第26話:帰宮と禁断の隠し部屋。陛下が密かに隠し続けた『極秘記録』!?
アルピナ温泉郷での甘く賑やかなハネムーンを終え、私たちは満ち足りた心地で皇宮へと帰還した。
旅の疲れを癒やす間もなく、ギルベルト陛下は滞っていた公務を片付けるため、早々に執務室へと向かってしまった。過保護な陛下のことだから、「サクラコは部屋で休んでいてくれ」と言われたのだが、私も少しでも陛下の力になりたくて、執務室の書類整理を手伝うことにしたのだ。
「……あら?」
陛下が急な来客対応で席を外した際、デスクの奥にある本棚の隙間に、小さな銀色の鍵が落ちているのに気づいた。
「これって……何かしら?」
ふと見渡すと、本棚の横に隠し扉のような窪みがある。
知的好奇心に負け、鍵を差し込んで軽く回してみると、カチリと静かな音がして重厚な扉が滑らかに開いた。
そこに広範囲に広がっていたのは――小さな読書室のような「秘密の部屋」だった。
「わぁ……すごい本棚」
部屋の壁一面を埋め尽くしていたのは、ずらりと並んだ皮革装丁の美しい書物たち。
しかし、その背表紙のタイトルを目にした瞬間、私はその場にフリーズした。
『サクラコ観察記録 第1巻(旧王国・16歳)』
『サクラコ観察記録 第2巻(元婚約者との接触時の言動分析)』
『サクラコ観察記録 第5巻(好きな食べ物:甘味およびフレッシュチーズ)』
『サクラコ観察記録 第12巻(本日の笑顔の角度と、尊さに関する考察)』
「な、なんですか……これは……!?」
思わず一冊を手に取り、ページをめくってみる。
そこには、寸分の狂いもない達筆な文字で、私が前世の記憶を取り戻す前後の行動、旧王国の庭園でたたずんでいた姿、さらには遠くから描かせたと思われる私の精密な肖像画が、何十枚も挟み込まれていたのだった。
棚の奥には、私が数年前に落としたはずの刺繍入りハンカチまで、綺麗なガラスケースに入れられて保管されている。
「……サクラコ?」
背後から、ガタタッと紅茶のカップがトレーの上で跳ねるような音が聞こえた。
振り返ると、ドアの前に立つギルベルト陛下が、氷のように固まっていた。
その顔は――「氷の皇帝」と恐れられる男のものとは思えないほど、耳の根元まで真っ赤に染まっている。
「ギ、ギルベルト様……? このお部屋は……」
「……あ、あ……」
あんなに威風堂々としていた絶対君主が、人生最大の危機に瀕したかのように口をパパクサさせ、完全にフリーズしている!
その瞬間、胸元の魔石たちが一斉に爆発的な光を放った。
『ぎゃははははは!! 主様の脳内、限界突破どころか銀河系まで爆発四散してまーす!!』
サファイアさんが爆笑しながら青い光を部屋中に撒き散らす。
『「終わった……俺の人生は終わった……サクラコにキモいストーカーだと軽蔑される……自害するしかない……」って、主様が脳内で遺書を書き始めましたよーーー!!』
『あらあら、冷徹皇帝様の『秘められた愛の聖典』がついに開かれてしまいましたわね?』
アメジストさんが妖艶な紫の光を揺らしながら、くすくすと嬉しそうに囁く。
『うわぁぁぁ! 観察記録第12巻の『本日の笑顔の角度』ってなに!? 主様、筋金入りすぎでしょ!』
ダイヤくんがチカチカと輝き、
『これ全部、お姉ちゃんに一目惚れしてから3年間、陰で護衛を化けさせて記録させてたやつじゃん! ストーカー皇帝の面目躍如だねっ!(呆れつつツンツン光る)』
フローライトくんが叫ぶ。
『主様! これ出版したら全巻重版出来で莫大な印税が入りますで!! ウチに権利売ってください!!』
シトリンちゃんに至ってはすでに商機を見出していた。
「……静かに、しろ……頼むから……」
ギルベルト陛下は消え入りそうな蚊の鳴くような声で呟き、ガクッと壁に手をついて崩れ落ちそうになっていた。
「サクラコ……違うんだ……いや、違わない。俺は……3年前、王国の夜会で遠目にお前を見かけたその瞬間から……お前に魂を奪われていたんだ。……気持ち悪い、だろう? 影からお前を見守り、こうして記録を集めることしかできなかった自分が……」
絞り出すような、切なく震える声。
冷徹な皇帝の威厳は完全に消え去り、そこには「恋する一人の愚かな男」の姿しかなかった。
私は手の中の『観察記録』をそっと閉じ、陛下のもとへと歩み寄った。
そして、膝をついて俯く陛下の頬を、両手で優しく包み込んだ。
「……サクラコ?」
陛下が恐る恐る顔を上げる。その瞳は、拒絶を恐れて揺れていた。
「……気持ち悪いなんて、思うわけないじゃないですか」
「え……?」
「こんなにも……こんなにも前から、私が誰にも見向きもされず、地下牢に捨てられる前から……私のことを見つけて、愛してくれていたんですね」
本の中に書かれていたのは、ただのストーカーの記録ではなかった。
『本日も奴らはサクラコに無理難題を押し付けている。今すぐ王国を滅ぼして救い出したい』
『サクラコが笑った。世界で最も美しい光だ。いつか彼女に、満開のバラのベッドを贈りたい』
不器用で、重すぎるほど真っ直ぐな、彼だけの愛の軌跡だったのだ。
「……私、世界で一番幸せ者です。ギルベルト様」
私が微笑みながらそう告げると、ギルベルト陛下の瞳にぶわっと光が差し込んだ。
「サクラコ……っ!」
次の瞬間、強靭な腕が私を激しく抱きしめた。
折れんばかりの強い力。けれど、どこまでも温かい腕。
「二度と手放さない……! たとえお前に嫌われようと、生涯お前だけを追うつもりだった……! 愛している、サクラコ……!」
『うわぁぁぁん! 感動の嵐だけど、主様の脳内愛のエネルギーで結界が割れそうー!』
『ほんまに、ごちそうさまですわぁ〜!』
石たちの賑やかな歓声と祝福の光が満ちる「隠し部屋」で、私たちは固く、深く、抱き合い続けたのだった。




