第8話:冷徹皇帝の「嫉妬」は、周囲の石たちを大気圏まで狂わせます
クズな元婚約者たちを地下牢へ叩き落とした、その日の夜。
私はなぜか、ギルベルト陛下のプライベートな執務室のソファに囲い込まれていた。
昼間の厳格な雰囲気とは一転し、室内には甘いバニラの香りが漂っている。
陛下の前に置かれているのは、これでもかと果物が盛られた特製の高級タルトだ。
「サクラ・コ、口を開けろ。ほら、あーんだ」
「えっ……!? へ、陛下、自分で食べられますっ!」
(……まさかの皇帝陛下直々の『あーん』!? 顔が近すぎて心臓がバックバク言ってるんだけど!)
ギルベルト陛下は私の抗議を完全に無視し、フォークですくったタルトを私の唇にそっと押し当ててくる。
ポーカーフェイスのまま、その紅蓮の瞳には並々ならぬ執念が宿っていた。
観念してパクッと食べると、果汁の甘みが口いっぱいに広がって、頬がとろけそうになる。
私が「美味しい……」と呟くと、陛下は満足げに細い指先で私の口元のクリームを拭った。
「あの男がお前の名前を何度も呼んだ。触れようとさえした。……万死に値する」
「ジークフリート殿下のことですか? もう終わったことですし、私は陛下のものですから」
(……あ、いや、帝国の保護下にあるっていう意味で言ったんだけど、なんかプロポーズみたいになっちゃった!?)
私の言葉を聞いた瞬間、ギルベルト陛下はピクリと動きを止めた。
彼はフォークを皿に戻すと、私の両肩を掴んで、じっと視線を合わせてくる。
「……サクラ・コ。お前が他の男に名前を呼ばれるだけで、俺は狂いそうになるほど不愉快だ。あのような色を持たない、ただ硬いだけの男に――」
ギルベルト陛下がそこまで言いかけた、その瞬間だった。
彼の胸元のサファイアが、まばゆい青い光を放ちながら、これまでで一番大きな声を張り上げた。
『あははは! 主様、かっこいいセリフの裏で「今すぐ俺だけの妻にして、ベッドに閉じ込めたい」って考えてるよー!』
「な……っ!?」
これだけでは終わらなかった。
サファイアの声を皮切りに、部屋中の調度品から一斉に大合唱が巻き起こったのだ。
『そうだそうだ! 主様、嫉妬で脳みそが沸騰しそうなくらいグラグラだよ!』
『「サクラコが可愛すぎる。俺以外の男を見ないでほしい。早く指輪を嵌めて俺のものにしたい」ってさ!』
壁の金細工、シャンデリアに散りばめられた無数の小さなダイヤモンドたちが、一斉に陛下の本音を暴露し始める。
チカチカと部屋中が光り輝き、石たちのツッコミの嵐が頭の中に直接響いてくる。
あまりの音量と内容の羞恥さに、私の顔は一瞬でリンゴのように真っ赤になった。
(……ちょ、ちょっと待って! 部屋中の石たちが総出で陛下の脳内を実況中継してる!? 尊すぎて、こっちの胸が張り裂けそう!)
「うるさい……! どいつもこいつも、一斉に喋るな!」
ギルベルト陛下はついに限界を迎えたのか、両手で顔を覆ってソファに突っ伏してしまった。
普段の冷徹な姿からは想像もできないほど、耳の裏まで真っ赤に染め上げ、ガタガタと小刻みに震えている。
石たちの賑やかな祝福(?)の歌声が響く中、私は愛おしさが限界突破して、陛下の背中にそっと手を添えた。
冷徹皇帝の仮面が完全に剥がれ落ちた部屋で、私たちの距離は、これまでにないほど急接近していた。
(第8話おわり)




