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EP 11

完璧な特許の壁と、絶対的後ろ盾

「はっ! 絶望的な現実だと?」

私の堂々とした宣言に、禁断症状で目の下に真っ黒なクマを作った王太子は、引きつった笑い声を上げた。

「たかが追放された小娘が、何を寝言を言っている! お前が持っているその奇妙な板(タローマン製電卓)で、俺の近衛兵数百人を殴り倒すとでも言うのか!? やれ! この生意気な女を捕らえ、畑の作物をすべて馬車に積み込め!」

王太子の命令を受け、近衛兵たちが剣を抜き、じりじりと距離を詰めてくる。

だが、私は一歩も引かず、タローマン製の作業着のポケットから、ズシリと重い分厚い書類の束を取り出し、王太子の足元にバサッと投げ捨てた。

「殴り倒す? 野蛮なことはしないわ。私が使うのは『法律』と『経済』よ。……それ、読んでみなさい」

「なんだこれは……」

王太子が怪訝な顔で足元の書類を見下ろす。近衛兵の一人がそれを拾い上げ、中身を確認した瞬間、ヒッと短い悲鳴を上げて顔面を蒼白にさせた。

「で、殿下! こ、これは……っ!!」

「騒々しい! 貸せ!」

書類を引ったくった王太子の目が、文字を追うごとにこれ以上ないほど見開かれていく。

「な、なんだこれは!? 『太陽芋』および『ポポロ・コーヒー』の独占栽培権、ならびに製造工程に関する特別特許……? 契約先、ルナミス帝国筆頭御用達・ゴルド商会……だと!?」

「そうよ。この辺境領で生産されているすべての特産品と、その栽培技術は、すでにゴルド商会との共同事業として、帝国の特許庁に正式登録されているわ」

私は電卓をパチパチと叩きながら、冷ややかに告げた。

「つまり、この畑の作物は『私個人の持ち物』じゃないの。大陸屈指の巨大企業である『ゴルド商会の正規資産』よ。あなたが今、力尽くでそれを奪おうとしている行為は、帝国法第12条に違反する『国家規模の重度窃盗および営業妨害』にあたるわ」

「ば、馬鹿な! 俺は次期皇帝だぞ! たかが商会の特許など、王族の権限でどうにでも……!」

「どうにもならないわよ。書類の最後のページをよく見てごらんなさい」

私の言葉に、王太子が震える手で書類をめくる。

そこに押されていたのは、黄金色に輝く、巨大で厳めしい紋章の印だった。

「こ、これは……っ! 皇帝陛下の、直属印章!?」

「ご名答。ポポロ村を含むこの一帯の交易網は、その莫大な利益と軍事的価値を認められ、一週間前にマルクス皇帝陛下の名のもと、『帝国直轄の特別経済特区』に指定されたのよ」

そう、私はオロチ会長を通じて、この領地の成果をすべてマルクス皇帝に直接プレゼンしていたのだ。

「健康な労働環境と美味い飯こそが、国を豊かにする」という私の持論は、合理主義者である皇帝陛下に大いに気に入られ、この地は完全な国の庇護下に入ったのである。

「王太子殿下。あなたが今、軍隊を率いて焼き払おうとしているのは、ただの辺境の村じゃないわ。皇帝陛下が直接管理する『帝国直轄地』よ。……自分の父親の資産に軍隊を差し向けるなんて、それ、立派な『国家反逆罪クーデター』じゃないかしら?」

