表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
18/36

幕間:新米夫の果てなき試練、あるいは蛍石の賑やかな歓迎会について

――カチャ、と静かに扉が閉まる。


長く、そして世界で一番熱狂的だった結婚式と披露宴のすべてが終わり、俺は新婚初夜を迎えた寝室の、手前のリビングにいた。


すでに上着を脱ぎ、タイを緩めてソファに深く背を預ける。

だが、胸の奥でトクトクと刻まれる高鳴りは、昼間の誓いのキスの瞬間から何一つ衰えていない。


(……サクラ・コが、俺の妻になった)


名実ともに、彼女は帝国の皇后となり、俺の生涯の伴侶となったのだ。

婚礼の儀で見せた彼女の純白のドレス姿、ベールをめくったときの少し照れたような、けれどまっすぐな愛に満ちた瞳。それを思い出すだけで、いまも視界が熱くなる。


「……夢、ではないな」


『あははは! 主様、本日何度目の確認それ? もう立派な夫婦なんだから、いい加減現実を受け入れなよ!』


机の上に置いたブローチから、サファイアが今日一番のまばゆい青をパチパチと弾けさせて笑う。


「サファイア。今日くらいは静かにしていろと言ったはずだ」


『無理無理! だって主様の脳内、さっきから「初夜……初夜……どこまで優しくすればサクラコを怖がらせずに済むだろうか……いや、俺の理性が持つか……?」って、ウブな初心者みたいな悩みでパンクしそうなんだもん!』


「貴様……っ!」


図星を刺され、俺がサファイアを握り潰そうかと手を伸ばした、その時だった。

同じ机の上に並べて置かれていた、サクラコのティアラから、新入りの結晶がピカッと「生意気な紫」の光を放った。


『ちょっとサファイア先輩、主様を虐めるのはそこまでにしてよね。それより見てよ、僕のこの高貴なグラデーション! お姉ちゃんのティアラのセンターを飾るにふさわしい、最高の輝きでしょ?』


新入り――バルドゥール大公の宝物庫から救出された『フローライト』だ。

大公たちの悪巧みを暴いた功績で、彼はめでたくサクラ・コの専属魔石(兼ティアラの飾り)として召し抱えられたのだが、こいつもサファイアに負けず劣らず喧しい。


すると、サクラ・コが寝室に置いていった婚約指輪から、ダイヤがキィンと不機嫌そうな無色の波動を放った。


『は? 何言ってんの新入り。サクラコお姉ちゃんの「一番」は、薬指にぴったり嵌まってる僕だから。ティアラなんて式が終わったら出番ないじゃん、ウケる』


『なんだとこの脳筋ダイヤモンド! 硬いだけが取り柄のくせに偉そうにするなよ! 僕なんかお姉ちゃんに「可愛いスミレの花みたい」って言われたんだからね! ほら、嬉しくて今ピンク色になっちゃった!』


『あー、はいはい、チョロイン乙ー』


『チョ、チョロインって言うなーー!』


脳内で始まった、石たちのあまりにも中二病じみた小競り合い。

サファイアはそれをさかなにするように、ニヤニヤと青い光を点滅させている。


普段なら「石ごときが騒ぐな」と一喝するところだが、フローライトが放った「お姉ちゃんに可愛いと言われた」という言葉に、俺の胸の奥で、大人気ない嫉妬の炎がチリリと燃え上がった。


「……フローライト。サクラ・コが可愛いと言ったのは、お前の鉱物としての色彩であって、お前自身ではない」


『わっ、主様が急にマジレスしてきた! 怖い! 目がマジだよこの皇帝!』


『あははは! 新入り、言ったでしょ? 主様の独占欲は石相手でも一切容赦ないんだから!』


『ふ、ふん、主様だって、さっきお姉ちゃんが着替えるときに「あ、あの、ギルベルト様……私、その……」って恥ずかしがってる姿を見て、脳内で尊死とうししかけてたくせに……(恐怖で水色になりながらも、本音を暴く天才の石)』


「貴様ら、全員まとめて今すぐ裏庭の池に沈めてやろうか」


俺が本気で冷徹皇帝の覇気を解き放つと、三つの魔石たちは「ひえっ」「主様がガチだ」「静かにしよーぜ」と、ようやく小さく縮こまって光を収めた。


本当に、どいつもこいつもやかましい。

サクラ・コと出会ってからというもの、俺の周囲は一日たりとも静かな日がない。


だが――。

ソファから立ち上がり、そっと奥の寝室の扉を開ける。


そこには、豪華な天蓋付きのベッドの端で、シルクのナイトウェアに身を包んだサクラ・コが、少し緊張した面持ちでちょこんと座っていた。

俺の姿を見ると、彼女の白い頬が、ぽっと可愛らしい桜色に染まる。


「あ……ギルベルト様。お疲れ様でした」


その無防備で、愛おしい微笑み。

それを見た瞬間、リビングで石たちにからかわれていた苛立ちなど、霧のように消え去ってしまった。


王国の暗闇で、ただ硬く心を閉ざしていた彼女を、俺は見つけて、すくい上げた。

いま、彼女はこうして俺の腕の中で、どんな宝石よりも眩しく、温かく輝いている。


「お待たせ、サクラ・コ。……少し、騒がしかったな」


「ふふ、いいえ。賑やかで、私、とっても幸せです」


彼女の隣に腰掛け、その細い肩を優しく抱き寄せる。

サクラ・コの体温が伝わってくるたび、俺の心はこれ以上ないほどの幸福感で満たされていく。


背後のリビングからは、静まり返ったフリをしながらも、『きゃー!』『主様、手元がちょっと震えてるよ!』『お姉ちゃん頑張ってー!』と、小さな、けれど確かな祝福の波動が漏れ聞こえていた。


世界一やかましい石たちと、世界一ウブな俺。

そして、世界一愛おしい、俺の可愛いお妃様。


この騒がしくも甘やかな帝国で、俺たちの本当の「新婚生活」が、いま静かに幕を開けるのだった。


(幕間おわり)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