EP 7
月夜の乾杯と、甘い特等席
「さあさあ皆様! ポポロ村のロックバイソンのお肉はまだまだありますよ! リーザちゃんのライブ大成功を祝って、今夜は朝まで飲み明かしましょう!」
恩返しライブの熱狂が冷めやらぬ夜。
領主の館の広場では、村人や兵士たちを招いた盛大な打ち上げの宴が開かれていた。
「おおっ! 領主様、直々にお酌を! こりゃあ縁起がいい!」
「おじいちゃん、飲みすぎには気をつけてね! お水もちゃんとチェイサーとして飲むのよ!」
私はタローマン製のジョッキを両手に抱え、各テーブルを回りながら、まるで居酒屋の女将(あるいはブラック企業の宴会幹事)のようにテキパキと立ち回っていた。
みんなの笑顔を見るのは最高に嬉しい。でも、前世から染み付いた『裏方に徹して接待してしまう悲しい社畜の性』のせいで、気づけば自分の食事も取らずに働き詰めになっていた。
「ふぅ……。ちょっと、ペース飛ばしすぎたかな」
広場の隅でこっそりと息をつき、汗を拭ったその時だった。
「――君は、本当に休むということを知らないな」
不意に、背後からスッと私の手からジョッキのトレイが奪われた。
振り返ると、私服姿のユリウス様が、呆れたような、けれどひどく甘い瞳で私を見下ろしていた。
「ユ、ユリウス様! 警備の指揮はもうよろしいのですか?」
「ああ。部下たちもすっかり酔い潰れるか、リーザ嬢の熱烈なファン同士で語り合っている。……それよりも、君だ」
ユリウス様は私の手首をそっと、しかし逃さない強さで掴むと、賑やかな広場から私を連れ出した。
「えっ、ちょ、ユリウス様!? どこに……!」
「主催者が倒れては元も子もない。少し、私に付き合ってくれ」
彼に引かれて辿り着いたのは、広場の喧騒から少し離れた、館の二階にあるバルコニーだった。
そこは、夜空に浮かぶ巨大な月と、こぼれ落ちそうな満天の星々を独り占めできる、最高の特等席。
下から聞こえる宴のざわめきが、心地よいBGMのように遠く響いている。
「わぁ……綺麗……!」
「君の瞳に映る星空の方が、私にはずっと美しく見えるがね」
息を呑む私に、ユリウス様は息をするように甘い言葉を落とす。
私が「もうっ」と照れ隠しに頬を膨らませると、彼はバルコニーのテーブルに置かれていた、美しい琥珀色の液体が入ったグラスを二つ手に取った。
「ポポロ村特産の、甘い果実酒だ。君はまだ、何も口にしていなかっただろう?」
「ありがとうございます。……でも、私がお酒に弱いこと、ご存知ですよね?」
「ああ。だから、ほんの一口だけでいい。……私の口から、直接飲ませてあげたいくらいだが」
「ぶっ!?」
あまりにもストレートで破壊力の高い爆弾発言に、私は盛大にむせた。
顔が、火鉢に突っ込んだようにカッと熱くなる。
「な、ななな、何を仰ってるんですかユリウス様!!」
「冗談だ。……いや、半分は本気だがね」
ユリウス様は意地悪く微笑むと、私の隣にピタリと寄り添うように立ち、その大きな手で私の頬をそっと包み込んだ。
剣ダコのある冷たい手が、私の火照った肌に触れ、背筋にゾクッとするような甘い痺れが走る。
「リゼロッテ」
彼が、私の名前を低く、甘く呼ぶ。
星明かりに照らされた彼の碧眼には、隠しきれないほどの熱烈な愛情と、私だけを囲い込みたいという強い独占欲が揺らめいていた。
「君はいつも、領民や仲間のために走り回っている。誰よりも有能で、誰よりも優しい。……だが、今日くらいは、私にだけ甘やかされてくれないか」
「ユリウス、様……っ」
彼の手が、私の顎をそっと持ち上げる。
近づいてくる整った顔立ち。微かに香る、彼自身の男らしい香りと、甘い果実酒の匂い。
心臓が警鐘を鳴らしているのに、体は魔法にかけられたように動かない。
(あ、キス、される……)
私がギュッと目を閉じ、その瞬間を待とうとした――まさにその時だった。
「――抜け駆けはずるいわよ、堅物騎士」
バァンッ! と。
ムードもへったくれもない勢いで、バルコニーの扉が開け放たれた。
「ひゃあっ!?」
私が弾かれたようにユリウス様から飛び退くと、そこには、腕を組んでジト目を向けるセリアと、両手に山盛りの肉の串焼きを抱えたリーザが立っていた。
「あーっ! リゼ様と太客様が、こんなところでイチャイチャしてますの! 私を置いていくなんて水臭いですわ!」
「……全く。うちの主の唇は、そう安くはありませんよ、辺境伯様」
完全にタイミングを読んだ(わざと邪魔しに来た)セリアの言葉に、私は顔から火が出そうになり、両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。
ああもう、穴があったら入りたい! コンサルタントとしての威厳がゼロよ!
