EP 15
最強のパートナー(大団円)
季節は巡り、辺境の領地には短くも穏やかな秋の終わりが訪れていた。
「領主様! いや、辺境伯夫人! これ、うちの畑で採れた一番大きい太陽芋です! ぜひ、ユリウス閣下と一緒に召し上がってください!」
「ふふっ、ありがとう! でも奥方様だなんて、まだ正式に結婚式も挙げていないのに気が早いんだから。ありがたく頂くわね!」
私が村の広場を歩くと、すれ違う領民たちが次々と笑顔で声をかけてくる。
死蟲機の襲撃と、王太子のクーデター未遂という二つの危機を乗り越えたこの領地は、今や帝国で最も活気に満ちた豊かな土地へと変貌を遂げていた。
ゴルド商会と連携して確立した『太陽芋』と『ポポロ・コーヒー』の流通網は、帝都の市場を席巻し、莫大な利益を生み出している。
悪徳な元実家(ローゼン公爵家)から巻き上げた違約金で建設中の孤児院と学校も、すでに立派な骨組みが完成していた。タローマン製の建材と工具を使っているため、工期は驚くほど短い。
「リゼ。あまり立ち止まってばかりいると、午後の視察の予定が押しますよ。貴女は領民に愛されすぎです」
私の斜め後ろを歩くセリアが、呆れたような、けれどどこか誇らしげな声で言った。
彼女の手には、村人たちから押し付けられた大量の差し入れ(野菜や果物、手作りのパンなど)が抱えられている。
「ごめんごめん。でも、みんながこうして笑顔で生活してくれているのを見ると、つい嬉しくなっちゃって。……私、本当にこの領地に来てよかったわ」
「……ええ。私も、行き倒れていたあの日に、貴女という光に出会えて本当によかった」
セリアは黄金色の瞳を細め、優しく微笑んだ。
「最初は、自分の全財産を惜しげもなく他人に使う、お人好しで危なっかしい令嬢だと思っていました。でも、貴女のその底抜けの『善行』が、巡り巡ってこの土地全体を黄金郷に変えてしまった。……私の主は、世界一の魔法使いですね」
「魔法使いだなんて、大げさよ。私はただ、みんなにとって一番『働きやすいホワイトな環境』を作りたかっただけだもの」
照れ隠しに笑うと、セリアは「そういうことにしておきましょうか」と小さく笑い、パタパタと銀色の尻尾を揺らした。
親友であり、最強の護衛。
恋愛偏差値ゼロの私のお尻を叩き、ユリウス様との仲を取り持ってくれたのも彼女だ。セリアがいなければ、私は今でも自分の本当の気持ちから逃げ回っていたかもしれない。
「セリア。これからもずっと、私の隣で支えてくれる?」
「当たり前です。貴女がどれだけ偉大な辺境伯夫人になろうと、私は貴女の唯一無二のメイドであり、親友ですから。……あ、でも、夜の寝室の護衛だけは、旦那様に遠慮しておきますね」
「なっ!? ちょ、セリア! 貴女って子は本当に……っ!」
私が顔を真っ赤にして抗議していると、館の裏庭にある真新しいテラスから、私を呼ぶ低く穏やかな声が聞こえた。
「リゼロッテ。二人とも、ずいぶんと楽しそうだな」
声の主は、ノーブルな私服に身を包んだユリウス様だった。
休日の午後。今日は彼も軍務を離れ、この領地で私と一緒にゆっくりと過ごす約束になっていた。
「ユ、ユリウス様! お待たせして申し訳ありません、村の皆さんに捕まってしまって……!」
「構わない。君が領民から『最高の奥方様』と慕われている証拠だからな。私としても、鼻が高いよ」
ユリウス様は私の駆け寄る歩みに合わせて立ち上がり、自然な動作で私の腰に手を回すと、そっとその頬にキスを落とした。
「ひゃっ……!」
「今日も可愛いな、私の女神」
挨拶代わりの甘すぎるスキンシップに、私の社畜メンタルは何度経験しても慣れることなく、一瞬でオーバーヒートを起こしてしまう。
ボンッと音を立てて真っ赤になった私を見て、セリアが「ごちそうさまです」と肩をすくめ、テラスのテーブルに淹れたての『ポポロ・コーヒー』をセットしてくれた。
「私は館の中で差し入れの整理をしていますので、お二人はごゆっくり」
セリアが気を利かせて席を外し、テラスには私とユリウス様の二人きりになった。
秋風が心地よく吹き抜ける中、私たちは並んでテーブルにつき、芳醇な香りを漂わせるポポロ・コーヒーのカップを傾けた。
「……美味しい。やっぱり、お休みの日に飲むコーヒーは格別ですね」
「ああ。君と一緒に飲むコーヒーは、どんな高級な美酒よりも心を潤してくれる」
