EP 2
最強のメイドと、領地大改革の幕開け
辺境の領地に到着した翌朝。
私にあてがわれた領主の館は、お世辞にも立派とは言えなかった。壁はひび割れ、隙間風が吹き込み、屋根の片隅には立派な蜘蛛の巣が張っている。かつての私(公爵令嬢)であれば卒倒していたかもしれないが、前世で窓のない四畳半のタコ部屋社宅に押し込められていた元社畜OLからすれば、日当たりが良いだけで超優良物件だ。
「ふぁあ……よく寝た。空気も美味しいし、最高ね」
私が大きく伸びをしながらリビングに降りていくと、そこには信じられない光景が広がっていた。
「おはようございます、リゼ様。朝食の準備が整っております」
ピシッと背筋を伸ばし、完璧なメイド服(どこから調達したのだろうか)に身を包んだ銀髪の美少女が、深々と一礼した。頭にはピンと立った狼の耳、腰にはふさふさの銀色の尻尾が揺れている。
昨日、私が馬車から飛び降りて【善行通販】の特上ポーションと『肉椎茸の丼ぶり』で助けた、あの狼耳族の女の子だった。
「えっ……と、昨日の子よね? 随分と顔色が良くなったみたいだけど……そのメイド服、どうしたの?」
「館の奥にあった古い布を、夜のうちに仕立て直しました。リゼ様に仕えるにあたり、身だしなみは完璧でなくてはなりませんので」
さらりと答える彼女だが、あのボロ布が一晩でこんな完璧なメイド服になるなんて、並の技術ではない。
彼女は「セリア」と名乗った。
聞けば、彼女はレオンハート獣人王国すら手出しできない伝説の神狼、狼王フェンリルの直系にあたる『白狼神姫』なのだという。ある事情で群れを離れ、行き倒れていたところを私に救われたらしい。
「リゼ様。貴女は私に、無償の愛と温かい食事をくださいました。この命に代えても、貴女をお守りいたします。護衛でも、メイドでも、暗殺でも、何なりとお申し付けください」
真剣な黄金色の瞳で、セリアは私の前に跪いた。
暗殺はちょっと物騒すぎるけれど、彼女の瞳からは嘘偽りのない絶対的な忠誠心が伝わってくる。
「……暗殺は却下だけど、メイド兼護衛なら大歓迎よ! これからこの領地を改革していくのに、人手はいくらあっても足りないから。よろしくね、セリア!」
「はいっ! 誠心誠意、お仕えいたします!」
セリアの尻尾が、千切れんばかりにパタパタと左右に揺れた。クールな美少女なのに、尻尾で感情が丸分かりなのが最高に可愛い。
さて、感動の入社式(?)を終えたところで、さっそく現状把握である。
私はセリアが淹れてくれた温かいお茶を飲みながら、昨日視察した領地の状況をノートに書き出していった。
「うーん……控えめに言って、限界集落ね」
村の人口は少なく、若い働き手は出稼ぎに出てしまっている。残っているのは老人と子供ばかりで、彼らの表情は一様に暗く、疲弊しきっていた。
何より深刻なのは『食糧難』と『劣悪な労働環境』だ。
土壌が痩せているため作物が育ちにくく、使っている農具も錆びついた粗悪品ばかり。これでは、いくら労働時間を増やしても生産性は上がらない。
「気合と根性で乗り切れ? 冗談じゃないわ。そんなブラック企業の精神論、私が一番嫌いな言葉よ」
私はノートをバンッと閉じ、懐から『エンジェルすまーとふぉん』を取り出した。
「まずはインフラ整備と、確実なカロリー摂取源の確保! 【善行通販】、起動!」
昨日得たボーナスポイントを含め、現在の私の所持ポイントは1100pt。これを初期投資として全額ベットする。
私が検索窓に入力したのは、ルナミス帝国が誇る超大型ホームセンター兼、ガテン系職人御用達の衣服店『タローマン』の特注品、そしてある特別な種子だ。
「よし、これね。栽培から収穫までの期間が異常に早く、痩せた土地でも育つ高カロリーな『太陽芋』の種芋を大量に(300pt)。それから、タローマン製の超軽量・高耐久スコップと鍬のセットを村人の人数分(400pt)。最後に……私の作業着!(100pt)」
ポチッ、と購入ボタンを押すと、光の粒子とともに大量の物資がリビングに出現した。
「リゼ様、これは一体……?」
「ふふん、私の前世の……じゃなくて、秘密の仕入れルートよ。セリア、これを村の広場に運ぶのを手伝って!」
数十分後。
領地である小さな村の広場に集められた村人たちは、怯えたように身を寄せ合っていた。
中央から左遷されてきた公爵令嬢が、突然広場に集まれと命令を下したのだ。「また税を搾り取られるのではないか」「理不尽な罰を受けるのではないか」と、彼らが警戒するのは当然だった。
しかし、彼らの前に現れた私の姿を見て、村人たちは全員、ぽかんと口を開けて固まった。
