EP 9
最強のプロデューサーと、氷の城
「ひぃ……ひぃぃぃっ……!?」
全身をガタガタと震わせ、泡を吹きそうな顔で地面にへたり込んだのは、ルナミスTVの局長・ドンネルだった。
彼が連れてきた数十人の武装私兵たちは、一人残らず足元から腰までを巨大な氷柱で覆われ、剣を握りしめたまま身動き一つ取れなくなっている。
寒気ではない。圧倒的な「死」の圧迫感が、広場全体を支配していた。
「私の……大切なパートナーの『家族』を侮辱し、私の領土で不法に剣を抜いた罪。……万死に値するぞ」
低く、極寒の吹雪のように冷たい声。
漆黒のマントを風にはためかせ、氷の辺境伯ユリウス・フォン・アルトハウス様が、静かに歩みを進める。
その手に握られた『魔闘氷剣』からは、絶対零度の冷気が溢れ出し、地面の草木を一瞬で白い霜へと変えていた。
「ア、アルトハウス辺境伯……っ! な、なぜ貴方がこんなド田舎の小娘どもを庇うのですか!? 私は帝都の重鎮だぞ! ルナミスTVの権力者だぞ!?」
「黙れ、醜悪な豚が」
ユリウス様は一瞥すら与えず、ただ殺気を含んだ一言でドンネルの言葉を叩き斬った。
「君のような強欲な害虫が口にしていい名前ではない。……リゼロッテ嬢は、私が生涯をかけて守り抜くと誓った大切な女性だ。そして、彼女が守ろうとする仲間もまた、私の保護下にある」
ユリウス様は、氷漬けになった私兵たちの首元に冷ややかな視線を向けた。
「私兵を率いての領地侵犯。国際問題になり得る暴言。そして、帝国直轄特区における殺人未遂……。これだけの罪状があれば、君の自慢の『ルナミスTVの権力』とやらがどれほど無力か、帝都の地下牢で身を以て知ることになるだろう」
「ひ、ひぃぇぇぇぇっ! た、助けて……っ!」
ドンネルの股間からじんわりと温かい液体が染み出し、無様に地面を濡らす。かつてリーザを使い捨て、嘲笑っていた悪徳プロデューサーの威厳など、微塵も残っていなかった。
「警備隊、この不法侵入者どもを全員拘束しろ。皇帝陛下への報告書と、ゴルド商会への損害賠償通知は、私が直々に送っておく」
「「「はっ!」」」
物陰から即座に飛び出してきた国境守備隊の兵士たちが、凍りついた私兵と、腰を抜かしたドンネルを手際よく引きずっていく。
自分たちが犯した愚行の代償として、彼らには免れない破滅と、借金返済のための過酷な運命(マグローザ漁船行き)が待っているはずだ。
「……見事な手際ね、ユリウス様」
私が冷や汗を拭いながら声をかけると、ユリウス様は剣を鞘に納め、一瞬で先ほどの冷酷な殺気を消し去った。
そして、私の方へと向き直ると、まるで宝物に触れるかのような柔らかい眼差しを向けたのだ。
「怪我はないか、リゼロッテ。……少し、到着が遅れてすまなかった」
「いいえ! ユリウス様が来てくださったおかげで、誰も怪我をせずに済みました。……ありがとうございます」
「礼には及ばない。君の安全を守ることこそが、私の何よりの特権だからな」
ユリウス様は、私の緊張をほぐすように、そっと大きな手で私の頭を撫でてくれた。
そのあまりにも甘くて優しい手つきに、さっきまでの緊迫感が嘘のように胸がキュンと跳ねてしまう。
だが――騒動は収まったものの、現場にはまだ重い空気が残っていた。
「……うぅ……っ。私のせいですの……」
地面にぽつんと座り込み、水色の長い髪で顔を覆って震えているのは、リーザだった。
「私が……私がこの村に来て、アイドルなんて始めたから……っ。リゼ様やセリアさん、村の皆様にまで恐ろしい思いをさせてしまいましたの……。私なんて、やっぱり日陰でパンの耳をかじっているのがお似合いなんですの……っ!」
自責の念に押し潰されそうになり、大きな瞳からぽろぽろと大粒の涙をこぼすリーザ。
そして、その横で腕を組み、悔しそうに拳を握りしめていたのはセリアだった。
「……くっ。あの豚のような男に『獣』と侮辱されたことなど、どうでもいい。だが……リゼとリーザの目の前で、不快な刃を向けられたことが不覚です。私の武力がありながら、二人に恐怖を感じさせてしまった……」
いつも気高く、最強のメイドとして私を守ってくれているセリアが、珍しく弱音を吐いて唇を噛み締めている。
二人のその姿を見た瞬間。
私の中で、ドンネルへの怒りとは比較にならないほどの、熱く、激しい『使命感』が爆発した。
(何を言っているのよ、二人とも……!)
