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EP 3

氷の辺境伯と、小物の襲来

「はーい、皆さんお疲れ様! 今日の作業はここまで! しっかり汗を拭いて、水分補給をしてね!」

私が声を掛けると、畑仕事を終えた村人たちから明るい返事が返ってきた。

太陽芋の種を植えてから数週間。魔法のように成長の早い太陽芋は、早くも青々とした葉を茂らせていた。タローマン製の農具のおかげで作業効率は爆上がりし、村人たちの顔には以前のような絶望の陰りはなく、代わりに「明日の収穫」を待ち望む生き生きとした活力が満ちている。

「リゼ様、冷たい陽薬茶をお持ちしました。今日も見事なクワ捌きでしたね」

「ありがとう、セリア。ふぅ、生き返るわ〜!」

セリアから受け取った冷たいお茶を飲み干し、私は麦わら帽子でパタパタと顔を扇いだ。

首に巻いたタオルは泥と汗で汚れ、完全な農家のおばちゃんスタイルだが、これが一番動きやすいのだから仕方がない。

村人たちと和やかに談笑していると、村の入り口の方から、土煙を上げて数台の豪奢な馬車が近づいてくるのが見えた。

馬車には、私が見慣れた……そして大嫌いな、ローゼン公爵家の紋章が刻まれている。

「……何の用かしら」

私が目を細めていると、馬車から派手な身なりの男が降りてきた。

実家である公爵家が雇っている、酷薄で強欲な徴税官の男だ。彼は鼻をハンカチで押さえながら、汚いものを見るような目で村人たちをねめつけた。

「おい、薄汚い農民ども! さっさとこの村の責任者を出せ! 偉大なる公爵家の名において、今季の『辺境復興特別税』を徴収しに来てやったぞ!」

「と、特別税……!? そんな話、聞いておりませ……ひっ!」

抗議しようとした村長の胸ぐらを、徴税官の護衛の私兵が乱暴に掴み上げた。

「口答えする気か! 払えないと言うなら、この村の備蓄と、若い女を数人連れて行くまでだ!」

卑劣な言葉に、村人たちが恐怖に顔を引きつらせる。

その光景を見た瞬間、私の頭の中で、何かがプツンと切れる音がした。

前世で、部下の手柄を横取りし、失敗だけを押し付けてきたクソ上司の顔がフラッシュバックする。

『権力を振りかざして、立場の弱い者を搾取する人間』。それが、私がこの世で一番嫌いな存在だ。

私は手に持っていたタローマン製のスコップを、ドンッ!と地面に突き立てた。

「そこまでよ。私の大切な領民に、汚い手で触れないでちょうだい」

静まり返った広場に、私の冷ややかな声が響いた。

村長を突き飛ばし、ゆっくりと歩み出た私を見て、徴税官は嘲笑うように鼻を鳴らした。

「はっ。誰かと思えば、王太子殿下に捨てられた無能な元令嬢ではありませんか。泥まみれの服を着て、まるで農奴のようですな。貴女にはもう公爵家の権限はない。引っ込んでいなさい」

「いいえ、私にはこの領地の『正式な統治権』があるわ。追放されたとはいえ、皇帝陛下から直々に下賜された領地よ。それより、辺境復興特別税ですって?」

私はポケットから、タローマン製の『ソーラーパネル付き特大電卓』と、分厚い手帳を取り出した。

「帝国の『地方税務法・第48条』によれば、特別税の徴収には『事前通告』と『領主の承認』が必須のはずよ。しかも、この領地は過去三年間の不作により、帝国法に基づく『免税措置対象地域』に指定されているわ。あなたたちが勝手に税を搾り取る法的根拠は、どこにあるのかしら?」

「な、なんだと……?」

私はタローマン電卓を凄まじいスピードで叩き、液晶画面に弾き出された数字を徴税官の顔に突きつけた。

「公爵家がこの村に投資した額はゼロ。それどころか、過去十年にわたり不当な上前を撥ねてきた記録が、この帳簿に残っているわ。今あなたたちがやろうとしていることは、帝国法違反の『不法略奪』よ。……これ以上騒ぐなら、この帳簿を帝都の監査局と、ルナミス新聞社に直接送るけど?」

私の言葉に、徴税官の顔から血の気が引いていく。

ルナミス新聞の『三面記事』に不祥事が載れば、公爵家といえど無傷では済まない。

「き、貴様ぁ! たかが追放された小娘が、公爵家に逆らう気か! おい、やっちまえ!」

逆上した徴税官が私兵たちに命じた。

剣を抜いた私兵たちが襲いかかってこようとした、その瞬間――。

「――私の主に刃を向けると言うのなら、それ相応の覚悟はできているのよね?」

セリアが、いつの間にか私と私兵たちの間に立っていた。

彼女の黄金色の瞳が、獲物を狙う絶対的捕食者のように冷たく細められる。ただ静かに立っているだけなのに、彼女から放たれる凄まじい威圧感(殺気)に、私兵たちは息を呑み、カタカタと震えて後ずさりした。