「……えっ?」
「領主、様……?」
無理もない。今の私は、フリルたっぷりの豪奢なドレスでもなければ、貴族らしいコルセットも着けていない。
私が身に纏っているのは、『タローマン』で取り寄せた、通気性と伸縮性に優れた最新素材のカバーオール(作業つなぎ)。足元には滑り止めの効いた安全靴、首にはタオルを巻き、頭には麦わら帽子という、完全なガテン系農作業スタイルだったからだ。
「皆、急に集まってもらってごめんなさい! 私は今日からこの地の領主を務めることになった、リゼロッテよ!」
私はタローマン製の軽量スコップを肩に担ぎ、満面の笑みで村人たちに向き直った。
「これまでの領主がどうだったかは知らないわ。でも、私は『働いた分だけちゃんと飯が食えて、夜はふかふかのベッドで眠れる』……そんな当たり前の生活を、この村で作るって決めたの!」
私がそう宣言すると、村人たちはざわめいた。貴族がそんな労働者のようなことを言うなど、信じられなかったのだろう。
私は広場に積み上げた物資を指差した。
「これは『太陽芋』の種芋よ。痩せた土地でもすぐに育つ魔法みたいな芋! そしてこっちは、特別製の農具! 軽くて丈夫で、腰への負担も少ないわ。これを皆に配るから、今日から一緒に畑を耕しましょう!」
「い、一緒にって……領主様が、自ら土を弄るおつもりですか!?」
「当たり前じゃない! 現場を知らないトップが、まともな経営(領地運営)なんて出来るわけないでしょ! さあ、善は急げよ!」
私は宣言通り、誰よりも早く畑に向かい、タローマン製の鍬を振り下ろした。
サクッ!
特殊な魔法コーティングが施された刃は、硬い土をまるでバターのように滑らかに耕していく。「うわ、これすっごい軽い! さすがタローマンね!」と感動しながら、私は無我夢中で土を掘り返した。
最初は遠巻きに見ていた村人たちも、公爵令嬢であるはずの私が、顔を泥だらけにして楽しそうに汗を流している姿に衝撃を受けていた。
やがて、村の村長らしき初老の男性が、おずおずとタローマン製の鍬を手に取った。
「こ、これは……なんという軽さだ。これなら、わしのような年寄りでも……」
彼が土に鍬を入れた瞬間、その性能の高さに目を丸くした。
それを皮切りに、村人たちが次々と農具を手に取り、畑に入ってきた。
「本当に軽いぞ!」
「領主様、そちらの畝は私たちがやりますから!」
「あははっ、ありがとう! じゃあ、あっちの雑草抜きは任せたわよ! 休憩時間はきっちり一時間取るから、無理しないでね!」
泥にまみれ、額に汗を浮かべながら、私は村人たちと肩を並べて笑い合った。
前世で、エアコンの効いた無機質なオフィスで、誰のためになっているのかも分からない数字を追いかけていた頃には、決して得られなかった充実感が胸を満たしていく。
労働って、本来はこうやって「誰かと一緒に、豊かな明日を作るため」に行う、楽しいものだったはずなのだ。
その光景を、少し離れた木陰から見つめているセリアの眼差しは、静かな熱を帯びていた。
(リゼは、自分の凄さを分かっていないわね……)
セリアは、神狼としての類稀なる眼力で視ていた。
かつては絶望に沈み、死んだような目をしていた村人たちのオーラが、リゼロッテの明るい声と、率先して泥を被る姿に引っ張られるように、黄金色の希望の光へと変わっていくのを。
貴族という特権階級にありながら、それをひけらかすことなく、最も弱い者たちのために自ら泥にまみれる。
その底抜けの善性と、理にかなった圧倒的な指導力。
(あんなに領民一人ひとりの顔を見て、自ら汗を流す貴族なんて、世界中探したって他にいないわ。……ええ、決めたわ)
セリアは、そっと腰の剣の柄に手を当てた。
(この方の笑顔と、この優しい世界を脅かす害虫は……私がすべて、塵一つ残さず噛み砕いてあげる)
親友であり、最強の護衛である神狼が恐るべき決意を固めていることなど露知らず。
ピコンッ!
ピコンッ! ピコピコンッ!!
私のエプロンのポケットでは、エンジェルすまーとふぉんが、村人たちからの『感謝と希望』を検知して、凄まじい勢いで善行ポイントの加算通知を鳴らし続けていた。
「よし! この調子で、目指せ辺境の超絶ホワイト領地化よ!」
青空の下、私の声が高らかに響き渡った。
だが、この平和なブルーオーシャンに、さっそく最初の「害虫」が忍び寄っていることに、私はまだ気づいていなかった。
読んでいただきありがとうございます。
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