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第一章 追放先はブルーオーシャン!

追放先はブルーオーシャン!~ブラック実家からの解放と、モフモフとの出会い~

ガタゴトと揺れる馬車の中で、私は一人、両手で固く拳を握りしめていた。

そして、誰の目もないことを確認してから、天に向かって思い切りその拳を突き上げた。

「よっしゃああああああっ!! ついに、ついに解放されたわ!! 残業ゼロ! しがらみゼロ! これぞ究極のブルーオーシャンよ!!」

ルナミス帝国筆頭公爵家令嬢、リゼロッテ・フォン・ローゼン。それが今の私の名前だ。

ほんの数時間前、私は帝国の王太子から、大勢の貴族たちが集まる夜会で高らかに宣言された。

『リゼロッテ! 貴様のような傲慢で冷酷な女は、僕の妃にはふさわしくない! 婚約は破棄し、辺境の地への追放を命じる!』と。

本来ならば、涙を流して絶望する場面なのだろう。ヒロインらしき可憐な男爵令嬢が王太子の腕に抱かれ、私を勝ち誇ったように見下していた。

だが、私の内心は歓喜の嵐だった。なぜなら、私の中身は「日本のブラック企業で昼夜問わず働かされ、24歳で過労死した元社畜OL」だったからだ。

転生した先であるローゼン公爵家も、絵に描いたようなブラック一族だった。

両親は領地の経営を私に丸投げし、王太子は面倒な公務の書類作成をすべて私に押し付けていた。私は前世で培った四大卒の論理的思考とコンサルタントの経験をフル稼働させ、見事にそれを処理し続けた。

結果として、彼らは「リゼロッテが有能すぎるせいで、自分たちが無能に見える」という理不尽な理由で逆ギレし、私を追放したのだ。

「あんな連中、こちらから願い下げよ。これからは自分のためだけに生きて、のんびりスローライフを送ってやるんだから!」

馬車の窓から外を覗くと、のどかな風景が広がっていた。

向かっているのは、ルナミス帝国と獣人王国、そして魔皇国の緩衝地帯に近い辺境の領地。すぐ隣には「ポポロ村」という豊かな特産品を持つ村があるらしい。

政治的にも面倒な場所だからと体をよく体よく押し付けられたのだが、私にとっては未開拓の宝のブルーオーシャンにしか見えなかった。

それに、私には誰も知らない「秘密の武器」がある。

私は懐から、手のひらサイズの薄い板を取り出した。

これは、私がこの世界に転生する際、どこかのドジな女神様(見習い女神のリリス様とか言っていた気がする)の手違いで付与されてしまった『エンジェルすまーとふぉん』だ。

本来は神々が使うらしいこの端末のなかに、私専用の非公式裏アプリが入っている。

それが、私のユニークスキル【善行通販】だ。

「他者の為になること(善行)」を行うとポイントが貯まり、このアプリを通じて、地球の現代物資や、ルナミス帝国の超大型ホームセンター『タローマン』の特注品、さらには普通では手に入らない高品質な種子や薬品をノータイムで取り寄せることができるという、とんでもないチートスキルである。

画面をタップすると、現在の私のステータスが表示された。

【現在の善行ポイント:500pt】

これは初期ボーナスのようなものだ。これを使って辺境の地を少しずつ開拓し、領民たちを笑顔にして(善行を積んで)、さらに豊かな領地を作り上げる。

想像するだけで、ブラック企業で麻痺していた私の心がワクワクと踊り出していた。

その時だった。

「ひぃっ!? お、お嬢様! 馬車を止めます!」

御者がパニックを起こしたような声を上げ、馬車が急ブレーキをかけた。

前のめりに倒れそうになりながらも、私は素早く体勢を立て直し、馬車の扉を開けた。

「どうしたの? 敵襲!?」

「い、いえ……道の真ん中に、獣人のガキが倒れておりまして……。死んでいるのか生きているのか……関わると厄介です。お嬢様、このまま轢いていくか、見捨てて迂回しましょう」

御者の冷酷な言葉に、私は眉をひそめた。

馬車を降りて近づいていくと、土煙の上がる轍の真ん中に、小さな人影が丸くなっていた。

「……女の子?」

美しい銀色の髪。頭にはふしぎな狼の耳が生えており、腰からはモフモフの尻尾が力なく垂れ下がっている。身なりはボロボロで、あちこちに酷い擦り傷や切り傷があり、血が滲んでいた。

