第3話:冷徹皇帝の執務室は、本音がダダ漏れでうるさすぎます!
馬車に揺られること数日。
私はヴァルハイト帝国の皇宮にある、広大な執務室へと連れてこられていた。
地下牢の汚れはすっかり洗い流され、今は仕立ての良い最高級のシルクドレスを纏っている。
鏡に映った自分の姿は、まるでどこかのお姫様のようで、前世のジャージ姿が遠い昔のことのようだ。
「サクラ・コ。ここへ座るがいい」
重厚なマホガニーのデスクの向こう。
ギルベルト陛下が、組んだ指に顎を乗せ、相変わらず冷徹な眼差しで私を見つめていた。
「ありがとうございます、陛下。それで、私をこのように厚遇してくださる理由は……?」
(……じっと見つめられると、あの綺麗な紅蓮の瞳に吸い込まれそう。相変わらず絵になる男ね)
私が椅子に腰掛けると、ギルベルト陛下はふっと鼻で笑い、わざとらしく冷たい声を出す。
「勘違いするな。お前を連れてきたのは、我が帝国の利益のためだ。その『石の声を聴く』という奇妙な能力、我がヴァルハイト帝国の繁栄のために骨の髄まで使わせてもらう」
凍りつくような低い声。
普通の令嬢なら怯えて泣き出すかもしれない、完璧な「冷徹皇帝」の演技だった。
しかし、彼の胸元でまばゆい輝きを放つサファイアが、その言葉をすべて台無しにする。
『あははは! 主様、またそんな格好いいこと言っちゃって!』
『本当は「ドレス姿が天使みたいに可愛くて、緊張して直視できない。嫌われたらどうしよう」って、さっきから頭の中で大パニックを起こしてるよー!』
「ぶふっ……!」
私は必死に口元を押さえた。
吹き出すのをこらえるために、お腹の筋肉がプルプルと震える。
(……ギャップが凄すぎて、尊死しそう。冷徹な仮面を被ったまま、内心でそんな乙女みたいなこと考えてたの!?)
「……サ、サクラ・コ? 何を笑っている。俺は今、極めて真面目な話をしているのだぞ」
ギルベルト陛下が眉根を寄せ、不機嫌そうに声を尖らせる。
しかし、その綺麗な耳たぶは、これ以上ないほど真っ赤に染まっていた。
『ほらほら、図星だからって怒っちゃダメだよ主様!』
『サクラコちゃん、主様ね、昨日も「彼女にどんなお菓子をあげたら喜ぶだろうか」って、夜中までお菓子の図鑑を読んでたんだから!』
「サファイア……ッ! 貴様、いい加減にしろ! 我が国の至宝でありながら、なぜそのように軽薄なのだ!」
ギルベルト陛下はついに耐えかねたように立ち上がり、胸元のサファイアを大きな手で覆い隠した。
真っ赤な顔をしてハァハァと息を荒くする姿は、とても大陸最強の皇帝には見えない。
「ふふ、陛下。サファイアさんをそんなに虐めないであげてください。私、陛下が昨日から私のためにお菓子のことを考えてくださっていたなんて、とても光栄ですわ」
私が席を立ち、陛下の前へと歩み寄る。
デスクを挟んで彼の手をそっと包み込むと、ギルベルト陛下はビクッと身体を強張らせた。
「お前……、俺が恐ろしくないのか? 俺は他国から『氷の死神』と恐れられる男だぞ……」
「全然? だって、こんなに優しくて可愛いひとなんですもの」
私が満面の笑みを浮かべると、ギルベルト陛下は完全にフリーズしてしまった。
彼の紅蓮の瞳が、小刻みに揺れている。
(……この人、本当に初心なんだわ。からかうと、いちいち反応が可愛くてたまらない!)
『わあ、主様の心拍数が限界突破した! これ以上やると、主様が嬉しさで気絶しちゃうよ!』
サファイアの楽しそうな叫び声が、静かな執務室に響き渡る。
冷徹皇帝の仮面の下にあったのは、ただの、私に恋する一人の可愛い男の子だった。
「……お前というやつは」
ギルベルト陛下は観念したようにため息をつくと、覆っていた手をどけ、私の手をそっと握り返してきた。
その手のひらは、剣のタコで少し硬かったけれど、驚くほど温かかった。
「……明日は、我が国の視察へ行く。お前のその力、本物かどうか、試させてもらうからな」
「はい。喜んで、陛下のお役に立ってみせますわ」
私は嬉しくなって、彼の大きな手をぎゅっと握りしめた。
本音がダダ漏れのうるさいサファイアさんと、不器用で過保護な皇帝陛下。
この賑やかな新天地なら、前世の社畜ライフなんて忘れて、最高の人生を送れそうな気がする。
(第3話おわり)




