EP 6
熱狂の渦と、広がる黄金郷
リーザの恩返しライブから、数日が経過した。
あの熱狂の夜を境に、私の治める辺境領と、隣接するポポロ村の状況は一変していた。
「リゼ様! 大変ですの! 今日も朝から、村の入り口に観光客の馬車が長蛇の列を作っていますわ!」
執務室に駆け込んできたリーザが、興奮冷めやらぬ様子で報告してくる。
彼女が着ているのは、いつもの芋ジャージではない。私が【善行通販】で取り寄せた、フリルたっぷりの可愛らしい部屋着だ。ライブの大成功以降、彼女はすっかり領地の「公式アンバサダー(看板娘)」として定着していた。
「やっぱりね。ゴッドチューブの威力、恐るべしだわ……」
私は手元の『エンジェルすまーとふぉん』の画面を見つめながら、深くため息を吐いた。
実はあのライブの日、私はすまーとふぉんの機能を使って、ステージの様子を天界の動画配信サイト『ゴッドチューブ』にこっそり同時配信していたのだ。
結果は、まさかの大バズり。
魔王ラスティアや女神ルチアナといった神々(?)の琴線に触れたらしく、「この人魚姫のアイドル、最高にエモい!」「投げ銭システムが神がかってる!」と天界で大拡散。その熱狂は魔導通信石を通じて人間界にも瞬く間に広がり、「辺境に奇跡の歌声を持つアイドルがいる」という噂が大陸中を駆け巡ったのである。
「リゼロッテ! 儲かりまくって笑いが止まらないわ!」
バンッ! と勢いよく執務室の扉が開き、ポポロ村の村長である月兎族のキャルルが飛び込んできた。彼女のウサギ耳は、興奮でピーンと直立している。
「ライブを見た冒険者や商人たちが、連日ポポロ村に押し寄せてるのよ! 『ポポロ・コーヒー』は飛ぶように売れるし、宿屋は数ヶ月先まで満室! リゼの畑から卸してもらった『太陽芋』のフライドポテトなんて、揚げたそばから売り切れる始末よ!」
「ふふっ、計画通りね。経済の爆発は、人を呼び、お金を回す最高の起爆剤よ」
私はコンサルタントとしての笑みを浮かべ、キャルルとハイタッチを交わした。
さらに、ゴルド商会のオロチ会長からも「嬢ちゃん、あんた本物の天才だで! リーザちゃんのブロマイドとグッズの独占販売権、ウチに任せてくれや!」と、鼻息の荒い通信が入っている。
「でも、リゼプロデューサー。一つだけ問題がありますの……」
リーザが、少しだけ申し訳なさそうにモジモジと指を合わせた。
「私、ライブですごくたくさんの声援をいただいたのは嬉しいんですけど……私の【貧乏神】のスキルのせいで、直接いただいたスパチャやお金は、全部異次元に消えちゃうんですの。これじゃあ、私は一生タダ働き……っ。またパンの耳と雑草の生活に逆戻りですわぁぁっ!」
ポロポロと泣き出すリーザに、私は自信満々に胸を張った。
「安心しなさい、リーザちゃん。有能な経営者は、従業員の労働を絶対に搾取しないわ。貴女のスキルの弱点は、私がすでに『ビジネスの仕組み』で解決済みよ!」
「えっ?」
「貴女のスキルは『直接お金を受け取る』と発動して没収されちゃうんでしょ? だったら、貴女に直接お金を渡さなければいいのよ」
私はタローマン製のホワイトボードに、キュッキュッと図を書き始めた。
「ファンのみんなには、私の設立した『領地管理会社』を通して、貴女のライブチケットやグッズを買ってもらうの。つまり、お金は全部『会社(私)』に入る。そして、会社から貴女には、現金じゃなくて『現物支給』と『福利厚生』という形でギャランティを支払うわ!」
「げ、現物支給……?」
「そう! 毎日三食、豚神屋のラーメンでもロックバイソンの極上ステーキでも食べ放題! お洋服も化粧品も会社経費で落としてあげる! さらに、ルナミスーパー銭湯の入り放題パスポート付きの、超絶ホワイト契約よ!」
私がドヤ顔で言い放つと、リーザは目を極限まで見開き、やがて「うわぁぁぁぁぁんっ!!」と大号泣しながら私に抱きついてきた。
「リゼ様ぁぁっ!! 貴女はやっぱり神様ですわ!! これでもう、野良犬と廃棄弁当を巡って血みどろの争いをしなくて済みますのねぇぇっ!」
「よしよし、いっぱい食べて、最高の歌を届けてちょうだいね!」
「……言葉は綺麗ですけど、要するにリゼの会社に一生飼い殺しにされる社畜契約ですよね、それ」
呆れたようにツッコミを入れたのは、お茶を運んできたメイドのセリアだった。
彼女は銀色の尻尾を揺らしながら、泣き喚くリーザの頭にポンッと分厚い肉椎茸のサンドイッチを乗せた。
「ほら、さっそくの現物支給(お給料)ですよ、駄人魚。しっかり食べて、午後のファンサービスに備えなさい」
「ふぉぉぉっ! セリアさんお手製の肉椎茸サンド! ありがとうございますぅぅっ!」
