第32話:7つ目の魔石『エメラルド』の覚醒と、帝国の不毛地帯開拓プロジェクト
おめでた(妊娠)が発覚してからのギルベルト陛下の過保護ぶりは、もはや次元が違っていた。
「サクラコ、歩いてはだめだ。床の振動がお腹の赤ちゃんに障る。移動はすべて俺が抱っこしていく」
「ギ、ギルベルト様! 執務室へ行くだけですから、普通に歩けます……!」
「だめだ。あと、執務室の椅子はすべて廃止した。代わりに**最高級特注ふかふかクッションの山**を作らせたから、そこで横になって俺の仕事を見守っていてくれ」
言葉通り、執務室に入ると、部屋の半分を埋め尽くすほどの羽毛クッションとシルクの毛布が山積みになっていた。もはや執務室というより、極上のベッドルームである。
『あははは! 主様の過保護レベル、ついに限界突破しましたー!』
サファイアさんが爆笑し、
『お姉ちゃん、僕の【絶対防壁】でクッションの山を保温&無菌状態にしておいたよ!』
と、ダイヤくんまで過保護に加勢する始末だ。
苦笑しながらクッションに腰を下ろしたその時――。
ふと、私のお腹の奥で、ぽつりと小さく温かい鼓動が跳ねた気がした。
同時に、皇宮の地下深くから、優しく澄んだ「翠緑の波動」が私を呼んでいるのに気づいたのだった。
「……あ」
「サクラコ? どうした、気分でも悪いのか!?」
すぐさま書類を放り投げ、凄まじい顔で駆け寄ってくる陛下。
「いいえ、違います。……ギルベルト様、皇宮の宝物庫の奥に……誰かが私を呼んでいます」
私のお腹に宿る小さな命の鼓動と共鳴するように、緑の光が波打っている。
陛下に過保護に手を取られ、厳重な警備のもとで向かった最下層の宝物庫。
その最奥にひっそりと飾られていたのは――新緑のように瑞々しい光を湛えた、大きな翡翠色の魔石だった。
私がそっと手を伸ばし、指先で触れた瞬間。
まばゆい緑の光が溢れ出し、温かな春の風が宝物庫を満たした。
『あらあら……お初にお目にかかりますわ、サクラコ様』
頭の中に響いたのは、包み込むような優しさと落ち着きに満ちた、お母さんのようなおっとりボイスだった。
『我が名はエメラルド。長く眠りについておりましたが……あなたのお腹に宿る、尊き新しい命の息吹に導かれて目を覚ましましたの』
翠緑の大魔石エメラルドが、ぽわんと温かい光を明滅させる。
『サクラコ様、ワタクシが豊かな植物と大地の恵みで、あなたとお腹のお子様、そしてこの帝国を優しく包み込んで差し上げましょうね』
『うわぁぁぁ! 7つ目の魔石は、包容力バツグンの癒やし系お母さん魔石だーっ!』
サファイアさんが歓喜の火花を散らし、
『ぬおおおぉぉ! エメラルド殿! 我が情熱の赤と、あなたの癒やしの緑で、サクラコ様とお子様を完璧にお守りいたしましょうぞ!』
ルビーくんが熱血に誓う。
『これでついに【7大魔石】が勢揃いですわ! 縁起がええ! 帝国農業株式の爆上がり確定ですわぁ!』
シトリンちゃんが大号泣しながらそろばんを弾き、アメジストさんやフローライトくんも温かく歓迎した。
エメラルドさんの温かな植物の気配に触れた私は、前世の記憶――社畜時代に担当した「アグリテック(農業イノベーション・土壌改良プロジェクト)」のノウハウを思い出していた。
「エメラルドさん……あなたの『植物の成長を促し、土地を蘇らせる力』を借りてもよろしいですか?」
『ええ、もちろんですわ。サクラコ様、何をお考えですの?』
「帝国北部の不毛地帯……荒れ果てた広大な土地を、大農園に変えたいのです。生まれたばかりの我が子に、美味しいお野菜や小麦が溢れる豊かな世界を見せてあげたくて」
「サクラコ……!」
ギルベルト陛下が感極まったように目を見開く。
「北部の飢饉問題は帝国の長年の課題だった。……分かった、お前の願いなら、俺が全力でバックアップしよう」
こうして、7つ目の魔石『エメラルド』と前世の農業ノウハウを組み合わせた、帝国史上最大規模の『北部大農園開拓プロジェクト』が動き出したのだった。
しかし――このプロジェクトを面白く思わない、食料価格を不当に吊り上げて暴利を貪る「悪徳穀物貴族」たちの影が、密かに忍び寄っていた。




