EP 10
禁断症状の元婚約者(王太子)襲来
死蟲機の大群による襲撃から、数日が経過した。
あの日、私が全財産(善行ポイント)を放出して購入したタローマン製の『魔導防壁発生装置』と医療物資は、見事に村と兵士たちの命を救った。
ポイント残高がゼロになった時は少しだけ胃が痛んだが、事態が終息した直後、エンジェルすまーとふぉんから聞いたこともないファンファーレが鳴り響いたのだ。
【善行ポイント:+50,000pt(奇跡の救済・広域絶対防衛ボーナス)】
ゼロどころか、これまでの何倍ものポイントが還元されてしまった。「良い投資は必ず何倍にもなって返ってくる」という前世のコンサル上司の言葉を、まさか異世界の通販スキルで実感することになるとは。
おかげで村の復興は爆速で進み、被害を受けた家屋や畑は、以前よりも立派な形で再建された。村人たちの私への信頼は「親切な領主様」から「女神の化身」レベルにまで跳ね上がり、歩くたびに拝まれるので少し居心地が悪い。
さらに居心地が悪いのが、もう一つ。
「リゼロッテ。顔色が少し悪いな。昨夜はよく眠れなかったのか? 貧血なら、私がポポロ村まで滋養強壮の薬を買いに走ろう」
「だ、大丈夫ですユリウス様! しっかり8時間睡眠とってますから! お構いなく!」
視察という名目で、毎日のように村へやって来るユリウス様だ。
あの日、彼の腕の中で意識を手放して以来、彼の私に対する過保護っぷりと『男としての熱視線』が完全に隠さなくなっている。
すれ違うたびに甘い言葉を囁かれ、仕事の打ち合わせ中も蕩けるような笑顔で見つめられるものだから、恋愛偏差値ゼロの私は完全にキャパシティオーバーを起こし、不審者のように逃げ回る日々が続いていた。
「ふふっ。氷の辺境伯様も、すっかり過保護なスパダリね。リゼ、早く捕まっちゃえばいいのに」
「セリア! 貴女はどっちの味方なのよ!」
背後でニヤニヤと笑う銀狼メイドを睨みつけていると、ふいに、広場の空気がピリッと張り詰めた。
「領主様! ユリウス閣下!」
村の入り口で見張りに立っていた自警団の若者が、血相を変えて駆け込んでくる。
「南の街道から、軍隊が近づいてきます! 魔物の残党ではありません……あれは、ルナミス帝国正規軍、王宮の旗です!」
「王宮の軍隊?」
私とユリウス様は顔を見合わせた。
辺境防衛を担う辺境伯軍に事前の通達もなく、中央の軍隊がこんな国境ギリギリまでやって来るなど、通常ではあり得ない。
「……嫌な予感がするわね」
私たちが村の入り口へ向かうと、そこには煌びやかな装飾が施された数十台の馬車と、完全武装した数百人の近衛兵たちが陣取っていた。
そして、最も豪華な馬車の扉が開き、中から一人の男が降りてきた。
金髪に青い瞳。本来ならば物語の王子様のような容姿をしているはずのその男は、私の元婚約者である王太子その人だった。
だが、その姿は異様だった。
目の下には真っ黒なクマを作り、金髪はボサボサ。頬はこけ、豪華なマントを羽織った体は小刻みに震えている。まるで何かの重病か、深刻な薬物中毒患者のような有様だった。
「リ、リゼロッテ……! 探したぞ、リゼロッテ!」
王太子は私を見つけるなり、血走った目で叫び声を上げた。
「殿下。貴方のような高貴な方が、事前の通告もなくこのような辺境へ来られるとは。一体何の御用でしょうか」
私が事務的な口調で尋ねると、王太子はフラフラと歩み寄り、ギリッと歯を食いしばった。
「白々しいことを言うな! お前が……お前がローゼン公爵家を完全に干上がらせたせいで、王宮への献上品がパタリと止まったのだ!」
「献上品、ですか?」
「そうだ! あの信じられないほど甘く、シャキシャキとした食感……一口食べれば極上の幸福感に包まれる『ずっ友ロコシ』! そして、芳醇な香りと強烈な覚醒作用で夜会の必需品となっていた『ポポロ・コーヒー』! あれが、王宮に一切入ってこなくなったのだ!」
王太子は髪を掻き毟りながら、ヒステリックに叫んだ。
「ローゼン公爵の奴は『娘が流通を独占してしまったので手に入らない』と言い訳するばかり! ゴルド商会に高値で買おうと交渉しても『この商品は辺境領の専売につき、王族といえど正規ルート以外には卸せない』と拒否された!」
