第7話:「お前のような偽物は不要だ」と、元婚約者が連れてきた男爵令嬢マイアの末路
「お待ちください、ギルベルト陛下! ジーク様を乱暴に扱うなんてあんまりです!」
衛兵に引きずられていくジークフリートの後ろから、甲高い悲鳴が響き渡る。
そこにいたのは、王国の聖女(笑)として我が物顔で同行していた男爵令嬢のマイアだった。
彼女はハンカチで目元をパタパタと押さえながら、わざとらしく涙をこぼしてみせる。
「サクラ・コ様……! あなたがジーク様をそそのかして、私を呪おうとしたのですね! さっきから胸のルビーが、サクラ・コ様の恐ろしい呪詛の魔力で悲鳴を上げていますぅ!」
(……出たわ、マイアの得意技『被害者ムーブ』。でも残念、今の私は前世の記憶持ちなのよ)
マイアはジークフリートの腕にすがりつき、これみよがしに胸元に嵌められた赤いルビーを指差した。
ジークフリートは彼女の言葉を鵜呑みにし、再び私を激しい怒りの眼差しで睨みつける。
「やはりお前の仕業か、サクラ・コ! この卑劣な悪女め、マイアを傷つけるのはそれくらいに――」
「あの、うるさいのでちょっと黙ってもらえますか?」
私が冷ややかに言い放つと、ジークフリートは鳩が豆鉄砲を食ったような顔で絶句した。
私はマイアの胸元で怪しく輝く、血のような赤を湛えたルビーへと静かに視線を合わせる。
「ねえ、ルビーさん。本当のことをみんなに話してあげて?」
私が優しく語りかけた瞬間、マイアのブローチのルビーが、ひときわ大きく明滅した。
『待ってましたー! サクラコ様、やっと話しかけてくれた!』
『聴いてよみんな! この女、さっきから自分で自分の太ももを爪でガリガリ抓って、痛くて泣いてるだけだよ!』
大広間に響き渡る、ルビーたちの大音量の暴露。
それは、私だけでなくなぜか会場にいる全員の頭の中へ、直接テレパシーのように流れ込んだ。
「な……っ!? な、何よこの不気味な声は……っ!?」
マイアは顔面を紙のように真っ白に染め、自分の胸元を両手で隠そうと取り乱す。
しかし、ルビーたちの怒りの声は止まらない。
『前の夜会のワイン事件も、階段落ちも、全部この女の自作自演!』
『サクラコ様を嵌めて追い出すために、僕たちを悪用したんだ! この嘘つき泥棒女!』
「お前……、マイア……。今の言葉は、本当なのか……?」
ジークフリートが、裏切られた絶望に目を見開いた。
彼の身体が、怒りと衝撃で小刻みに小刻みに震え始める。
「ち、違いますジーク様! これはサクラ・コ様が仕組んだ幻聴で……っ!」
「黙れ、この偽物め!!」
ジークフリートの凄まじい怒声が、謁見の間の壁をビリビリと震わせた。
彼はすがりつくマイアの手を、まるで汚い汚物でも振り払うかのように、乱暴に突き放す。
ドサリ、と床に無様に転がるマイア。
「お前のせいで、俺は本物の聖女であるサクラ・コを失った……! 我が国を滅ぼしかけた大罪人め、お前のような偽物は二度と俺の視界に入るな!」
激昂するジークフリートにより、マイアはその場で完全に絶縁を言い渡された。
床に這いつくばったまま呆然とする彼女の姿には、かつてのヒロインの面影など微塵もない。
「……見苦しいな。二人まとめて、ただちに我が国の地下牢へ叩き込め」
ギルベルト陛下の氷のような冷酷な声が、トドメとして響き渡る。
「嫌ぁぁぁ! 離して、私は聖女よ! ジーク様、助けてぇぇ!」
「サクラ・コ! サクラ・コーー! 頼むから戻ってくれぇぇ!」
二人の惨めな絶叫が遠ざかっていく。
完全に自滅したかつての婚約者たちを見送りながら、私はすっきりとした気分で紅茶を一口すすった。
すると、ギルベルト陛下の胸元のサファイアが、ひときわ嬉しそうに輝きを放つ。
『あははは! ルビーの奴、キレッキレだったね!』
『主様もさっきから「サクラコを傷つける奴は全員、地獄の果てまで追い詰めてやる」って、頭の中で超過保護な誓いを立ててたよー!』
「へ、陛下……。またそんな物騒なことを考えていたのですか?」
私が呆れ半分に問いかけると、ギルベルト陛下は急に耳まで真っ赤にして、そっぽを向いた。
「……考えていない。俺はただ、お前に害をなす者が不愉快だっただけだ」
(……ポーカーフェイスの裏で、そんなに私のことを怒ってくれてたなんて。やっぱりこの人、ずるいくらいに格好よくて、愛おしいわ)
冷徹皇帝の仮面の下にある、甘くて過保護な本音。
王国への復讐を完璧に果たした私は、陛下の大きな手に優しく包まれながら、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
(第7話おわり)