だが、完璧なムードをぶち壊されたユリウス様は、怒るどころか、フッと肩を揺らして余裕のある笑いをこぼしたのだ。
「はははっ。君のその鋭い嗅覚からは、どうしても逃げられないな、相棒」
ユリウス様は嫌な顔一つせず、セリアに向かって気さくに笑いかけた。
帝国最強の騎士としての威厳と、仲間に対する寛容さ。その完璧な大人の対応(スパダリ感)に、セリアも毒気を抜かれたように小さくため息を吐く。
「当然です。私はリゼの筆頭メイドであり、護衛ですからね。貴方が隙を見せれば、いつでも主を奪い返しますよ」
「頼もしい限りだ。だが、私もそう簡単には引き下がらないつもりだがね」
冗談交じりに視線で火花を散らす二人。
互いの実力を認め合い、背中を預けられる戦友だからこその、気の置けないやり取りだ。
「ユリウス様ぁ! 太客のスポンサー様! 私、お肉がいっぱいで手が塞がってますの! 果実酒、飲ませてくださいませ!」
空気を読まないリーザが、芋ジャージの裾を揺らしながらユリウス様に突撃していく。
セリアが「こら、駄人魚! 図々しいにも程がありますよ!」と止めようとするが、ユリウス様はふっと優しい兄のような笑みを浮かべ、テーブルの上の果実酒のグラスを手に取った。
「いいだろう。今日の主役は君だからな」
ユリウス様は、リーザの口元にグラスを運んで飲ませてあげると、その水色の頭を大きな手でポンポンと優しく撫でた。
「今日の君の歌は、本当に素晴らしかった。私の部下たちも、明日からまた過酷な任務を笑顔で乗り越えられるだろう。……君の歌声には、金貨や宝石以上の価値があったよ、リーザ嬢」
「ふぇっ……!」
ただ甘やかすだけでなく、彼女が一番認めてほしかった『アイドルとしての実力と価値』を、まっすぐに言葉にして褒め称える。
その完璧すぎる大人の対応に、リーザは感激のあまり「うわぁぁぁんっ! ユリウス様、一生ついていきますわぁぁっ!」と、肉の串を持ったまま大号泣し始めた。
「こら、泣きながらお肉を振り回すんじゃない! ユリウス様の服が汚れるでしょうが!」
「だってぇぇ! スポンサーも太客様も、みんな私に優しすぎるんですのぉぉっ!」
わちゃわちゃと騒ぎ立てるセリアとリーザ。
その様子を、ユリウス様はとても楽しそうに、温かい目で見守っている。
(……ああ。私、この人たちのことが、本当に大好きだわ)
私は顔の熱を冷ましながら、立ち上がり、三人の輪の中へと歩み寄った。
前世では、誰かと肩を並べて笑い合うことなんてなかった。
でも今は、私をからかいながらも絶対的に守ってくれる最強の親友がいて。
手はかかるけれど、最高の奇跡を見せてくれる妹分がいて。
そして、私のすべてを肯定し、こんなにも甘く、頼もしく支えてくれるパートナーがいる。
「……ユリウス様。セリア。リーザちゃん」
私が呼ぶと、三人が一斉に私の方を向いた。
「今日は、本当に最高の夜ね! さあ、みんなで乾杯しましょう!」
「ええ、そうですね。このやかましい駄人魚のデビュー戦に」
「やかましいとはなんですの! 宇宙一のアイドルスマイルですわ!」
「君たちの笑顔に、乾杯しよう」
月明かりの下。
私たちは四人でグラスを合わせ、星空に届くほどの明るい笑い声を響かせた。
ユリウス様が、こっそりとテーブルの下で私の空いた手を取り、指を絡めて強く握りしめてくる。
その手から伝わる熱と、彼が私に向けた極上に甘いウインクに、私の心臓はまたしても早鐘を打ってしまうのだった。
村の発展と、最高の仲間たちとの尊い日常。
私の思い描く『ホワイトな黄金郷』は、この月夜のテラスで、これ以上ないほどの多幸感に包まれていた。
読んでいただきありがとうございます。
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