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EP 14

尊敬から始まる極上の告白

秋の夕陽が、テラスを黄金色に染め上げていく。

木々の葉が風に揺れる微かな音だけが響く中、私は、目の前に座るユリウス様から目を逸らさずにいた。

重ね合わされた彼の手から伝わる、ひどく力強くて、それでいて火傷しそうなほどの熱。

いつもは前線で冷徹に氷の剣を振るう彼が、今、私というたった一人の人間の前で、ありったけの感情を剥き出しにしている。

「リゼロッテ」

静寂を破るように、彼が私の名前を呼んだ。

その声はひどく甘く、けれど、これからの言葉が彼の生涯を懸けた真摯なものであることを告げるように、深く低く響いた。

「私はこれまで、北の国境を守る『氷の辺境伯』として、己の感情を殺し、ただ『エチカ』の説く理性的義務だけを果たす人生を送ってきた。戦場に喜びなどなく、ただ民を守るための冷たい剣であればいいと、そう思っていた」

ユリウス様は、私の手を両手で包み込むようにして、自らの胸元へと引き寄せた。

トクン、トクンと、彼の厚い胸板の奥で、力強く早鐘を打つ心臓の音が私の手のひらを伝わってくる。

「だが、君が私の世界を変えた」

碧眼が、真っ直ぐに私を射抜く。

「悪役令嬢として追放されたと聞いていた君は、私が想像していたような傲慢な貴族などではなかった。ドレスを脱ぎ捨て、泥にまみれ、額に汗を流して領民と共に笑っていた。誰よりも働き、誰よりも他者のために尽くしていた」

彼の言葉が、私の心にぽつり、ぽつりと染み込んでいく。

「あの劣悪な軍隊食で心が折れかけていた部下たちに、君は温かいシチューを振る舞ってくれた。君が鍋を振るうその無我夢中な姿(フロー状態)を見た時……私は初めて、誰かの笑顔のために生きる『喜び』を知った。君が、私に真の幸福とは何かを教えてくれたのだ」

「ユリウス、様……」

「君は、己の利益を後回しにしてでも、常に周囲の人間を幸せにしようとする。悪徳な徴税官や王太子を前にしても、決して暴力に逃げず、圧倒的な知略と準備で完全論破してみせた。そして……あの日」

ユリウス様の声が、微かに震えた。

死蟲機ネクロバグの大群が襲来した日のことだ。

「私の部下たちを、そしてこの領地を守るため、君は己が積み上げてきた全財産を、一瞬の躊躇いもなく投げ打ってくれた。血と泥にまみれ、倒れる寸前まで他者の命を救い続けた君を腕に抱いた時……私は決意したのだ」

彼は一度言葉を区切り、すっと息を吸い込んだ。

そして、私を包み込んでいた手をそっと離すと、椅子から立ち上がり、私の目の前で、騎士としての最上級の礼――片膝をつき、私の手を取って自らの額に当てる姿勢をとった。

「っ……! ゆ、ユリウス様! そんな、辺境伯である貴方が、私なんかに跪くなんて……!」

「君だから、跪くのだ」

彼が見上げたその瞳には、私をただの「庇護すべき女性」として扱うような、一方的な所有欲は微塵もなかった。

そこにあったのは、私の生き方、私の仕事、私の魂そのものに対する、絶対的な『敬意』だった。

「君の知性、不屈の努力、そして深き慈愛。……私は君を、世界で一番尊敬している」

その言葉を聞いた瞬間。

私の頭の中で、何かが音を立てて崩れ落ちるのが分かった。

前世の私は、どれだけ身を粉にして働いても、誰にも認められなかった。

『お前がやるのが当たり前だ』『代わりはいくらでもいる』。そう言われ続け、冷たいオフィスの床で、たった一人で過労死した。

今世でもそうだ。公爵家の裏の仕事をすべてこなし、王太子の書類を完璧に処理し続けたのに、用済みになれば「無能」の烙印を押されて捨てられた。

(誰も、私の『努力』なんて見てくれなかった。私の『仕事』を、価値あるものだと言ってくれる人なんて、一人もいなかったのに……)

