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EP 5

人魚姫の真の輝きと、強欲なラブ&マネー

「マイクテスト、ワンツー! 照明、オールグリーン! タローマン製特設ステージ、準備完了よ!」

秋の夕暮れ時。私の領地の広場には、異世界には似つかわしくない巨大なLEDモニターと、魔法の光で彩られた特設ステージがそびえ立っていた。

広場には、ポポロ村の村人たちや、非番の国境守備隊の兵士たち、さらには噂を聞きつけた行商人までが押し寄せ、超満員となっている。周囲にはタローマン屋台セットのたこ焼きや綿菓子の甘い香りが漂い、完全なお祭り騒ぎだ。

「リゼプロデューサー、客席の熱気がすごいですの……!」

ステージ袖のテントの中。

出番を待つリーザは、私が【善行通販】で取り寄せたフリルたっぷりの『アクアブルーのアイドル衣装』に身を包み、緊張でブルブルと震えていた。いつものえんじ色の芋ジャージ姿とは見違えるような、文字通りの『人魚姫』の美しさだ。

「大丈夫よ、リーザちゃん。貴女のための、貴女だけの最高のステージなんだから。思いっきり楽しんできなさい!」

私が両手で彼女の肩をポンッと叩くと、リーザは深く深呼吸をした。

そして、顔を上げた彼女の瞳の奥に――ただの純真さではない、ある種の『狂気』にも似た、強烈な執着の炎が揺らめいたのを見た。

「リゼ様。……私がステージに立って歌うと、ファン達の『時間』を奪うことができるんですの」

「えっ? 時間を、奪う?」

突然の彼女の言葉に、私はきょとんとした。

リーザは、マイクを両手でギュッと握りしめ、獲物を狙うような熱い声で囁いた。

「そうです。みんな、仕事や生活で辛いことや、考えなきゃいけないことがたくさんあるはずなのに。私が歌っているその瞬間だけは、全部忘れて、私だけを見てくれるんですの。……だから、私は……ファン達の『世界』そのものになりたいんです」

それは、かつてルナミスTVの大人たちに使い捨てにされ、それでも公園の片隅やみかん箱の上で歌い続けてきた、彼女の『アイドルとしての絶対的なエゴ』だった。

「彼らの視線も、おスパチャも、心も、何もかもを全部奪い尽くして……その代わり、彼らの人生に『宇宙一の幸せな時間』を味わわせてあげるんです。……行ってきますわ、プロデューサー!」

リーザがテントを飛び出していく。

私はその背中を見送りながら、鳥肌が立つのを感じていた。

(すごい……。ポイ活とタダ飯に命をかけるポンコツだと思ってたけど、この子、根っからのプロの『アイドル』だわ……!)

