第6話:「サクラ・コを返せ!」と、ボロボロになった元婚約者が国境を越えてやってきました
お待たせいたしました、新章スタートです!
第1章を乗り越え、帝国で幸せなスローライフ(?)を送る桜子。
彼女の前に、過去の因縁が這いつくばってやってきます。
「色を持たない、ただ硬いだけの石ころ」
かつてそう罵られた桜子の、本当の価値が暴かれる第2章、開幕です。
帝国の壮麗な謁見の間。
高い天井から差し込む光のなかに、見覚えのある男が立っていた。
かつてのきらびやかな王太子の衣装はどこへやら。
泥に汚れた外套を纏い、目の下にはどす黒いクマを浮かべたジークフリートが、そこにいた。
「サクラ・コ……っ! 本当に、本当にサクラ・コなのか……!」
私を見るなり、彼はなりふり構わず床に膝をついた。
王族としてのプライドなど、すでにどこにも残っていないのだろう。
「お久しぶりですね、ジークフリート殿下。我が国の皇宮に何のご用ですか?」
私はギルベルト陛下の隣で、冷ややかに彼を見下ろした。
心は凪のように静かだった。
(……一国の王太子が、ここまで惨めになるなんてね。でも、自業自得としか言いようがないわ)
「頼む、サクラ・コ! 我が国に戻ってきてくれ!」
ジークフリートは床にしがみつきながら、必死に声を枯らす。
「お前が去ってから、我が国の魔力鉱山はすべて機能停止した! マイアの言う通りに掘った場所はことごとく大爆発を起こし、今や王都の明かりすら消えかけているんだ! お前の『石と喋る力』がなければ、我が国は滅びてしまう!」
悲痛な叫び。
かつて私の能力を「不気味な無能」と蔑んだ男が、今やその能力を求めて泣き叫んでいる。
「お断りします。私はもう、この国の人間ではありませんから」
凛とした声で、はっきりと拒絶を突きつける。
(……散々私をこき使って、最後は地下牢に捨てたくせに。今さら都合よく戻れると思っているのかしら)
「なぜだ! お前はブラウエン伯爵家の娘だろう! あんな、色も持たない、ただ頑固で硬いだけの無能な石ころみたいなお前を、妃に迎えてやろうと言っているんだぞ!」
ジークフリートの口から飛び出した、かつて何度も浴びせられた罵倒の言葉。
「色を持たない、硬いだけの石ころ」。
その瞬間、隣に座っていたギルベルト陛下の周りの空気が、一瞬で絶対零度へと氷結した。
「……身の程を知れ、無能が」
地底から響くような、圧倒的な覇気。
ギルベルト陛下は紅蓮の瞳を極限まで冷たく細め、ジークフリートを射抜いた。
「サクラ・コは我が帝国の、いや、俺の最愛の婚約者だ。貴様のような泥棒に、我が国の至宝を返すわけがないだろう」
(……陛下、怒ってくれて嬉しいけれど、ちょっと部屋の温度が下がりすぎて寒いかも!)
すると、陛下の胸元で、深みのある深海の青を湛えたサファイアが、これまでにないほど激しく明滅した。
『あははは! 主様、笑顔の裏で「このクズをどの炭鉱に生涯強制労働でぶち込むか」の仕分けを終えたよ!』
『「色を持たない硬い石」だって? ぷぷー! あの馬鹿王太子、本当に何も分かってないや! ねえ主様、あのクズに今すぐ真実をぶちまけてやろうよ!』
「黙れ、サファイア。……衛兵、この無礼者をただちにつまみ出せ。二度と我が国の敷地に入れるな」
ギルベルト陛下の冷酷な命令により、ジークフリートは惨めに叫びながら引きずられていく。
「サクラ・コーー! 戻ってくれ、サクラコーーー!」
遠ざかる絶叫を背に、私はふう、と小さくため息をついた。
胸の奥で、前世の記憶――あの、優しかった日本の四月の空気と、私が生まれ持った「本質」が、かすかに疼いたような気がした。
(第6話おわり)




