第12話:「元・罪人(悪役令嬢)を妃にするなど」と、お決まりの老害貴族がしゃしゃり出てきました
ドレス選びの狂騒から数日後。
私はギルベルト陛下の御前で行われる、帝国の定例夜会に出席していた。
周囲の貴族たちからは「あの冷徹皇帝を骨抜きにした聖女様」「王国の魔力危機を一人で解決していた天才」と、好意的な視線を向けられることが多くなっていたのだけれど……。
世の中、全員が歓迎してくれるほど甘くはない。
「――フン。王国の地下牢に泥まみれで転がっていたような女が、帝国の皇后の座を狙うとは。片腹痛いですな」
ワイングラスを片手に、これみよがしに大きな足音を立てて近づいてきたのは、バルドゥール大公。
帝国の古い血筋を誇る門閥貴族の筆頭で、絵に描いたような頑固で頭の固い老害……失礼、保守派の重鎮だ。
彼の後ろには、派手なドレスを着てツンと澄ました顔をした、他国の高名な公爵令嬢――エレオノーラが控えている。
「バルドゥール大公。私の婚約者に対して、いささか無礼が過ぎるのではないか?」
ギルベルト陛下の低く冷徹な声が、夜会の会場に響き渡る。
一瞬にして周囲の貴族たちが怯えて静まり返るが、大公はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべたまま、一歩も引かない。
「陛下、これは帝国を思っての諫言にございます。我が帝国は今や、王国の属国化により世界最強の魔力国家となった。そのような時期に、他国で『悪女』と蔑まれ、地下牢に叩き落とされた元犯罪者のような女を妃に迎えるなど、国の恥にございます!」
(うわぁ、ネチネチ言ってくるなぁ。でも、前世の社畜時代に『お前の代わりなんていくらでもいる』って言ってきた理不尽な取引先のクレーマーに比べたら、全然可愛いもんね)
私はスンとした顔で、大公の暴言を受け流していた。
王国の地下牢で死にかけていた私を拾ってくれたのはギルベルト陛下だ。ここで私が取り乱して、陛下の顔に泥を塗るわけにはいかない。
私が calm(冷静)に構えていると、陛下の胸元でサファイアさんがパチパチと激しい青い光を弾けさせた。
『あははは! 主様、表面上はめちゃくちゃ冷たい顔してるけど、脳内で「この老害、どのタイミングで全財産没収して国境の砂漠に追放してやろうか」って、秒単位でえげつない粛清プランを練ってるよ!』
指輪のダイヤくんも、キィィィンと鋭い波動を放つ。
『サクラコお姉ちゃんを侮辱するなんて万死に値するよ! 僕が今すぐあの老害のワイングラスを木っ端微塵に砕いてあげようか!?』
(二人とも落ち着いて! ここで暴れたら大公の思うツボだから!)
「……大公。貴様がその令嬢を連れてきた意図は分かっている。だが、俺の妻はサクラコだけだ」
ギルベルト陛下が、絶対零度の視線で大公を射抜く。
しかし、大公は待ってましたとばかりに、後ろのエレオノーラ令嬢を前に押し出した。
「お言葉ですが陛下! 我が帝国において、皇后とは『強大な魔石を御し、国を護る器』でなければなりません。このエレオノーラ嬢は、生まれながらにして高い魔力を持ち、数々の魔石を従えてきた才女。……元・無能のサクラ・コ様とは格が違うのです」
エレオノーラはふふん、と鼻で笑い、私を小馬鹿にしたような視線で見下ろしてきた。
「そこで陛下、一つ提案がございます」
バルドゥール大公は、自身の従者に合図を送る。
運ばれてきたのは、禍々しい紫色の魔力布で厳重に包まれた、小さな鉄製の檻だった。
「先日、我が大公領の最奥から、新たな魔石が発掘されましてな。あまりに強大で凶暴な魔力を持つため、並の人間では近づくだけで精神を狂わせるという呪いの石にございます。――これを、どちらが手懐けられるか。それで、どちらが本物の皇后にふさわしいか、決めようではございませんか?」
周囲の貴族たちが「おい、あれは危険すぎる……!」「大公め、サクラ・コ様を精神崩壊させる気か!?」と、ザワザワと騒ぎ始める。
「バルドゥール、貴様――」
ギルベルト陛下が本格的に剣を抜きそうになったその時、檻の隙間から、何やら妙な声が私の頭の中に直接流れ込んできた。
『……ふん! どいつもこいつも、うるさいんだよ! 僕をこんな汚い檻に入れやがって、全員カラフルに爆破してやろうか!?』
少し生意気で、でもどこか寂しがり屋のような、ツンツンした少年の声。
その瞬間、私の『石と喋る力』が、その石の「本当の姿」を瞬時に理解した。
(あ……。あの檻の中にいるの、もしかして……)
私は、ハラハラしているギルベルト陛下の袖をそっと引き、大公に向かって一歩前へと踏み出した。
「分かりました、バルドゥール大公。その勝負、謹んでお受けいたします」
「サクラ・コ……!? 危険だ、下がるんだ!」
焦る陛下を他所に、バルドゥール大公とエレオノーラ令嬢は「自ら破滅の罠に飛び込むとは、愚かな女め」と、邪悪な勝利の笑みを浮かべていた。
(第12話おわり)