何より、その細い体は栄養失調のように痩せ細り、浅く苦しそうな呼吸を繰り返している。

「獣人族……狼耳族の女の子ね」

「お嬢様、離れてください! 獣人は野蛮です、目を覚ましたら噛みつかれるかもしれません!」

御者が制止するが、私は全く聞く耳を持たなかった。

私の辞書に、「目の前で苦しんでいる人を見捨てる」という選択肢はない。前世で過労死する寸前、誰にも助けてもらえなかったあの冷たい床の記憶が、私を突き動かしていた。

私は土の上に膝をつき、迷うことなく懐から『エンジェルすまーとふぉん』を取り出した。

「【善行通販】、起動」

画面に様々な商品リストがホログラムのように浮かび上がる。私は素早く検索をかけた。

必要なのは、即効性のある傷薬と、消化が良くて体力を一気に回復できる温かい食べ物だ。

「ええと、傷薬は……これね! ポポロ村特産『陽薬草』の濃縮エキス(100pt)。それから、食べ物は……ルナミス帝国のファミレス『ルナキン』で大人気の裏メニュー、『肉椎茸の丼ぶり』(300pt)!」

肉椎茸は、肉のように分厚くてステーキにすると肉とキノコの極上の旨味が溢れ出すという、この世界ならではの絶品食材だ。温かいライスの上に肉椎茸とワサビ、刻み海苔を乗せて醤油草のタレをかけた丼なら、弱った胃腸でも美味しく食べられて栄養満点のはずだ。

【合計 400pt を消費します。よろしいですか?】

全財産の8割が一瞬で消える計算だが、私は1ミリの躊躇もなく「購入」ボタンをタップした。ポイント(資産)は、必要な時に、必要な人のために使ってこそ意味があるのだ。

パァァァッ……!

光の粒子が集まり、私の手元に青々とした陽薬草の軟膏と、湯気を立てる熱々の『肉椎茸の丼ぶり』が出現した。

「すごい、本当に温かいまま出てくるのね……!」

私はまず、女の子の傷口に陽薬草の軟膏を優しく塗り込んだ。

すると、太陽の光を浴びて育った陽薬草の強力な治癒成分が即座に働き、ジュワッと音を立てて傷口が塞がっていく。

「んぅ……」

傷の痛みが引いたのか、女の子の耳がピクッと動き、微かに目が開いた。

黄金色の美しい瞳が、警戒心をむき出しにして私を睨みつける。彼女の喉の奥から、グルル……と威嚇するような低い唸り声が漏れた。

「大丈夫、怖くないわよ。私はリゼロッテ。通りすがりの、ただの村人(予定)よ」

私は敵意がないことを示すため、あえて両手を見せ、にっこりと微笑んだ。

そして、熱々の『肉椎茸の丼ぶり』を彼女の鼻先にそっと近づけた。

「……っ!?」

狼耳族の驚異的な嗅覚が、肉椎茸から漂う暴力的なまでの旨味の香りと、焦がし醤油の香ばしさを捉えたのだろう。

威嚇していた彼女の唸り声がピタリと止まり、代わりに彼女の小さなお腹が「きゅるるるるぅ~!」と、盛大で可愛らしい音を鳴らした。

女の子の顔が、ボンッと音を立てて真っ赤に染まる。

「ふふっ。お腹、空いてるんでしょう? 戦うにしても、まずは腹ごしらえからよ」

私は丼から匙でライスと分厚い肉椎茸をすくい、自分の息で「ふーっ、ふーっ」と冷ましてから、彼女の口元へ運んだ。

彼女は戸惑うように私と匙を交互に見つめていたが、抗い切れない食欲に負け、恐る恐る口を開いてそれをパクリと含んだ。

瞬間、彼女の黄金色の瞳が、見開かれた。

肉椎茸の弾力ある食感とともに溢れ出す濃厚な肉汁。それを吸い込んだ温かい米麦草の甘みと、醤油タレのしょっぱさが、飢えきった彼女の体に染み渡っていくのが分かった。

「おいし……っ、なにこれ……すっごく、あったかい……」

ぽろぽろと、彼女の大きな瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。

それは痛みの涙ではなく、安堵と温もりに触れた涙だった。彼女は匙を奪うように両手で握りしめ、ボロボロと涙をこぼしながら、夢中で丼ぶりをかき込み始めた。

「ゆっくりでいいわよ。喉に詰まらせないでね」

私は彼女の背中を優しく撫でながら、温かい目で見守った。

見返りなんて求めていない。ただ、誰かが美味しそうにご飯を食べて、笑顔になってくれる。それだけで、私の心も満たされていくのだから。

ピコンッ。

不意に、エンジェルすまーとふぉんから軽快な通知音が鳴った。

【善行ポイント:+1000pt(ボーナス:無償の深い慈愛)】

「えっ……? 使った分より、増えてる……?」

どうやらこの【善行通販】、相手への影響度が大きいほど還元率がバグレベルで跳ね上がるらしい。

私は目の前で尻尾をパタパタと振りながら丼を平らげた銀髪の少女を見つめ、確信した。

(よし、決めたわ。私、この辺境を世界一働きやすくて、誰もがお腹いっぱいご飯を食べられる、ホワイトで幸せな領地にしてやるんだから!)

元社畜令嬢の、チート通販スキルを使った痛快な領地改革と、図らずも最強の親友モフモフを手に入れた新たな人生が、今ここから始まろうとしていた。

読んでいただきありがとうございます。

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