「ひっ……ば、化け物……!」

「覚えていろ! このまま済むと思うなよ!」

恐怖に耐えきれなくなった徴税官と私兵たちは、尻尾を巻いて馬車に逃げ込み、逃げるように走り去っていった。

砂埃を見送りながら、私はふうっと息を吐き出した。

「大丈夫ですか、リゼ様。あんな塵芥、私が八つ裂きにしても良かったのですが」

「ありがとう、セリア。でも、暴力で解決したらあいつらと同類になっちゃうから。法律と経済で、ぐうの音も出ないほど追い詰めるのが、一番効くのよ」

私が電卓をしまいながらウインクすると、背後から村人たちの歓声が上がった。

「領主様、万歳!」「あんな悪い奴らを追い返してくださるなんて!」

涙ぐんで感謝する村人たちを見て、私の胸に温かいものが広がる。

ピコンッ、とすまーとふぉんから善行ポイント加算の通知が鳴ったが、それよりも村人たちの笑顔の方が何倍も嬉しかった。

「――見事な手腕だ」

突如、広場の入り口から、重厚な男性の声が響いた。

振り返ると、そこには数十人の完全武装した騎士たちを従えた、一人の男が立っていた。

青みを帯びた銀髪に、氷のように冷たく透き通った碧眼。

仕立ての良い軍服の上からでも分かる鍛え抜かれた長身。そして、感情を一切表に出さない鉄仮面のような美貌。

北の国境を守護する帝国最強の『魔闘氷剣士』。氷の辺境伯、ユリウス・フォン・アルトハウスその人だった。

「ひ、辺境伯閣下……!」

村人たちが慌てて平伏する中、私は泥だらけの作業着のまま、ピンと背筋を伸ばして彼に向き合った。

「お初にお目にかかります、アルトハウス辺境伯閣下。この領地を治めております、リゼロッテ・フォン・ローゼンと申します。このような泥まみれの格好で失礼いたします」

私が礼を執ると、ユリウスは静かに歩み寄り、私の姿を上から下までじっと見つめた。

その鋭い視線は、まるで私の魂の奥底まで見透かそうとしているようだった。

「……ローゼン公爵家の令嬢と聞いていた。王太子殿下への不敬と、悪逆非道な振る舞いにより追放された罪人、と」

彼の低い声に、空気がピリッと張り詰める。

セリアが微かに殺気を放ちかけたが、私は手でそれを制した。

「ええ、世間ではそのように言われているようですわ。ですが、私がここでやっていることは、先ほどご覧いただいた通りです」

「ああ、見ていた」

ユリウスはふっと目を細め、静かな、しかし確かな熱を帯びた声で言った。

「見事な論理的思考と、帝国の法を熟知した知識。そして何より、自らの身の危険を顧みず、民を守るために矢面に立つその気高さ……。私の愛読書『エチカ』において、真の美徳とは『理性と義務に従い、他者と共存すること』とされている。貴女の行動は、まさにその体現だ」

彼は、泥で汚れた私の手を取った。

ひんやりとした、剣ダコのある大きな手。彼のような高位の貴族が、追放された泥だらけの令嬢の手を取るなど、本来あり得ないことだ。

「リゼロッテ嬢。君のような聡明で義務感に溢れた女性が、なぜ『無能な悪役』として追放されたのか……私には到底理解に苦しむ。帝国の損失だ」

「えっ……」

「これより、貴女を正式な隣人パートナーとして最大限の敬意をもって遇遇しよう。この地の防衛と発展に関し、何かあればいつでも私を頼ってくれ。アルトハウスの武力は、正しき理性のためにある」

真っ直ぐに私を見つめる碧眼には、紛れもない『尊敬』の念が込められていた。

前世でも今世でも、ひたすら利用され、搾取されるだけだった私の働きを。こんなにも真っ直ぐに、理路整然と評価し、認めてくれた人は初めてだった。

「……っ、ありがとうございます。期待に応えられるよう、精一杯働かせていただきます」

思わず胸がドキンと鳴ったのを、私は「有能なビジネスパートナーの出現に対する喜び」だと自分に言い聞かせた。

顔が熱くなったのは、きっと夏の太陽のせいだ。

彼が持ち込んだ冷たい風は、ブラックな実家との戦いの始まりを告げるとともに、私の止まっていた時間を大きく動かそうとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

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