「なっ……!? ク、クーデターだと!?」

王太子の手から、パラパラと書類が滑り落ちた。

近衛兵たちも、自分たちが「国家反逆の片棒」を担がされようとしていたことに気づき、ガシャン、と次々に剣を取り落としていく。

皇帝直轄地に刃を向ければ、連帯責任で一族郎党まで首が飛ぶ。王太子に従って命を捨てる馬鹿など、一人もいない。

「お、俺はただ、ずっ友ロコシとコーヒーが欲しかっただけで……っ!」

「己の嗜好品(カフェインと糖分)の禁断症状を抑えるために、軍を私物化してクーデターを起こす。……前代未聞の愚行ね。歴史の教科書に載るレベルの恥晒しよ」

私が冷酷な事実を突きつけると、王太子は膝から崩れ落ちそうになった。だが、腐っても権力者。彼は血走った目で私を睨みつけ、最後の悪あがきに出た。

「ふ、ふざけるなあああ! 皇帝の直轄地だろうが何だろうが、親父殿は今、遠く離れた帝都にいる! ここで俺がお前たちを皆殺しにして、証拠を隠滅してしまえば……っ!」

「――これ以上の見苦しい真似は、私が許さん」

王太子の狂った叫びを、絶対零度の声が叩き斬った。

チャキッ、と。

ユリウス様が、腰の魔闘氷剣を鞘からわずかに引き抜いた。

たったそれだけの動作で、広場全体の空気が凍りつき、近衛兵たちは文字通り氷の彫像のように動けなくなった。

「ア、アルトハウス辺境伯……っ!」

「私は北の国境守備隊を統括する辺境伯。そしてこの国境一帯の治安と防衛は、皇帝陛下より直々に任された私の『管轄』だ」

ユリウス様は、私の隣にピタリと並び立ち、圧倒的な威厳をもって王太子を見下ろした。

「リゼロッテ嬢は、私の庇護下にある大切なパートナーだ。帝国の法を犯し、彼女の築き上げたこの豊かな土地を蹂躙しようとするならば……たとえ相手が王太子であろうと、私は国家の敵として容赦なく斬り捨てる」

「ひぃっ……!」

帝国最強の騎士からの、明確な『死の宣告』。

その冷酷な碧眼に射竦められ、王太子はついに腰を抜かし、無様に地面にへたり込んだ。

暴力に頼るのではなく、まずは完璧な『法律と特許』の壁で敵の逃げ場を完全に塞ぐ。

そして、絶対に破れない『武力』の壁で、その現実を固定する。

私とユリウス様の連携は、まさに付け入る隙のない完璧なコンサルティング(物理)だった。

「ユリウス様、ありがとうございます。完璧な後ろ盾でした」

「いや。君の事前の根回しと、あの男を完全に論破する知略が見事だっただけだ。私はただ、君の盾として立っていたに過ぎない」

ユリウス様は私に向けて、氷の辺境伯とは思えないほど優しく、蕩けるような微笑みを向けた。

その瞳には、自分の剣の力だけでなく、私の『知性』に対する深い敬意と信頼がはっきりと宿っていた。

ただ「守られる」だけのか弱きヒロインではない。お互いの長所を生かし合い、背中を預け合える関係。それこそが、私が求めていた最高のパートナーの形だった。

「さて、王太子殿下」

私は、へたり込んでガタガタと震える王太子を見下ろした。

「不当な軍隊の派遣による、我が領民への甚大な心理的負担。特許侵害未遂。国家反逆未遂。……これだけの罪状が揃えば、もう言い逃れはできませんね」

「ま、待ってくれリゼロッテ! 俺が悪かった! 頼む、あのずっ友ロコシとポポロ・コーヒーを一口だけでいいから……!」

鼻水と涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら這い寄ってくる元婚約者に、私は微塵の同情も湧かなかった。

「お断りします。私は、自分の従業員(領民)を脅かすブラックな人間には、一滴のコーヒーも、一粒のトウモロコシも与えるつもりはありません」

私はタローマン製の電卓をポケットにしまい、冷ややかに背を向けた。

「ユリウス様。彼らの身柄の拘束と、帝都への報告をお願いできますか?」

「承知した。後の処理は私に任せて、君はゆっくり休むといい」

こうして、かつて私を理不尽に追放した権力者は、私に指一本触れることすらできず、己の身勝手な欲望と無知によって、完全なる自滅を遂げたのであった。

「リゼ、お見事です。本当に、貴女という人は恐ろしいですね」

「ふふん。私はただ、正当な権利を主張しただけよ。さあセリア、こんな馬鹿げた騒動は忘れて、明日の太陽芋の収穫の準備をするわよ!」

「はいはい。かしこまりました、我が主」

完全論破を果たし、清々しい笑顔で畑へ向かう私の背中を。

ユリウス様が、世界で一番眩しいものを見るような、深く熱い瞳で見つめ続けていた。

読んでいただきありがとうございます。

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