ユリウス様はコーヒーカップを置くと、テーブルの上に広げられていた分厚い資料の束に目を向けた。
それは、私が現在計画している『陽薬草の冬季温室栽培』に関する開発計画書と、ポポロ村との新規交易ルートの青写真だった。
「休日だというのに、相変わらず君の頭の中は領地の未来でいっぱいだな。本当に、君の仕事に対する情熱には頭が下がる」
「あ、すみません! せっかくのお休みなのに、仕事の資料なんて広げっぱなしで……!」
私が慌てて書類を片付けようとすると、ユリウス様は大きな手で私の手を優しく制した。
「隠す必要はない。私は、君がこうして目を輝かせながら、人々の未来のために『仕事』に没頭する姿が、たまらなく好きなんだ」
「ユリウス、様……」
「君の圧倒的な知性と、不屈の努力。それこそが、私が君に心底惚れ込み、生涯の伴侶にしたいと願った理由なのだから」
彼はそう言って、私の隣の席に身を寄せると、広げられた計画書を真剣な目つきで覗き込んだ。
「なるほど、この温室設備には、ポポロ村の地下に湧く温泉の熱を利用するのか。素晴らしい発想だ。……だが、南の街道は冬になると雪崩の危険がある。物流ルートは、東の森を迂回させた方が安全性が高いのではないか?」
「あっ、確かに! 東の森なら、ユリウス様の部隊の巡回ルートとも重なるから、護衛のコストも抑えられますね! さすがです、ユリウス様!」
私がぱっと顔を輝かせると、ユリウス様は満足そうに微笑み、私の頭を優しく撫でた。
ただ「守られる」だけの関係じゃない。
私が描いた理想の未来を、彼がその圧倒的な経験と知識(と武力)で補強し、共に実現していく。これこそが、私たちが築き上げた『最強のパートナー』としての絆だった。
「リゼロッテ」
ユリウス様が、私の肩を抱き寄せ、自分の胸へと寄りかからせた。
彼の温かく大きな体温と、安心しきった心臓の音が伝わってくる。私は抵抗することなく、その心地よい重みにそっと背中を預けた。
「君がこの辺境に来てくれて、本当に良かった」
彼の声は、ポポロ・コーヒーよりも深く、甘く、私の心の奥底にまで染み渡っていく。
「君は、私に『愛する喜び』と『真の幸福』を教えてくれた。これからの私の人生は、君の描く輝かしい未来を共に歩み、その笑顔を誰よりも近くで守り抜くためにある。……愛しているよ、リゼロッテ」
「……私もです、ユリウス様」
私は、彼に回された腕に自分の手を重ね、ギュッと強く握り返した。
前世では、誰にも認められず、たった一人で過労死した。
今世でも、無能と理不尽に罵られ、すべてを奪われて追放された。
けれど、今は違う。
私には、どんな危機にも駆けつけてくれる最強の親友がいる。
私の泥臭い努力を世界で一番評価し、心から愛し、背中を預け合える最高のパートナー(ユリウス様)がいる。
そして、私を「最高の奥方様」と慕い、共に汗を流してくれるたくさんの領民たちがいる。
(ああ……私、本当に幸せだ)
私のユニークスキル【善行通販】は、他者を幸せにすることでポイントが貯まるチートスキルだ。
けれど、今の私には、もうポイントの残高なんて関係なかった。
彼らと共に笑い合い、美味しいご飯を食べ、豊かな明日を作っていくこの日常そのものが、私にとっての最高の『報酬』なのだから。
「ユリウス様。明日は、孤児院の子供たちと一緒に、新しい太陽芋の畑の土起こしに行くんです。タローマンの新しいスコップ、試してみませんか?」
「ふっ……。帝国辺境伯に畑仕事をさせるとは、君は本当に恐ろしい女性だ。いいだろう、私の『魔闘気』を使った最速の土起こしを披露しよう」
「ふふっ、楽しみにしていますね!」
黄金色に輝く秋の夕陽が、肩を寄せ合う私たちを優しく照らしている。
遠くの館の窓からは、セリアが呆れながらも温かい微笑みを浮かべて、私たちを見守ってくれているのが見えた。
残業ゼロ、不条理ゼロ。
愛と尊敬と、美味しいご飯に満ちた、究極のブルーオーシャン。
元・社畜令嬢の私の異世界スローライフ(という名の超絶ホワイト領地経営)は、最高の親友と、極上の愛を注いでくれるスパダリ騎士と共に、これからもどこまでも幸せに続いていくのだった。
(第一章・完)
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