EP 8
悪徳プロデューサー襲来と、完璧な論破(ざまぁの布石)
リーザの恩返しライブから数日が過ぎ、私たちの辺境領はすっかり活気に満ちていた。
ゴッドチューブのバズ効果で観光客が押し寄せ、ポポロ村の特産品も飛ぶように売れる。まさに私が思い描いていた「経済が回るホワイトな黄金郷」が完成しつつあった。
しかし、光が強ければ強いほど、そこに引き寄せられる『害虫』もいるということを、私は忘れていたのだ。
「領主様! 大変です! 南の街道から、帝都の貴族の馬車が数台、武装した私兵を連れて村の広場に押し入ってきました!」
執務室で書類仕事に追われていた私の元に、自警団の若者が血相を変えて飛び込んできた。
「帝都の貴族? ゴルド商会のオロチ会長なら、事前に連絡が来るはずだけど……」
私が首を傾げていると、隣で窓の外を見ていたセリアが、ピクリと狼耳を逆立て、低い唸り声を上げた。
「……リゼ。どうやら、お客様ではないようです。酷く下品で、嫌な匂いがします」
セリアの言葉に、私はただならぬ気配を感じ、急いで広場へと向かった。
館の庭の草むしりをしていたリーザも、「何事ですの?」と不思議そうに私たちの後をついてくる。
広場に出ると、そこには煌びやかな、しかし悪趣味な装飾が施された馬車が停まり、完全武装した数十人の私兵が村人たちを威圧するように取り囲んでいた。
そして、馬車の中から、派手なスーツを着崩した、脂ぎった顔の男が降りてきた。
その男の顔を見た瞬間。
私の背後にいたリーザが、「ひっ……!」と短い悲鳴を上げ、ガタガタと激しく震え出した。
「リ、リーザちゃん? どうしたの、顔が真っ青よ!?」
「あ、あの人……っ。ルナミスTVの、ドンネル局長……! 私を親善大使として使い捨てて、番組から追い出した……!」
リーザが私の背中に隠れるようにして、芋ジャージの裾をギュッと握りしめる。
男――ドンネルは、薄ら笑いを浮かべながら広場を見渡し、リーザの姿を捉えると、下劣に口角を吊り上げた。
「探したぞ、リーザ。こんな辺境のド田舎で、小銭稼ぎの薄汚い地下アイドルごっこをしていると聞いた時は耳を疑ったが……。ゴッドチューブで少しバズったからといって、調子に乗っているんじゃないだろうな?」
ドンネルは、かつての『所有物』を見るような傲慢な目でリーザをねめつけた。
「ブームが去ったお前には何の価値もないと思っていたが、あの魔法のようなバフ効果を持つ歌声……あれにはまだまだ金脈(利用価値)がある。さあ、今すぐ帝都に戻れ。俺がもう一度、ルナミスTVでこき使ってやる。もちろん、ギャラは俺が管理してやるから、お前は以前のようにパンの耳でも食って歌っていればいい」
そのあまりにも身勝手で、彼女の尊厳を微塵も認めない言葉に、私の頭の中で、ブチィッ! と何かが千切れる音がした。
若者の夢を搾取し、用済みになれば捨て、利益が出そうになれば再びすり寄ってくる。
前世で私が死ぬほど憎んだ『ブラック企業のテンプレ』のようなクズが、私の大切な家族(従業員)を脅かしているのだ。
「……お断りしますの。私はもう、リゼ様の会社の専属アイドルですわ」
リーザが震える声で拒絶すると、ドンネルは顔を真っ赤にして激昂した。
「あぁん!? 誰に向かって口答えしている! たかが魚の分際で……おい、その生意気な小娘を引きずってこい!」
「させないわよ。下衆な男ね」
ドンネルの私兵がリーザに手を伸ばそうとした瞬間。
銀色の疾風が割って入り、私兵の腕をトンッ、と軽く払い除けた。セリアだ。
彼女はリーザを背中で庇い、黄金色の瞳を縦に細めてドンネルを鋭く睨みつけた。
「うちの駄人魚に指一本でも触れてみなさい。その腕、肩から引き千切って豚の餌にしてあげるわ」
伝説の白狼神姫の凄まじい殺気に、私兵たちが怯んで後ずさりする。
しかし、ドンネルは鼻で笑い、忌々しそうにセリアに向かって唾を吐き捨てた。
「なんだお前は。獣の分際で、高貴な俺に逆らう気か? 臭いんだよ、薄汚い亜人が! 人間の言葉を喋るな!」
ドンネルが、セリアを侮蔑する言葉を吐き捨てた。
その瞬間。
「――そこまでよ。それ以上、私の大切な『家族』を侮辱することは、絶対に許さない」
私は、セリアとリーザの前に進み出た。
