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EP 3

三人の休日、お風呂と頼れる騎士

「はーい、本日は領主権限により『完全休養日』と定めます! 畑仕事も書類仕事も一切禁止! 今日は三人で、思いっきり羽を伸ばすわよ!」

秋の気配が深まってきた、ある休日の午後。

私は領主の館の玄関で、セリアとリーザに向けて高らかに宣言した。

前世のブラック企業では「有給休暇? なにそれ美味しいの?」状態だったが、私が経営(統治)するこの領地では、適切な休息こそが労働生産性を高めるという絶対のルールがある。

「やったーっ! お休みですの! つまり、今日は一日中ゴロゴロしてパンの耳をかじっていても怒られない至福の日……!」

「リーザ。休日にダラダラ過ごすのは構いませんが、貴女からはほんのりと、路地裏と野宿の匂いが抜けきっていません。……リゼ、例の場所に行きましょう。この駄人魚を徹底的に消毒(洗浄)する必要があります」

鼻をヒクつかせたセリアの提案に、私は「賛成!」と親指を立てた。

向かった先は、領地の中心部に最近オープンしたばかりの娯楽施設――その名も『ルナミスーパー銭湯・辺境領支店』だ。

ポポロ村の地下から湧き出る天然温泉を引き込み、【善行通販】で取り寄せたタローマン製の最新給湯システムと濾過装置を組み合わせた、私が誇る究極の福利厚生施設である。

「うわぁぁぁっ! 広い! すごいですの! お湯がなみなみと溢れていますわ!」

脱衣所で服を脱ぐなり、リーザは目を輝かせて大浴場へ駆け込もうとした。

「こらっ! 走らない! まずは体を洗ってからよ!」

「痛っ!? セリアさん、背中をゴシゴシしすぎですの! 人魚の鱗が剥がれちゃいますわ!」

「貴女は魚人族なんだから、これくらい強く洗わないと路地裏の匂いが取れないのよ」

容赦なくリーザの背中をタオルの摩擦で磨き上げるセリアと、涙目で悲鳴を上げるリーザ。

その賑やかなやり取りを見ながら、私はふふっと笑い、ゆっくりと湯船に浸かった。

「はぁぁ〜……。極楽、極楽……」

ポポロ村の温泉成分が、日頃のデスクワークと畑仕事で凝り固まった肩の筋肉をじんわりと解きほぐしていく。

ほどなくして、ピカピカに磨き上げられたリーザと、満足げなセリアも湯船に入ってきた。

「ふぁぁ〜……生き返りますわぁ……」

リーザが頭にタオルを乗せ、幸せそうに湯船の縁に顎を乗せる。

だが、油断したのも束の間。極貧サバイバルで鍛えられた彼女の『ポイ活魂』が、ふつふつと湧き上がってしまったらしい。

リーザはこっそりと空のペットボトル(どこから持ってきたのだろうか)を取り出すと、自分のお腹の周りのお湯を汲み入れ始めた。

「ふふふ……これこそ究極の錬金術! このお湯を『人魚姫の極上出汁ダシ入り温泉水』として、タローソンの前で一本銅貨五枚で売り捌けば……!」

ガシィッ!!

「ギャァァァァッ!?」

企みを口に出した瞬間、リーザの頭蓋骨を、セリアの容赦ないアイアンクローが鷲掴みにした。

「……誰が貴女のダシの出た風呂の湯なんて買うのよ。保健所の営業許可も取ってない不衛生な商売をしたら、リゼの領地の名に傷がつくでしょうが。今すぐ捨てなさい」

「ご、ごめんなさい! 痛い! 頭が割れますの! スパチャの前に頭蓋骨が割れますぅぅ!」

慌ててペットボトルのお湯を捨てるリーザ。

「もぉ、セリアは容赦ないんだから」と苦笑いしながら、私は二人を手招きした。

「せっかくのお風呂なんだから、商売のことは忘れてリラックスしましょ? そうだ、リーザちゃん。アイドルなら、お風呂で歌の練習とかしないの? ここ、すごく響いて気持ちいいわよ」

「! リゼスポンサー、ナイスな振りですわ! では、私がルナミス帝国で仕込んだ、魂のバラードを披露いたしますの!」

リーザはコホンと咳払いをして、湯船の縁に立ち上がった(セリアに「座りなさい」と足を引っ張られて即座に座り直した)。

彼女が歌い始めたのは、ルナミス帝国で大流行したという、あの名曲だった。

『ガンガンガンガン! アタマガガン!』

『目覚まし時計の 「キーン」 が辛い』

『月曜日だ 朝からバックレしたい〜』

『布団の宇宙から 帰還したくない……!』

(こ、この曲は……っ!!)