前世のブラック企業で、理不尽に怒鳴られ、自尊心を削り取られ、下を向いていた同僚たちの姿が頭をよぎる。
他人の都合で傷つけられ、自分を責めるなんて、そんな悲しいことがあってたまるか。
「リーザちゃん。セリア」
私は二人の前にすっと踏み出し、しゃがみ込むと、二人の手をそれぞれ力強く握りしめた。
「え……? リゼ様……?」
「リゼ……?」
二人が驚いたように私を見つめる。
私は二人に向かって、これまでで一番大きく、誇り高く、太陽のように眩しい笑顔を向けた。
「勘違いしないで。貴女たちは何一つ悪くないわ! 悪いのは全部、他人の努力や夢を踏みにじって平気でいられる、あの無能な大人たちよ!」
私の声が、静まり返った広場に朗々と響き渡る。
「私はね、自分の利益や保身よりも……私を信じてついてきてくれる『大切な従業員(家族)』の笑顔とプライドを守ることの方が、何万倍も重要なの!」
私は立ち上がり、タローマン製の作業着のポケットから『エンジェルすまーとふぉん』を飛び出させた。
画面に表示されているのは、これまでの領地改革やライブの大成功で貯まりに貯まった、天文学的な数値の【善行ポイント】だ。
「ポイントを貯め込んで、いざという時のために取っておく? そんなの、今使わなくて何がトップ(プロデューサー)よ!」
私のコンサル魂と、オカン魂と、大切な家族を守りたいという強い愛が合体し、過去最高の熱量となって爆発する。
「【善行通販】、限界突破放出!! 検索カテゴリ・『絶対防衛型ライブハウス&セキュリティ要塞』!!」
私はスマホの画面が壊れんばかりの勢いで、ポチポチポチッと連続タップを叩き込んだ。
「誰にも文句を言わせない! どんな悪党が来ようと、爪一本立てさせない! リーザちゃんが24時間いつでも安心して歌えて、セリアが最高の環境で警備できる……『最強の防護結界付き・超高級防音ライブスタジオ』を建設するわ!!」
「えぇぇぇぇぇっ!? ライブスタジオですの!?」
次の瞬間、私の声に応えるように、天から眩いばかりの黄金の光の柱が降り注いだ。
ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
地鳴りのような音とともに、広場の隣の広大な空き地に、光の粒子が急速に実体化していく。
現れたのは、タローマン製の最新鋭の建築技術と、神聖な魔術障壁が融合した、まるで未来の美しいお城のような『防衛型ライブハウス』だった!
外壁はどんな物理攻撃や魔法も弾き返す特注の結界金属。
内部には最新の防音設備と、豪華な楽屋、トレーニングルーム、さらにはルナミスーパー銭湯直通の専用スパ施設まで完備されている。
「こ、これは……!? 規格外の防護障壁と、圧倒的な魔導音響システムが一体化している……!?」
流石のユリウス様も、目の前で一瞬にして聳え立った『防衛要塞兼ライブハウス』を見て、絶句して目を丸くしていた。
「よし! 建設完了よ!」
私は息を荒らしながら、ポカーンと口を開けているリーザの前に腰を落とし、彼女の涙を親指で優しく拭った。
「見て、リーザちゃん。これが貴女の新しい『城』よ。あの建物の中なら、どんな悪党が来ようと、どんな邪魔が入ろうと、結界が貴女を絶対に守ってくれる。音漏れもしないから、夜中でも早朝でも、貴女の好きな時に好きなだけ歌っていいのよ!」
「あ……あぁ……っ」
「誰も貴女から歌を奪えない。誰も貴女の努力を笑わせない。私が、私たちが……貴女が世界一輝ける場所を、何度だって作ってあげるわ!」
私は力強く胸を張り、ウインクしてみせた。
ポイントの残高? ほとんどゼロになったわ!
