第9話 確信に変わる
店を出たレーベンは、街の様子を眺めながら歩いて行く。老人がのんびり日光浴をしていたり、獣人と人間の子供達が地面に円を描きジャンプをしたりしている。獣鬼がいるとは思えないし、普通のどこにでもある街並みだ。
「おーい! もうねぇのか! もっとくれよ!」
「そうだ! 寄越せ!」
一際賑やかな店があった。足を踏み入れば鼻をつまみたくなる程の酒の香り。ほんのり頬を赤く染めた男達の視線が自分に集まる。
「おー! なんだ! 男前な兄ちゃんじゃねぇか。酒飲むか!?」
太い腕の人間の男に肩を組まれる。男が息を吐き出せば、先ほど食べたものが迫り上がってきてしまいそうな酒の臭い。
「……はは、いや俺はいらないです」
「なんだよ。つまんねぇなぁ。飲んだらいいのに」
こんな朝っぱら酒だなんて。仕事はないのだろうか。それに人間の男が多い気がする。いや、獣人もいるか。
「皆さんはここで何を? 奥さんとかに怒られません?」
賑やかだった酒場が、自分の一滴の疑問によって、一気に音が消える。
昨夜のメイド達のような生気がない視線が自分に向けられる。
自分の喉元が、ごくりと揺れた。
肩に組まれていた腕が離れて行く。
「お前、ここの人間じゃないな?」
「おい、そいつ騎士じゃねえか? この街にはそんな大層なもん持ってる奴はいねえ」
「助ける気なんてねえくせに」
出て行け、と力強く背中を押されて外へ出された。酒場を出ると賑やかな声が中から聞こえ始める。
じっとり汗をかいてしまった背に空気を通す。揺れるシャツを誰かに下へと引っ張られる。
なんだ、今度は。考える暇もない。
振り返れば、兄妹らしき子供がいた。
目に生気がない。真っ暗だ。それに整えられていない髪。袖に穴が開いていたり、着替えがないのだろう。襟元が垢で黒ずみ、土汚れが目立つ。
ただ、食事はまともな物を食べているのだろう。痩せすぎ、というわけではなかった。ただ、さっき店前を走っていた子供達と比べたら栄養状態は悪いかもしれない。
「君達、親は?」
「いないよ。だって、領主様が、連れて行ったから」
抑揚のない声。
領主が連れて行ったということは、あのメイド達だろうか。それとも。
昨日から色々と変だと思っていたが、やはりこの街がおかしい中心にいるのはアマーレ達か。
「お兄ちゃん、昨日、領主様の馬車に乗って、いたよね? 僕、見てたよ」
嘘をつかないで、とじっと見られてしまう。
「……あ、ああ。そうだね」
「昨日、僕達の友達、踏んで行ったよね」
「踏んだ?」
「うん、踏んだよ。大事なお兄ちゃんだった」
頭の中の記憶を掘り起こしていく。
鎧戸が閉まっている街。
がたん、と揺れる馬車。
そうだ。あの時、馬車が横転してしまうのではないかと思った。それにルストが外を見ながら、肩を強く掴まれて。
———ほんま、離れんといてや。
ルストの指が食い込んでいた肩に触れる。自分の指が代わりに牙のように食い込んでいく。
馬車に踏まれた人間を見たのだろうか。
「その人、大丈夫……じゃないよな」
「うん。でも、馬車に踏まれるよりも前に、もう死んじゃってるから平気」
馬車に踏まれる前から?
マルスはわざと踏んだのか?
「どういう」
「お兄ちゃんも、食べられちゃうかもね」
「なぜ?」
「友達ね、領主様に捕まって、噛まれて、ゴミのように捨てられたよ。お兄ちゃん、食べられちゃうよ」
「食べられる?」
自分の言葉に兄妹が顔を見合わせる。
「知らないの? 領主様。人間の肉が、大好きなんだよ」
ふと、レーベンは屋敷で出された朝食の腸詰を思い出す。ルストも肉には手を付けていなかった。肉が大好物なのに。
自分は食べたくない感覚で残してしまったが、獣人は人間よりも鼻がいい。
まさか。そのまさかなのか?
アマーレは美味そうに咀嚼して飲み込んでいた。もし、あれが人だったとしたら。
浅くなる呼吸を整える。騎士団に入って、獣鬼を相手にする度に人の亡骸なんて何度も見た。
しかし、想像してしまう。昨夜、連れて行かれたメイドは大丈夫だろうか。もしかしたら。そう思うと胃からせり上がる物に蓋をするように手で口元を覆う。
ふー、と呼吸を繰り返す。
「領主様のお友達? 仲間?」
「違うっ! 友達でも仲間でもない」
「やっぱり、そうなんだ? そんな気がしたから、話しかけてみたんだ。仲間じゃないなら、早く逃げた方がいいよ」
この街の人達は、自分たちの身が一番危ないのに人の心配をしてくる。ここへ来た別の人達にも「帰った方がいい」と言っているのだろう。
「ごめん、それは無理だ。やることがあるから」
レーベンは、深く息をつきしゃがみ込む。
「やることって?」
「俺な、獣鬼倒すの専門なんだよ。ちなみになんだけど、獣鬼ってこの街で最近、見たことがある?」
「ないよ」
アマーレが言っていたことは正しかったのだ。実際、街を散策しても獣鬼が潜んでいるような様子はなかった。
山に逃げたか? とも思ったがそんなような気配はない。本来なら「問題なし」として、この任務は終わりだ。
だが、今回はそうもいかない。
じゃあ、と兄の後ろに隠れていた妹が、初めてか細い声を漏らした。
「領主様もやっつけて。お願い。私達のママを攫って、友達を食べちゃった奴を、やっつけて」
僅かに抑揚が付いた声色が、自分の中の正義感に炎を灯していく。
「分かった。必ずやっつけてやる。お兄ちゃんが証拠を集めて、悪い奴を捕まえてくれる人に伝えてやるから」
「絶対だよ? 約束して」
小さな小指が差し出される。
レーベンは、自分の小指を差し出された約束の印に重ねる。
小さな兄妹は、目に光がないまま口元を緩めた。
「馬車、貸してくれるとこってある?」
「あるよ」
マルスが迎えに来るのは昼頃だ。まだ先の時間。ルストには悪いが先に戻って屋敷の中を調査だ。
小さな手が左右別々に繋がれる。子供達の目には生気が微かに宿っていた。
「こっちだよ」
二つの小さな背中を見下ろしてから山を見る。アマーレの屋敷が木々の間から顔を覗かせていた。
領主としてこの街はどう見えているのだろう。少なくとも大事な領民だとは思っていない。
いや、大事には思っているか。
この兄妹の話が本当なら「新鮮な肉」として。
レーベンは、今から戻るアマーレの屋敷を睨むように見据えた。




