第17話:宮廷に激震! 前世の知識で作る「幻のフレッシュチーズ」と、計算高い新魔石『シトリン』
「クズ石を一般家庭に売るだと? 皇后陛下は、随分と奇妙なご趣味をお持ちのようだ」
「やはり王国の落ちこぼれ令嬢だ。高貴な魔石の価値が分かっておられない」
帝国のきらびやかな夜会。
会場の隅に特設された調理台を前に、集まった貴族たちがヒソヒソと懐疑的な囁きを交わしていた。
私が持ち込んだのは、軍事用としては「出力が弱すぎてゴミ」と廃棄される予定だった、小さな赤と青の低出力魔石。これらを組み込んだ、試作型の『魔導コンロ(温度調節機能付き)』のデモンストレーションを行うためだ。
この世界において、魔石とは「ドカンと大きな火力を出す兵器」。
だからこそ、彼らには私のやろうとしている「微弱な魔力のコントロール」の価値が理解できないのだ。
「皆様、まぁ見ていてくださいな」
私は不敵に微笑むと、鍋に入れたたっぷりの牛乳を魔導コンロにかける。
目指す温度は、前世の知識(社畜時代の深夜の癒やし、簡単DIYレシピ)に基づく60℃から70℃の間。低出力魔石に魔力を通すと、狙い通り、お風呂より少し熱いくらいの温度でピタリと安定した。
「……信じられん。魔石の火力が、あんなに微小なまま維持されているだと!?」
魔法騎士の一人が、その精密な魔力制御に目を見開く。
そこへ、私は仕上げとばかりに、レモンに似た果物の絞り汁を静かに回し入れた。
ゆっくりと木べらで混ぜると、温かい牛乳がみるみるうちに分離し、雪のように白いふわふわとした塊が浮かび上がってくる。
それを綺麗な布で濾して、軽く水気を絞れば――。
「はい、幻のフレッシュチーズ『コテージチーズ』の完成です!」
ものの数分で出来上がった純白のチーズ。
この世界では、チーズといえば数ヶ月から数年も熟成させる、硬くて高価な保存食。こんな風に「その場ですぐ作れる、ふわふわで瑞々しいチーズ」なんて、誰も見たことがない。
「ギルベルト陛下、どうぞ最初の一口を」
クラッカー(を模した薄焼きビスケット)にチーズを乗せ、ハチミツを少し垂らして陛下に差し出す。
ギルベルト陛下は、相変わらずのポーカーフェイスのまま、それを口に運んだ。
咀嚼した瞬間、陛下の紅蓮の瞳がカッと見開かれ、部屋中の調度品が一斉にガタガタと震え出した。
『うわあああぁぁぁ! 主様の脳内、美味さと尊さでマッハ5を突破ーーー!!』
『「美味い、いやそれ以上に、俺のために料理をしてくれたサクラコが愛おしすぎて心臓がもたん。今すぐこの場にいる全貴族を追い出してサクラコを膝の上に乗せて食べさせ合いたい」って、独占欲のメーターが振り切れてまーす!』
サファイアさんの容赦ない暴露に、私は内心で(陛下、落ち着いて!)と叫ぶ。
陛下は耳の裏を真っ赤にしながら、コホンと大げさに咳払いをし、周囲の貴族たちを冷徹に睨みつけた。
「……信じられないほどの美味だ。しかも、この短時間で、誰にでも作れるだと? 貴族ども、お前たちも食してみるがいい」
皇帝陛下のお墨付きに、恐る恐る貴族たちが試食を始める。
「な、なんだこれは……! 口の中でふわっと溶けて、ミルクの甘みが広がる……!」
「美味しい……! 熟成の手間も要らず、この低出力魔石さえあれば、一般家庭の台所でこれが毎日作れるというの!?」
会場は一転して、大絶賛の嵐に包まれた。
一般家庭の主婦たちが、こぞってこの「生活便利魔石」を買い求める未来が、誰もが容易に想像できたからだ。
その時だった。
夜会の展示品として飾られていた、ある「巨大な黄金の水晶」が、突如として眩い成金のような(?)ゴールドの光を放ち始めた。
『いやいやちょっと待ちぃな! このビジネスモデル、安く見積もっても市場規模は推定1億ゴールドやで……!!』
脳内に響き渡ってきたのは、ものすごく計算高そうな、そろばんの音が聞こえてきそうな関西弁風の喋り声。
金色の光の中から現れたのは、市場価値の査定や計算が大得意な、黄金の魔石『シトリン(黄水晶)』だった。
『こんなニッチ市場、今まで誰も目をつけんかったのが不思議なくらいや! 低出力のクズ石を安く買い叩いて、付加価値をつけて一般大衆に売る……お姉様、アンタ天才や! ウチ、シトリン! このビジネスの独占権、ぜひウチにマネジメントさせてくださいな!』
黄金のシトリンちゃんは、展示ケースを自らパリンと割って飛び出すと、嬉しそうに私の手元へと転がってきて、すりすりと懐いてきた。
(……あ、新しい魔石。今度は、ものすごく商売人気質な子が来ちゃった!)
これにはティアラの上のフローライトくんも黙っていない。
『ちょっと何よ新入り! お姉ちゃんに変なビジネス用語で取り入ろうとしないでよね!』
『ふふん、おチビちゃんは黙っとき。商売は数字がすべてや。主様(ギルベルト陛下)のサクラコお姉様への愛の価値も、ウチなら一瞬でプライスレス(時価・国家予算3年分)って査定できるわ!』
『あははは! この新入り、ウチの主様の独占欲の価値がよく分かってるじゃん!』
サファイアさんも大爆笑だ。
しかし、シトリンちゃんが私の手のひらで「お姉様、一緒に大儲けしまひょ!」とキラキラ輝いた瞬間、ギルベルト陛下の影がサッと私を覆った。
ポーカーフェイスの裏の脳内は、言わずもがなである。
『あ、主様、脳内で「あの金ピカの石、サクラコの手のひらで転がりやがって……。今すぐ我が国の金貨と混ぜて鋳潰してやろうか」って、ものすごい経済的恐怖の顔をしてまーす!』
「へ、陛下、ですから石に嫉妬しないでくださいってば……!」
生活魔石ビジネスは大成功の兆しを見せ、新しい仲間も加わって、私の計画は順風満帆――に見えた。
しかし、この莫大な「利権」の匂いを嗅ぎつけて、あの「最悪な連中」が、再び私の前に這い出てこようとしていた。
(第17話おわり)