でも、そんなものどうでもいい! 大切な家族の笑顔と、夢を守るためなら、全財産を投げ打つ価値なんてお釣りが来るくらいあるのだから!
「り……リゼ様ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ガシィッ!!
「ぶはっ!?」
感極まったリーザが、弾丸のような勢いで私の胸に飛び込んできた。
彼女は私に抱きつき、フリルいっぱいの衣装を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら、オアシスを見つけた旅人のように叫び声を上げた。
「リゼ様ぁぁぁっ! 貴女は……貴女は本当の、本当の女神様ですのぉぉっ! 私、一生リゼ様についていきますの! リゼ様のために、銀河の果てまで歌い続けてさしあげますわぁぁっ!」
「よしよし! 泣かないの、可愛いお顔が台無しよ!」
私は涙目で笑いながら、しがみついてくるリーザの頭を何度も優しく撫でた。
「……フッ。まったく、貴女という人は」
隣で見ていたセリアが、深く、けれどこの上なく誇らしげなため息を吐いた。
彼女は握りしめていた拳を解き、黄金色の瞳を優しく細めると、私の肩にそっと自分の頭を預けてきた。
「自分の利益なんて一ミリも考えていない。ただ、大切な人の笑顔のためだけに、全財産を笑顔で投げ打ってしまう……。……そんな男前で格好いい主を持てて、私は世界一幸運なメイドですね」
セリアの銀色の耳が、気恥ずかしそうに、けれど嬉しそうにパタパタと揺れている。
彼女の心の中にあった悔しさや傷は、私の「バカみたいにまっすぐな愛」によって、完全に吹き飛ばされたようだった。
そして――。
「……あっぱれだ、リゼロッテ」
低く、熱を帯びた声とともに、ユリウス様が私の目の前に膝をついた。
彼は、泣きじゃくるリーザを抱きしめている私の泥のついた手を、大切そうに両手で包み込んだ。
「ユリウス様……?」
見上げた彼の碧眼には、呆れと、深い感銘と、そして……言葉では表現しきれないほどの、狂おしいまでの『愛おしさ』が満ち溢れていた。
「己の力や財産を、誇示するためではなく、ただ仲間を守り、育むために迷わず使い切る。……君のその気高き魂と、底抜けの優しさに、私は再び心を奪われた」
ユリウス様は、私の手の甲に、そっと慈しむような吻を落とした。
その唇から伝わる熱に、私の心臓がドクンと大きく跳ね上がる。
「君というトップ(リーダー)についていける者たちは、本当に幸せだな。……もちろん、私を含めて、だ」
「ゆ、ユリウス様……っ」
「君が仲間を守る城を造るというなら、私はその城を外から守る最強の壁となろう。……君の描く世界は、本当に暖かくて、眩しいな」
彼は私を見つめ、蕩けるような極上のスパダリ顔で微笑んだ。
その眼差しには、もう友人やパートナーという枠組みを超えた、生涯をかけて私を愛し抜くという絶対的な誓いが宿っていた。
「……へへっ。私、みんなの笑顔が見られれば、それで大満足ですから!」
照れ隠しに真っ赤な顔で笑う私。
私にしがみついて「リゼ様ぁ〜っ」と泣き続けるリーザ。
それを「見苦しいですよ駄人魚」とツッコミながらも優しく見守るセリア。
そして、そんな私たち全員を、圧倒的な包容力で包み込んでくれるユリウス様。
損得勘定抜きで、大切な人のためにすべてを投げ打つ。
それが、元社畜令嬢である私の、譲れない『経営理念(生き方)』だ。
悪徳プロデューサーという害虫は完璧に駆除され、私たちの手には、より一層強固になった絆と、最強のライブハウスが残された。
読者の皆様も、村人たちも、そして目の前にいる仲間たちも。
誰もが私の決断に惜しみない拍手を送り、この温かい黄金郷の物語は、いよいよ最高のクライマックス(大団円)へと向かっていくのだった。




