル・ムーンハート。
彼女は獣人王国の上位種族『月兎族』のうさぎ耳を持ちながら、ラフで動きやすい現代風の服を着こなし、足元にはなんとタローマン製の特注安全靴を履いている、非常にアグレッシブな出で立ちの20歳の少女だった。
「堅苦しい挨拶は抜きでいいわ。私が村長のキャルルよ。……ローゼン公爵家の令嬢が、こんな泥臭い作業着で直接交渉に来るなんて、聞いてた噂と随分違うわね」
キャルルは私のタローマン製カバーオールを見て、面白そうに長い耳をピクッと動かした。
月兎族は並外れた聴覚を持ち、相手の心音から「嘘を吐いているか」を見抜くことができるという。彼女が私を値踏みするように見つめる中、私は堂々と商談の資料をテーブルに広げた。
「単刀直入に言うわ。私の領地とポポロ村で、相互に利益を生み出す『交易同盟』を結びたいの」
「交易同盟? 貴族がよくやる、村から特産品を安く買い叩いて、中央で高く売る中抜きビジネスのこと?」
「冗談じゃないわ。そんな片方だけが搾取される関係は、ビジネスじゃなくてただの強盗よ」
私は即座に否定し、持参した『太陽芋』の入ったカゴをドンッと置いた。
「私の領地では今、この太陽芋の大量栽培に成功しているわ。これをポポロ村に、市場価格より安く安定供給する。ポポロ村は冒険者や旅人が多くて食糧消費が激しいから、安価で腹持ちの良い主食の確保は急務のはずよ」
「……確かに。この芋、すごく質がいいわね。でも、見返りは?」
「ポポロ村特産の『ポポロ・コーヒー』と『陽薬草』の独占卸売権よ」
私はビシッと人差し指を立てた。
ポポロ・コーヒーは、香り高くカフェインの覚醒作用も強い上質な嗜好品だ。そして陽薬草は傷を癒やす効果がある。
「アルトハウス辺境伯の北の国境守備隊は、常に過酷な任務に就いているわ。彼らにこのコーヒーと薬草を優先的に納品するルートを作るの。軍という巨大な固定客を掴めば、ポポロ村の収益は爆発的に安定する。そして、ブランド価値が高まったところで、私の【善行通販】の流通網も使って、帝国中に適正価格で売り出すわ」
「つまり、貴女の領地が『食糧』を担保し、うちが『嗜好品と薬』を供給する。お互いの弱点を補い合って、軍と市場から外貨を稼ぐ……完全なWin-Winの仕組みってわけね」
キャルルは目を丸くした後、じっと私の心音に耳を澄ませた。
私の胸の奥から聞こえるのは、自分の利益を独占しようとする浅ましい欲望ではない。「みんなで一緒に豊かになって、美味しいものを食べたい!」という、嘘偽りのない真っ直ぐなワクワク感だけだ。
「……あははっ! 傑作ね! 貴族なのに、搾取じゃなくて共存共栄を本気で考えてるなんて!」
キャルルは耐えきれないように吹き出すと、ポケットから飴玉を取り出し、ポンッと私の手に乗せた。
「いいわ、その取引、乗った! これからよろしくね、リゼロッテ村長……じゃなかった、領主様!」
「ありがとう、キャルル! 絶対に損はさせないわ!」
私たちががっちりと握手を交わした瞬間。
ピコピコピコピコピコンッ!!!
ポケットの中のエンジェルすまーとふぉんが、狂ったような勢いで通知音を鳴らした。
【善行ポイント:+5000pt(広域経済の活性化・相互理解の促進ボーナス)】
(ご、ごせんポイントぉ!? さすが村同士の大型契約、桁が違うわ!)
自分の利益を独占せず、関わった全員が豊かになる仕組みを作る。それこそが、コンサルタントとしての私の矜持であり、最高の「善行」なのだ。
数日後。
リゼロッテの領地の館では、ポポロ村から届いた第一陣の『ポポロ・コーヒー』の芳醇な香りが漂っていた。
「う〜ん、いい香り! これを小分けにして、辺境伯軍の駐屯地に……あ、ユリウス様! ちょうど良かったです、これを見てください!」
視察に訪れたユリウスを見つけるなり、リゼロッテは目を輝かせて駆け寄り、分厚い利益予測の資料を突きつけた。
「ポポロ村との交易が軌道に乗れば、三ヶ月後には領地の税収が黒字に転換します! これで冬の備えも完璧です!」
「……ああ、素晴らしい手腕だ。君の描く未来には、常に光が満ちているな」
ユリウスは資料を受け取りながらも、その視線は書類ではなく、コーヒーの香気に頬を紅潮させて笑うリゼロッテの顔に釘付けになっていた。
氷のように冷たかったはずの彼の碧眼は、今や完全に熱を帯び、彼女の姿を愛おしそうに追っている。
しかし、仕事の達成感で頭がいっぱいのリゼロッテは、彼の熱視線に全く気づいていない。
「では、私はこのコーヒーの納品準備に戻りますね! セリア、あっちの箱を開けるの手伝って!」
「はいはい。全く、うちの主人は……」
リゼロッテが足早に別室へ向かうのを見送り、セリアはパタパタと尻尾を揺らしながら、ユリウスの前に立ち塞がった。
「氷の辺境伯様。よだれが垂れそうですよ」
「……っ!? な、何を言っている。私はただ、彼女の卓越した内政能力に感心していただけで……」
狼狽えるユリウスに対し、神狼であるセリアの黄金の瞳がニヤリと細められた。
「隠しても無駄よ。私の嗅覚を誤魔化せると思わないことね。……貴方、すっかりうちのリゼに惚れ込んでいるでしょう?」
図星を突かれ、ユリウスは言葉に詰まった。
『エチカ』の教義に従い、感情を理性で押さえ込もうとしてきた彼だったが、リゼロッテの底抜けの善性と、理にかなった行動を目の当たりにするたび、その防壁は崩れ去っていた。
「……否定はしない」
ユリウスは観念したように息を吐き、自嘲気味に微笑んだ。
「『幸福論』には、人間は自己の殻を破り、愛する対象への関心を持つことで真の幸福を得るとある。私は今まで義務感だけで生きてきたが、彼女が泥まみれになって笑う姿を見るたび……この手で彼女の笑顔を守り抜きたいと、そう願うようになった。これはもう、理屈ではないな」
「へぇ。堅物にしては、自分の感情をちゃんと分析できてるじゃない」
セリアは満足げに腕を組み、ふんっと鼻を鳴らした。
「でも、警告しておくわ。うちの主人は、ビジネスや領民のことに関しては天才的だけど、恋愛偏差値は中学生以下よ。貴方がただ見守っているだけなら、彼女は一生、貴方のことを『超優秀なビジネスパートナー』としか認識しないわよ」
「なっ……」
「もし本当にリゼの隣に立ちたいなら、仕事の顔じゃなくて、男としての顔をちゃんと見せなさい。さもなきゃ、私がリゼを一生独占して、甘やかしてあげるんだから」
セリアは挑発するようにウインクをして、リゼロッテの後を追って部屋を出ていった。
残されたユリウスは、己の胸に手を当てた。
かつて北の国境を血と氷で染め上げた冷徹な騎士の心臓が、一人の女性を想うだけで、早鐘のように高鳴っている。
「……ビジネスパートナー、か。それは、いささか寂しいな」
ユリウスの瞳に、静かだが獲物を逃さない確かな熱(決意)が宿った。
鈍感な元社畜令嬢の周囲で、最強の親友による暗躍と、スパダリ騎士の包囲網が、着々と構築されつつあるのだった。
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