第9話:伝説の『竜の涙』が、私を新しい主と認めました
「……サクラ・コ。少し、真面目な話がある」
翌日。昨夜の取り乱しぶりが嘘のように、ギルベルト陛下はいつもの冷徹な表情で、私を秘密の宝物庫へと連れてきていた。
陛下の手元には、何重もの呪符と頑丈な鎖で封印された、重厚な黒檀の木箱がある。
「これは、我が国に建国時から伝わる伝説の魔石『竜の涙』だ。あまりに強大で荒々しい魔力を持つため、歴代のどの皇帝も、宮廷魔導師も御することができず、何百年もここに封印されてきた」
ギルベルト陛下が箱に手をかけると、中からパキパキと大気を威圧するような、冷たくて硬い波動が漏れ出してくる。普通の人間なら、近づくだけで精神を削られるような恐ろしいプレッシャーだ。
「本来なら他人に触れさせるべきではない。だが、お前なら、あるいは……」
陛下がそっと蓋を開けると、そこには、部屋全体の光を吸い尽くすかのように、まばゆく、そして冷徹に煌めく巨大なブルーダイヤモンドが鎮座していた。
その吸い込まれそうな無色の輝きを見た瞬間、私の胸の奥で、前世のささやかな記憶がトクン、と跳ねた。
(あ……。私、知ってる。前世の日本の、あの暖かくて優しい四月の空気。お給料を貯めて、いつか自分で買いたいって憧れていた、世界で一番硬くて、気高い石――)
気がつけば、私は無意識に手を伸ばしていた。
「危ない、サクラ・コ! 直接触れては――」
ギルベルト陛下が焦ったように私の手を止めようとしたが、それよりも早く、私の指先が結晶の表面にそっと触れた。
その瞬間。
地を揺るがすような荒々しい魔力の波動が、一瞬にして、嘘のようにぴたりと鳴り止んだ。
冷たかった結晶が、まるで私の体温に応えるように、ぽかぽかと小春日和のような温かさを帯び始める。
『……あ。あたたかい……』
脳内に直接響いてきたのは、少しヤンチャで、でもどこか甘えるような少年の声だった。
『やっと、やっと見つけた……! ずっと暗闇の中で待ってたんだ。僕をただの兵器じゃなくて、こんなに優しく見つめて、愛してくれる主を!』
『よっ、ダイヤの兄貴! やっとお目覚めだね!』
主の胸元で、サファイアさんが嬉しそうにパッと青い光を弾けさせる。
ブルーダイヤモンド――ダイヤくんは、ふにゃふにゃに嬉しそうな光を放ちながら、私の手のひらにすり寄るように震えた。
『サファイア、お前グッジョブ! こんな最高の主を連れてきてくれるなんてさ! ……それにしても、あのアホな前の婚約者は何? 僕たちの輝きを「色を持たない、ただ硬いだけの無能な石ころ」だって? マジで見る目なさすぎてウケるんだけど!』
ダイヤくんの辛辣なツッコミが頭に響き、私は思わずクスッと笑ってしまった。
石たちの世界では、私の「本質」も、このダイヤくんの価値も、最初からすべて筒抜けだったのだ。
「ば、馬鹿な……。あの『竜の涙』が、これほど一瞬で懐くなど……」
ギルベルト陛下は、完全に言葉を失って呆然としていた。
すると、サファイアさんがニヤニヤとした波動を飛ばしながら、いつものように主の本音を暴露し始める。
『あははは! 主様、驚きすぎて固まってる! それと同時に「本当はプロポーズの指輪にするために持ってきたのに、俺より先にサクラコと仲良くなって嫉妬で狂いそう」って、頭の中でハンカチ噛み締めて悔しがってるよー!』
「サファイア、貴様……っ!」
ギルベルト陛下はまたしても耳まで真っ赤にして怒るが、今度はダイヤくんまで参戦してきた。
『えー、主様ウブすぎ! そんなにサクラコお姉ちゃんが好きなら、早く結婚しちゃいなよ! そしたら僕、お祝いにこの国全体へ、どんな攻撃も絶対に弾く「最強の絶対防御結界」を張ってあげるからさ!』
「へ……? ぜ、絶対防御結界……!?」
私の無自覚なチート(と、ダイヤくんの気まぐれ)によって、帝国の国防レベルが一瞬にして神の領域へと到達してしまった。
真っ赤になって私から目を逸らすギルベルト陛下と、脳内で大騒ぎするサファイアさん、そして私の手のひらで嬉しそうに輝くダイヤくん。
世界一騒がしくて、世界一愛おしいこの場所で、私の新しい運命が、いよいよ最高潮に向かって動き出そうとしていた。
(第9話おわり)