なるほど、と私は心の中で合点がいった。
『ずっ友ロコシ』は、一口食べればズブズブの関係になれるという禁断のトウモロコシだ。ポポロ・コーヒーも、カフェインによる強い覚醒作用がある。
私はこれらの特産品をゴルド商会と連携して徹底的にブランド化し、適正価格で市場に流通させるルートを構築した。結果として、これまで私に仕事を丸投げし、辺境からの搾取と賄賂で甘い汁を吸っていた公爵家は完全に流通から締め出された。
その結果――王太子は、極上の嗜好品の『禁断症状』に陥ったのだ。
「あのずっ友ロコシがないと、貴族たちの機嫌が取れない! ポポロ・コーヒーがないと、朝起きられないのだ! 夜も眠れず、仕事も手につかん!」
「……つまり殿下は、美味しいトウモロコシとコーヒーが飲めなくなって禁断症状を起こし、わざわざ軍隊を率いて強奪に来たということですか?」
呆れ果てて私がそう言うと、王太子は傲慢な態度でふんぞり返った。
「強奪ではない! 寛大な俺が、お前を特別に許してやるために迎えに来てやったのだ! さあ、今すぐ俺の妃に戻れ! そして、俺のためだけにあの飯とコーヒーを毎日提供しろ! 逆らうなら、この軍隊で村ごと焼き払って、畑を接収するまでだ!」
そのあまりにも身勝手で、情けなく、理不尽な暴言に、広場は静まり返った。
己の快楽と欲のためだけに、罪のない村人たちの命と生活を焼き払うと、この国の次期王が宣言したのだ。
ゴォォォォッ……!
瞬間、私の背後で、凄まじい殺気が膨れ上がった。
セリアの黄金の瞳が縦に細まり、手にはいつの間にか鋭い短剣が握られている。
そして、私の隣に立つユリウス様も、腰の『魔闘氷剣』の柄に手をかけ、周囲の気温が一気に氷点下まで下がるほどの極寒の闘気を放っていた。
「……王太子殿下。私の前で、彼女とこの領地に手を出そうなどと。それは、帝国北の国境守備隊に対する宣戦布告と受け取ってよろしいか」
ユリウス様の低くドスを効かせた声に、王太子の後ろにいた近衛兵たちが恐怖に顔を引きつらせ、後ずさりした。帝国最強の騎士の怒りは、それほどまでに圧倒的だった。
「ひっ……あ、アルトハウス辺境伯!? なぜお前がこんな辺境の小娘を庇う!」
「彼女は小娘ではない。私が生涯をかけて守り抜くと誓った、唯一の女性だ」
ユリウス様が剣を抜こうとした、その時。
「ユリウス様、セリア。ストップよ」
私は二人の前にすっと手を伸ばし、制止した。
「リゼロッテ?」
「リゼ、こんな奴ら、私が一瞬で細切れにしてあげますよ」
「ダメよ。暴力に暴力で対抗したら、あいつらと同じレベルに落ちちゃうでしょ。ここは、私に任せて」
私はタローマン製の作業着のポケットから、静かに『ソーラーパネル付き特大電卓』を取り出し、王太子に向かって一歩踏み出した。
軍隊を率いた権力者を前にしても、私の心には微塵の恐怖もなかった。
前世で、横暴な取引先や、理不尽な要求を突きつけてくるワンマン社長を相手に、たった一人でプレゼンボードと法律の盾で戦ってきた社畜の魂が、熱く燃え上がっている。
「王太子殿下。私は、あなたを絶対に許しません」
私の冷ややかな声が、広場に響き渡った。
「なっ……なんだと?」
「ここは私の領地です。私が汗水流して働き、領民たちと共に豊かな土壌を作り上げた、大切な場所です。己の快楽のためだけに、私の『従業員(領民)』たちの生活を脅かす存在には……たとえ相手が王太子であろうと、一切屈するつもりはありません!」
私は堂々と胸を張り、毅然とした態度で王太子を真っ直ぐに睨みつけた。
「力ずくで奪えると思っているなら、大間違いよ。私があなたたちに突きつけるのは剣じゃなくて、ぐうの音も出ない『絶望的な現実』よ!」
私の口角が、好戦的な笑みの形に釣り上がる。
有能なコンサルタントによる、権力者への『合法的な完全論破』の最終準備は、すでに整っていた。
読んでいただきありがとうございます。
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