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第10話 助けを願う鍵


「あー、どこだよー」


 屋敷に戻ったレーベンは、ベッドに倒れ込むように突っ伏した。

 シーツなど交換してくれたのだろう。綺麗に整えられた場所は柔らかく自分の体を包み込んでくれる。

 大きく溜め込んだ息を吐き出していく。

 鍵のかかった部屋など一つもなかった。それに開けてしまったら、と思っていたアマーレの部屋や書斎もない。今、自分がいるところは別邸なのだろうか。いや、本邸のはずだ。

 まるで姉が遊んでいたドールハウスを彷彿とさせる。どこの部屋を見てもゲストルームだったからだ。

 そろそろマルスがルストを迎えに行っている頃だろうか。これでは早く戻って来た意味がない。

 探されたら悪いと思って子供達に、ルストに伝えることを頼んでおいた。


「大きな焦茶色の尻尾に三角耳で、身長が高いお兄ちゃんいたら、レーベンは先に帰ったって伝えてくれ。あ、喋り方は、どないした? とかそんな感じだ。獣鬼にならないから安心しろよ」


 街のことを知り尽くしている子供達ならば、かくれんぼの鬼感覚で見つけるだろう。


「!?」


 息が詰まり、ベッドに顔を埋めたまま体が固まってしまった。

 どうやら自分が先に鬼に捕まってしまったらしい。この生々しい視線は、絵画からだ。


「……もー、疲れたぁ」


 そう言いながらさりげなく手で顔を覆う。指の隙間から絵画を覗く。

 気持ちが悪い。絵画とやはり目が合う。まるで絵画が呼吸し、心臓を動かして生きているようだ。

 今朝やこの部屋に帰って来た時は、切り刻んでやりたいただの絵画だった。なのに、なぜ。

 そういえば、アマーレはなぜルストの首に付けられているネックレスを知っていたのだろう。

 ルストが団服やその下に着ている物を脱がないと見えないはず。

 もしかして、監視している?

 ルストの部屋にも同じような絵画があるとしたら?

 焦るな。いつも通りに動け。

 レーベンはベッドから降りて体を伸ばす。服を整えて、部屋を出る。

 廊下に出てやっと呼吸ができる。だが、早く行かなければ。監視ができるならばこちらがどこへ行っても、向こうからは見えているということだ。

 ルストの部屋の前に立つ。鍵は開いているだろうか。人の部屋に勝手に入るのは、緊張してしまう。

 さっきまで誰もいないと分かっていて開けているのとわけが違う。

 それに、ルストとは冷戦中だ。

 取っ手に手をかける。鍵はかかっていないようだ。

 そっと開けると薄暗い。カーテンがきっちり閉まっていた。


「悪い、入るぞ」


 足を踏み入れると、爽やかで鼻を突き抜けるようなルストの匂いが鼻腔を掠めていく。

 足を進めて行くと、綺麗にセッティングされたベッドに背を向けたソファ。

 

「あった」


 自分の所とは違う場所に絵画が置かれている。ベッドの横ではなく、ベッドの頭の上だ。

 全身毛むくじゃらで黒い炎に包まれた獣の絵画。どうみても獣鬼だ。こんな廃墟のような暗さの場所で見るせいか、自分の部屋の絵画の方が可愛く思えた。


「あいつ、性格悪いな」


 普通、ギフトを持った獣人を泊める部屋ではない。平民を下に思っているだけなのか、同じ獣人として揶揄しているのか。自己愛が強すぎて、他者を貶めたいのか。

 他の部屋にも絵画はあったが、もっとまともなものだった。

 周囲に荷物が置かれたソファが気になった。ルストの居場所なのだろうか。細かい荷物などが近辺に置かれている。

 それもそうか。獣鬼の絵の下でなんて寝る気が失せるはずだ。

 まあ、いい。今は、絵画の向こう側の謎だ。

 レーベンは自室に足早に戻る。

 絵画はただの絵画に戻っていた。視線は感じない。

 監視が終わったということなのだろうか。それとも部屋を出て行った自分を探しに?

 実物よりも美しく描かれたアマーレに近付く。瞳孔の中は黒く塗られてはいるが、何かが埋め込まれている。

 この絵画の後ろからこちらが見えるようになっているのかもしれない。

 この絵をどかすことが出来れば、アマーレが隠している何かを見つけることが出来るかもしれない。

 しかし、絵画は取れそうにない。だが、横を見ると黒塗りの中に線が入っている。左側を確認する。触れる範囲で線をなぞる。黒く塗られているが金具が取り付けられている。右側にはそれがない。これは開く。絶対に。

 だが、開かない。どこか仕掛けでもあるのだろうか。

 上は埃が溜まるかもしれないし、高すぎて手が届かない。

 なら下か?

 膝をついて、浮いている絵の底を覗く。鍵穴があった。

 

「よしっ」


 しかし、見つけたのはいいが肝心な鍵がない。

 こんな時、ギフトがあれば力技で開けることができるのに。この部屋のどこかにあったりしないのだろうか。

 一筋の望みをかけて引き出しなどを開けていく。しかし、そんなものはあるわけがない。分かってはいたことだ。

 服をかけているクローゼットを開ける。いつの間にか団服が戻って来ていた。裾を引く。ワインの匂いは綺麗に取れていた。昨夜のメイドが一生懸命、洗ってくれたのだろう。

 このまま証拠が見つかれば夕方には、この団服を着て街を離れることが出来る。そっと手を離した。


 チャリ。


 元の場所に戻った団服のポケットから音がした。手を伸ばし、探っていく。入っていたのは、小さな金色の鍵だ。小さく畳まれた手紙も入っている。破れないように広げていく。本を破ったのか、切れ端に文字が書かれていた。


「私達を助けて」


 あのメイドが入れたのだろうか。分からない。

 だが、鍵を取ってこちらに渡すなんて、命懸けだったはずだ。

 手紙を団服に戻し鍵を持ってレーベンは、絵画の前に再び膝をつく。

 昨夜のメイド達に街で出会った男達や兄妹の暗い瞳が頭を過ぎっていく。

 アマーレの証拠を確実に掴んで、王国騎士団を動かしてやる。

 鍵を差し込めばゆっくりと回転し、解錠された音がする。古ぼけた音を上げながら扉が開いた。



 

 




 

 

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