それなのに、目の前にいるこの不器用で誠実な騎士は。

私の泥臭い奮闘を、仕事への向き合い方を、これ以上ないほどの『尊敬』という言葉で、全肯定してくれたのだ。

「リゼロッテ。私は君を鳥籠に閉じ込め、ただ守るだけの存在にはなりたくない。君の才能と、その気高い魂が羽ばたく空を、私がこの手で切り拓きたい」

ユリウス様は、私の手をぎゅっと握りしめた。

「どうか、君の描く理想の未来の隣で、ずっと剣を振るわせてくれないか。ただのビジネスパートナーとしてではなく……君の生涯の伴侶として、私のすべてを君に捧げたい」

ポロリ、と。

自分の目から、温かい水滴がこぼれ落ちたことに、私は気づかなかった。

「あ……れ……?」

慌てて空いたほうの手で顔を拭うが、涙は後から後から溢れ出して、止まらない。

ビジネススキルはカンストしていて、どんな修羅場でも冷静に対処してきた元社畜の私。その心に何重にも巻かれていた『仕事人間』としての分厚い鎧が、彼の極上の告白によって、完全に溶かされてしまったのだ。

「う、うぅ……っ、ひぐっ……」

有能なコンサルタントでも、悪役令嬢でもない。

ただの、等身大の不器用な女の子に戻ってしまった私は、子供のようにしゃくり上げながら、ボロボロと涙をこぼした。

「リゼロッテ……」

ユリウス様は立ち上がると、泣きじゃくる私を、壊れ物に触れるような優しい手つきで、そっと腕の中に抱きしめてくれた。

彼の温かい胸に顔を埋めると、ずっと張り詰めていた緊張が嘘のように解けていく。

「私、ずっと……誰かに、認めてほしかった……っ。私が頑張ってきたこと、意味があったんだって……言って、ほしくて……っ!」

「ああ。君の努力は、私がすべて知っている。君は素晴らしい。世界中の誰よりも」

「うわぁぁぁん……っ!」

私は彼の背中に腕を回し、その仕立ての良い服を涙で濡らすことも構わず、思い切り泣き声を上げた。

ユリウス様は嫌な顔一つせず、私の背中を一定のリズムで優しく、優しく撫で続けてくれた。その手の温もりが、過去の傷をすべて塞いでいくようだった。

どれくらいそうしていただろう。

やがて涙が落ち着き、自分のしでかしたこと(帝国最強の騎士の胸で号泣し、服を鼻水と涙で台無しにしたこと)に気づいた私は、ボンッと音が出るほどの勢いで顔を真っ赤にした。

「す、すすす、すみません! 私ったら、なんてことを! クリーニング代はお支払いします!」

「クリーニング代? 恋人に抱きしめられて服が汚れるのは、男にとって至上の喜びだが?」

ユリウス様は意地悪く微笑むと、逃げようとした私の腰を引き寄せ、逃さないようにしっかりと抱きすくめた。

「こ、恋人、って……!」

「嫌か? 私は先ほど、生涯の伴侶にしてほしいとプロポーズしたつもりだが。君の返事を、まだ聞いていない」

至近距離で見つめてくる彼の瞳は、私が「Yes」と言うことなど最初から分かっているような、自信と、隠しきれない甘い熱に満ちていた。

ずるい。こんなの、絶対に抗えるわけがない。

私は火照る頬を彼の胸に擦りつけるようにして隠しながら、蚊の鳴くような、けれどハッキリとした声で答えた。

「……私なんかで、いいなら」

「君『が』いいんだ。君でなければ、私の心は一生凍てついたままだった」

「……私も、ユリウス様の隣がいいです。ただのビジネスパートナーじゃなくて……私の一番、大切な人として……ずっと、一緒にいてください」

私がそう言うと、ユリウス様はふっと息を呑み、そして、これ以上ないほど幸せそうな、蕩けるような笑顔を浮かべた。

「ああ。誓おう、私の女神リゼロッテ

黄金色に輝く夕陽の中。

彼は私を優しく抱きしめたまま、そっと額に、そして涙に濡れた目元に、誓いのキスを落とした。

社畜として過労死し、悪役令嬢として追放された私の人生。

それは今、自分を心から尊敬し、愛してくれる最高のスパダリ騎士との出会いによって、完全なる『ハッピーエンド』へと塗り替えられたのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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