タローマン製の作業着のポケットから、愛用の『ソーラーパネル付き特大電卓』と、分厚い書類の束を取り出す。
怒りで視界が真っ赤に染まりそうになるのを、コンサルタントとしての極限の『冷徹な理性』で押さえ込む。
「なんだお前は。このド田舎の領主か? すっこんでろ小娘!」
「小娘じゃないわ。私は、リーザ・シーラン・リヴァイアサンが所属する領地管理会社、代表取締役のリゼロッテよ。……あなた、ルナミスTVの局長だそうだけど、コンプライアンスという言葉をご存知かしら?」
私は電卓をパチパチと弾きながら、氷のように冷たい声で言い放った。
「リーザは現在、私の会社と『専属マネジメント契約』を結んでいるわ。彼女の歌唱権、肖像権、およびライブパフォーマンスに関するすべての権利は、ゴルド商会を介してルナミス帝国の特許庁に正式に登記済みよ」
「と、特許だと……?」
「ええ。つまり、あなたが今、武力を用いて彼女を不当に連れ去ろうとする行為は、帝国法第24条に違反する『悪質な引き抜き』および『重大な営業妨害』にあたる。……加えて、帝都の貴族が事前の通達なく、辺境領に武装した私兵を入れることは『領地侵犯』よ」
私はドンネルの足元に、ゴルド商会のオロチ会長の印が押された契約書のコピーをバサリと投げ捨てた。
「オロチ会長はね、リーザのグッズ販売で莫大な利益を見込んでいるの。その商品に傷をつけようとしたとなれば、大陸屈指の巨大企業であるゴルド商会が、あなたたちルナミスTVを相手に、天文学的な額の損害賠償請求と法廷闘争を起こすことになるわ。……払えるの? あなたのそのチンケなポケットマネーで」
「なっ……! ゴ、ゴルド商会だと……!?」
ドンネルの脂ぎった顔から、サァァッと血の気が引いていく。
暴力には暴力ではなく、完璧な『法律と経済』の壁で敵の逃げ場を塞ぐ。これが、有能なトップ(私)の戦い方だ。
「さらに言うなら、あなたは先ほど、私の大切な親友であるセリアを『獣』と侮辱したわね。彼女は、レオンハート獣人王国の元・第三姫君よ。同盟国の王族に対する不敬罪……国際問題に発展すれば、あなたの首どころか、一族郎党の資産が吹き飛ぶわね」
「ひぃっ……! お、王族……!?」
完全に理論武装と権力の壁で殴りつけられ、ドンネルは膝を震わせた。
だが、追い詰められた悪党というのは、時に想像以上に愚かな行動に出るものだ。
「ふ、ふざけるな……! ゴルド商会がなんだ! 同盟国がなんだ! ここは帝都から遠く離れた辺境だ! お前たちをここで皆殺しにして、証拠を隠滅してしまえば誰にも分からん!」
完全に逆ギレしたドンネルが、血走った目で私兵たちに叫んだ。
「やれっ! この生意気な女どもを殺せ! 魚の女だけ生かして捕まえろ!」
「「「はっ!」」」
数十人の私兵たちが、一斉に剣を抜き、殺気を放って私たちに襲いかかってきた。
「リゼ! 下がって!」
セリアが私の前に立ち塞がり、両手に鋭い闘気を纏わせる。リーザは悲鳴を上げてしゃがみ込んだ。
(武力行使に出たわね……! でも、絶対に負けない! 私の持てるすべての善行ポイントを使ってでも、この子たちを守り抜いてみせる!)
私が『エンジェルすまーとふぉん』を握りしめ、迎撃の準備をしようとした――まさにその瞬間。
ピキキキキキキキッ……!!!
広場の空気が、一瞬にして凍りついた。
秋の穏やかな気候だったはずの広場が、突如として極寒の冬へと変貌し、襲いかかってこようとしていた私兵たちの足元から、分厚い氷の柱が凄まじい勢いで立ち昇ったのだ。
「な、なんだこれはぁぁっ!?」
「あ、足が……! 氷で地面に縫い付けられて動けねえっ!」
数十人の武装した男たちが、たった一瞬で、美しい氷の彫刻のように完全に無力化された。
そして、冷たい冷気を纏いながら、広場の入り口から静かに歩み出てくる一つの影があった。
「――私の領土で、私の大切なパートナーとその家族に剣を向けるとは。万死に値するな」
腰の『魔闘氷剣』から、絶対零度の冷気を立ち昇らせた、帝国最強の騎士。
氷の辺境伯、ユリウス・フォン・アルトハウス。
彼は、圧倒的な強者の威圧感を放ちながら、腰を抜かしてへたり込んだドンネルを、ゴミでも見るような冷酷な碧眼で見下ろしていた。
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