『みんなーっ! 今日は集まってくれて、本当にありがとうですのーっ!!』

魔導アンプを通して、リーザの透き通るような声が広場に響き渡った。

「おおおっ!?」「すげえ可愛いぞ!」と、観客たちが一斉にステージに釘付けになる。

ステージの中央に立ったリーザは、先ほどまでの緊張など微塵も感じさせない、圧倒的なオーラを放っていた。

『私は運命……私は物語……! だから貴方達の全てをちょうだい♡ Love & Money!!』

強欲極まりない、けれど誰もが惹きつけられる完璧なアイドルスマイル。

魔導スピーカーから、アップテンポでキラキラとしたイントロが流れ始める。いつも彼女がお風呂で歌っていた『ハゲたぬきのポンポコ節』や『月曜日の社畜』ではない。

シーラン国の人魚姫・リーザの、本気の勝負曲だ。

『All:愛! アイ! 愛! アイ! ラ〜ブラブ!(Fu Fu!)』

『All:マネー! マネ! ローン! ダーリン! グ!(Yeah!!)』

リーザが歌い出した瞬間、会場の空気が一変した。

人魚姫の透き通るような声には、聞く者の魂を直接揺さぶる『魔力』が宿っていた。

『朝に目覚ましが鳴ったわ(ジリリリ!)』

『私はまだ眠いわ(おはよー!)』

『朝シャンしなきゃ(Fu!) 朝メニュー食べなきゃ(パクパク!)』

『鏡の前で メイクをしなきゃ(魔法をかけて〜!)』

圧倒的なパフォーマンス。息の合ったコール&レスポンスの幻聴すら聞こえてきそうなほど、リーザの歌声は観客を『彼女の世界』へと強制的に引きずり込んでいく。

「すごい……なんだこの歌声は。部下たちの顔つきが、一瞬で変わったぞ」

観客席の最後方で警備を指揮していたユリウス様が、信じられないものを見るように目を瞠った。

過酷な辺境防衛で疲弊していたはずの兵士たちが、まるで魔法にかかったように目を輝かせ、無我夢中でステージに向かって手を振っているのだ。

『今日も私の為に世界が動く(まわって! まわって!)』

『全て上手くいくわ(絶対!)』

『愛も富も一つの物(どっちもちょーだい!)』

『ダイヤが欲しい♪ 土地も欲しい♪(Want You! Want You!)』

曲がサビに入り、最高潮の盛り上がりを見せた時だった。

リーザの背後に、巨大な半透明の『お賽銭箱』のような幻影が浮かび上がった。

「な、何あれ!?」

「リゼ、あれはあの子のユニークスキル【貧乏神】の派生技、『お賽銭箱型掃除機』です!」

私の隣で警備をしていたセリアが、驚きの声を上げた。

悪運耐性をMAXにする代わりに、相手の能力や運気、全財産から電子マネーの残高に至るまでを強制没収して弱体化させるという、恐るべきチートスキル。

『世界中が私の為に愛を叫ぶ(まわって! まわって!)』

『全部抱きしめるわ(最強!)』

『愛も富も同じ輝き(どっちも本物ー!)』

リーザの歌声に合わせ、観客たちが「最高だー!」「俺の金貨を受け取ってくれー!」と、熱狂のままに硬貨や手持ちのアイテムをステージに向かって投げ始めた。

すると、巨大なお賽銭箱型掃除機が『ブォォォォン!』と音を立てて、投げ込まれた金品をすべて空中のブラックホールへと吸い込んでいく。

それだけではない。

お賽銭箱型掃除機は、観客たちが抱えていた『疲労』『ストレス』『悪運』といったマイナスのエネルギーまでをも、金品と一緒に猛烈な勢いで吸い尽くしていったのだ。

『ダイヤも株も♪ 土地も愛も♪(All Need! All Need!)』

『貴方の全て(人生)を背負って生きていける(Fuuu〜!)』

「あぁ……っ、体が軽い……!」

「肩の痛みが消えたぞ!? 昨日切った指の傷まで治ってる!」

「すげぇ! これがアイドルの力なのか!?」

兵士や村人たちから、驚愕と歓喜の声が上がる。

そう、ファンから「時間」と「お金」と「悪運」を根こそぎ奪い去った代償として、人魚姫の歌の魔力バフが発動したのだ。

会場にいる全員の体力と闘気が全回復し、極上の幸福感と奇跡のヒールが降り注ぐ。

『だから私は 銀河の果てまで歌って行けるわ』

『だから、何処までもついて来てね♡(一生ついていくよー!!)』

『ダーリン!(チュッ♡)』

(ジャーン! …ジャン!)

(チャリーン♪)

最後の決めポーズとともに、圧倒的な熱狂と多幸感の中で曲が終わった。

数秒の静寂の後、広場を揺るがすような大歓声と拍手が爆発した。

「ウオォォォォォッ!! リーザちゃぁぁん!!」

「俺の全財産を持ってってくれぇぇぇっ!!」

観客は完全に、彼女の虜になっていた。

ステージの上で、荒い息を吐きながらも満面のアイドルスマイルを浮かべるリーザ。

彼女は本当に、ファンの『世界』そのものになり、その視線と心と時間を、完璧に奪い尽くしてみせたのだ。

「……すごい」

私は感動のあまり、ボロボロと涙を流していた。

ただのタダ飯食らいのギャグキャラだと思っていた。でも違った。彼女は、誰よりも強欲で、誰よりも純粋に『歌で人を幸せにする』ことを信じている、本物のプロフェッショナルだったのだ。

「最高のライブだったわ……! 最高のプロデュースができた!」

「ああ。君の目に狂いはなかったな、リゼロッテ」

いつの間にか私の隣に来ていたユリウス様が、優しく微笑みながらハンカチを差し出してくれた。

「私の部下たちの疲労が、文字通り跡形もなく消え去っている。魔法薬以上のバフ効果だ。あの強欲な歌声は、辺境の士気を維持するための最大の切り札になるかもしれない」

「でしょう!? うちの従業員アイドルは最高なんです!」

私が誇らしげに胸を張ると、逆の隣で腕を組んでいたセリアが、呆れたようにため息を吐いた。

「確かに、歌の力は認めますよ。……でもリゼ、よく見てください」

「え?」

セリアが指さした先、ライブを終えてステージを降りてきたリーザが、ガックリと膝をついて泣き崩れていた。

「あぁぁぁんっ! お賽銭箱型掃除機で皆様からのスパチャ(投げ銭)を吸い込んだのに! 【貧乏神】のスキルのせいで、吸い込んだお金が全部異次元に消えちゃいましたわぁぁぁっ! 私の懐には一円も入りませんのぉぉぉっ!!」

そう。彼女のチートスキルは、相手からすべてを没収するが、その財産が『彼女自身のものになるわけではない』という、致命的かつ悲しい欠陥があったのだ。

「今日の夜ご飯も、パンの耳と塩むすびですの……! アイドルは辛いですわ……!」

「アハハハハッ! もう、リーザちゃんってば最高! 大丈夫、今日はライブの大成功のお祝いに、ルナキン(ファミレス)で一番高いステーキをご馳走してあげるから!」

「ほ、本当ですの!? さすが太客スポンサー様ぁぁっ!!」

涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら私に飛びついてくるリーザを、私は大笑いしながら受け止めた。

ユリウス様も堪えきれずに吹き出し、セリアも「本当に駄人魚ですね」と呆れながらも、その銀色の尻尾を嬉しそうにパタパタと揺らしている。

強欲で、ポンコツで、それでも誰より輝く人魚姫。

彼女の真の輝きは、この辺境の領地に、かつてないほどの熱狂と笑顔(と莫大な善行ポイント)をもたらしてくれたのだった。

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