聞いた瞬間、私の脳内に、前世の記憶が凄まじい勢いでフラッシュバックした。

朝6時のけたたましいアラーム。まだ外は暗いのに、重い体を引きずって向かう満員電車。

『満員列車は嫌だ〜 寿司詰めギュー詰め』

『汗と香水の スメルハザード』

『ドナドナドナドナ〜 会社に運ばれる』

『魂抜けた サラリーマン行進……』

「う、うぅ……っ。分かる、分かるわその気持ち……っ!」

「リゼ!? なんで泣いてるんですか!?」

セリアが驚く中、私はボロボロと涙をこぼしながら、リーザの歌に合いの手を入れ始めた。

『電車が 止まってくれれば〜!』(あぁ、神様!)

『会社に 隕石落ちてくれ〜!』(せめて台風!)

『宝くじよ 当たってくれぇ……ルルルールルルー 現実逃避行……』

「せめてコンビニで朝飯〜 癒やしを求めて!」とリーザが歌えば、私は湯船をバンバン叩きながら「誰だよ! エビマヨ買い占めた奴ぅ〜!(許せん!)」と合いの手を入れる。

「『ご縁』しか結べぬ、侘しい朝だ……」

「もう一回だけ、ベッドに戻りたぁぁぁいっ!! うわぁぁぁん!!」

曲が終わる頃には、私とリーザは完全に意気投合し、肩を抱き合ってボロボロと泣いていた。

「リゼ様! 分かってくれますのね! この労働者の哀しみを!」

「ええ、痛いほど分かるわリーザちゃん! エビマヨが売り切れてた時の、あの絶望感たるや……っ!」

そんな私たちの頭に、ポンッ、ポンッと、冷たい水で濡らしたタオルが乗せられた。

「……貴女たち、のぼせ上がってますよ。全く、どいつもこいつも手のかかる……」

セリアが、呆れ果てたような、けれどどこかとても優しく、愛おしいものを見るような目で、私たち二人の頭にタオルを乗せてくれていた。

「ほら、お水飲んで。もう上がりますよ」と、世話焼きのオカン全開で面倒を見てくれるセリアの優しさに、私は「えへへ、セリア大好き」と抱きつき、リーザも「セリアさんのお胸、ふかふかですわ〜!」と便乗して抱きついた。