「私は社畜じゃないわよ、セリア! ちゃんと週休二日制で、有給も完備したホワイトアイドル事務所なんだから!」
賑やかに笑い合う私たちの声が、執務室に響き渡る。
前世の冷たくて孤独なオフィスとは違う。ここは、みんなが笑顔で、誰かのために頑張れる、温かくて最高の『職場』だった。
午後になると、村の広場はさらに熱気を帯びていた。
私はセリアを護衛に連れて、視察がてら広場を歩いていた。
「領主様! リゼ様!」
私を見つけた村人たちが、次々と笑顔で駆け寄ってくる。
彼らの手には、採れたてのみずみずしい『月見大根』や、甘い香りを放つ『ハニーかぼちゃ』がいっぱいだった。
「これ、うちの畑で採れた一番いい野菜です! リゼ様がリーザちゃんをプロデュースしてくれたおかげで、村の特産品が飛ぶように売れて、生活が信じられないくらい豊かになりました!」
「本当に、領主様は私たちの女神様です! どうか受け取ってください!」
村の老婆から若い衆まで、口々に私への感謝を述べ、お辞儀をしていく。
「ありがとう! みんなが頑張って美味しい野菜を育ててくれたおかげよ。これからも、一緒に豊かな村を作っていきましょうね!」
笑顔で野菜を受け取りながら、私の胸の奥に、じんわりと温かい充実感が広がっていく。
誰かを搾取して得た富ではなく、みんなが正当に働き、正当に評価され、共に豊かになっていく。私が前世で夢見ていた『理想の労働環境』が、今、この辺境の地で確かに形になっているのだ。
ピコンッ、ピコンッ、ピコピコピコピコンッ!!!
エプロンのポケットの中で、エンジェルすまーとふぉんが狂ったような勢いで通知音を鳴らし続けている。
【善行ポイント:+99,999pt(広域経済の爆発的活性化・絶対的信頼ボーナス)】
【※通知:善行ポイントが上限に達しました。新しい事業への投資を推奨します】
「ふふっ。ポイントも満タンね。これなら、冬に向けての防寒設備や、新しい特産品の開発も思いのままだわ!」
「リゼのその嬉しそうな顔を見ると、私もホッとしますよ」
隣を歩くセリアが、私の抱えきれなくなった野菜をヒョイと受け取りながら、優しく微笑んでくれた。
「……君のその笑顔が、この領地に最高の奇跡をもたらしたんだな」
不意に、優しく低く、鼓膜を撫でるような声がした。
振り返ると、国境守備隊の軍服ではなく、洗練された私服に身を包んだユリウス様が立っていた。
人混みの中でも際立つ長身と、氷のように冷たくも、私に向ける時だけは甘く蕩ける碧眼。彼が現れただけで、周囲の村の女性たちが「ひゃあっ」と黄色い声を上げている。
「ユ、ユリウス様! 視察ですか?」
「ああ。リーザ嬢のライブ以降、私の部下たちの士気もうなぎ登りでね。……パトロール中に『Love & Money』を大合唱しているのには少し頭を抱えたが、かつてないほど国境は強固に守られているよ」
ユリウス様は苦笑しながら、私の元へと歩み寄り、その大きな手で私の頭をポンと撫でた。
「君のプロデュース能力と、人を惹きつける深い愛情。……本当に、君はどこまでも私の想像を超えていく。君がこの地に来てくれて、これほど嬉しいことはない」
至近距離で囁かれるストレートな褒め言葉に、私の顔は一瞬で熱くなった。
「そ、そんな、大げさですよ! 私はただ、みんなが働きやすい環境を整えただけで……っ」
「君はいつもそうやって謙遜する。だが、この熱狂も、村人たちの笑顔も、すべて君の優しさが生み出した黄金郷だ。……もっと誇っていい」
ユリウス様は、私の手からハニーかぼちゃを一つ受け取ると、空いた私の手をそっと握りしめた。
そのさりげなくも独占欲に満ちた『特別扱い』の触れ方に、心臓が爆発しそうになる。
「な、ならば! この黄金郷をさらに発展させるために、今日は盛大な打ち上げをしましょう! ユリウス様も、もちろん参加してくださいますよね!?」
照れ隠しで私が大きな声を出すと、ユリウス様は目を細め、甘く微笑んだ。
「喜んで。君からの誘いを断る理由など、この世に存在しないからな」
「……はいはい、ごちそうさまです。堅物騎士様も、すっかりうちのリゼの虜ですね」
セリアが呆れたように肩をすくめながらも、その顔には「二人の関係を温かく見守る親友」としての優しい笑みが浮かんでいた。
熱狂の渦に包まれた辺境の領地。
有能なトップ(私)と、最強の親友、奇跡の歌声を持つ居候、そして絶対的な頼れる騎士(ユリウス様)。
役者は完全に揃った。
私たちの築き上げる黄金郷は、これからさらに大きく、輝かしく発展していく。
そして今夜の打ち上げで、私とユリウス様の関係もまた、少しだけ甘く進展することになるのだった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