「ちょっと! 離れなさい、駄人魚! リゼも、甘えないでください!」

口では文句を言いながらも、振り払おうとしないセリア。

そんな三人のわちゃわちゃとした湯船での時間は、前世では絶対に味わえなかった、最高に「尊い」日常のひとときだった。

お風呂から上がり、ポカポカに温まった体で休憩所へと向かう。

「はぁ〜、すっごく気持ちよかったわね!」

「お肌がツルツルですの! これで明日の路上ライブもバッチリですわ!」

私がすっぴんのまま、濡れた髪をタオルで拭きながら休憩所ののれんをくぐると。

「――お風呂上がりも、君は変わらず美しいな」

低く、甘く、鼓膜を直接撫でるような声が降ってきた。

「っ!?」

顔を上げると、休憩所の長椅子に、足を組んで優雅に読書(『エチカ』の文庫本)をしている男がいた。

仕立ての良い、けれど少しラフな私服に身を包んだ、氷の辺境伯ユリウス様だ。

「ゆ、ユリウス様!? ど、どうしてここに……!」

「非番でね。領内の視察を兼ねて、君が建てたというこの施設の恩恵に預かりに来た。……君たちもちょうど上がったところか」

ユリウス様はパタンと本を閉じ、立ち上がって私に近づいてきた。

戦闘用の軍服や鎧を着ていない彼は、大人の男性としての色気と、頼れる包容力が三割増しになっていて、直視するだけで心臓がバクバクと音を立てる。

しかも今の私は、完全なすっぴんで、お風呂上がりの無防備な状態だ。

「あ、あの! お見苦しいところを……っ! お化粧もしてないですし……!」

私が慌てて顔を隠そうとすると、ユリウス様は優しく私の手首を掴み、その手をそっと下ろさせた。

「見苦しいなどと、とんでもない。着飾らない君の自然な姿が見られて、私はとても嬉しいよ。……それに、湯上がりの君の頬は、とても綺麗な桜色をしている」

「〜〜〜〜っ!」

至近距離でそんな甘い言葉を囁かれ、私の顔は温泉の熱とは違う意味で沸騰しそうになった。

すると彼は、反対の手に持っていた冷たいガラス瓶を、私の頬にピトッと当てた。

「ひゃんっ!」

「ほら。火照った体には、これが一番だろう?」

彼が差し出してくれたのは、タローソンで限定販売されている『特上ポポロ・コーヒー牛乳』だった。一番高価で、一番美味しいやつだ。

「これ、私に……?」

「ああ。君の分だけは、特別だ。いつも頑張っている君への、私からのささやかな労いだよ」

『特別』という言葉に、再び心臓が跳ね上がる。

私が真っ赤になってコーヒー牛乳を受け取ると、後ろからセリアが「ごちそうさまです」と呆れたように歩いてきた。

「相変わらず、うちの主を甘やかすのがお上手ですね、堅物騎士様」

「君の苦労に比べれば、安いものさ。いつも彼女の側で、厄介事を引き受けてくれて感謝しているよ、相棒」

ユリウス様は、セリアに向かって気さくに笑いかけた。

帝国最強の騎士と、伝説の白狼神姫。互いの実力を誰よりも認め合い、背中を預けられる戦友としての、気の置けないやり取りだ。

「当然です。私はリゼの剣であり盾ですから。……貴方の出番が来るまで、しっかり私が守っておきますよ」

「頼もしい限りだ。だが、いざという時は私を頼ってくれ。君たちに背負わせるだけが、私の役目ではないからな」

その言葉のキャッチボールは、不思議なほど自然で、心地よかった。

「ああっ! ズルイですの! リゼ様だけ特上のコーヒー牛乳なんて! スポンサー様、私にも! 私にも潤いと甘味を!」

空気を読まないリーザが、芋ジャージ姿のままユリウス様に突撃していった。

セリアが「こら、失礼でしょうが!」と止めようとするが、ユリウス様はふっと人の良い兄のような笑みを浮かべ、あらかじめ買っておいた別のガラス瓶を取り出した。

「案ずるな、君の分も買ってある。フルーツ牛乳でいいか?」

「わぁぁっ! ありがとうございます、ユリウス様! 一生ついていきますわ!」

「ははは。風呂場で君の歌声が響いていたからな。素晴らしい声量だった。歌声はアイドルの宝だ、冷たいものを飲んだ後は、しっかりと喉を労わりなさい」

ユリウス様がリーザの頭をポンポンと撫でると、リーザは「はいっ!」と嬉しそうにフルーツ牛乳を一気飲みし始めた。

ただ甘やかすだけでなく、彼女の「アイドル」としての努力をちゃんと認め、気遣いの言葉をかける。その立ち振る舞いは、まさにこの個性豊かなメンバーをまとめる『頼れるリーダー』そのものだった。

「ほら、セリア嬢。君は飲むヨーグルトが好きだったな」

「……ええ。お気遣い痛み入ります」

セリアも素直に受け取り、私たちは四人で休憩所の長椅子に座り、冷たい瓶の飲み物を楽しんだ。

「……ふふっ」

「ん? どうした、リゼロッテ」

隣に座るユリウス様が、不思議そうに私を見る。

私はコーヒー牛乳のストローを咥えながら、首を振った。

「ううん。なんでもないです。ただ、お風呂上がりって、最高だなって思って」

不器用だけど愛に溢れた親友と、騒がしいけれど憎めない居候の妹分。

そして、私を特別扱いしてくれて、みんなのことも大切にしてくれる、最高に頼れるスパダリ騎士。

前世では手に入らなかった、温かくて、賑やかで、かけがえのない『家族』のような時間。

この尊い日常を、これからもずっと守り抜いていこう。

私は甘いコーヒー牛乳を飲みながら、心の中で密かに、けれど強く決意していた。

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