第11話 捕食者
覗き込むようにゆっくりと扉を開けて行く。
絵画の裏は、人が一人入れるくらいの部屋だった。埃臭く、傍に設けられている下へと続く階段から冷たい風が頬を撫でる。
自分がいる部屋は元々あった部屋に新しく板を敷いたりして作られたのだろうか。歪んでいる。
レーベンは中へと足を踏み入れ、そっと体重をかけていく。木の軋む音がしない。部屋を使う者に気づかれないよう、何かを施しているのかもしれない。
階段を降りて行く。途中踊り場があり、階段が終わる先には木の床が見えていた。そのまま降りていき、周囲を見渡す。
質素な外観と同じような落ち着いた雰囲気だった。自分が今まで歩いていた豪華な作りの廊下とは全く真逆だ。
本当の屋敷はこっちなのか。
どうりで部屋を探してもなかったわけだ。
「どこに行ったんだ」
アマーレの声だ。急いで戻って踊り場で身を潜める。こっち側に来られたら、終わりだ。
「ああ、もう。あっちこっちうろちょろして。ママが生きてたら私が怒られてた」
ぶつぶつと声が聞こえる。カチカチと音が聞こえ「ああ、夕方には帰るって言ってたよね。どうしよう」と歩き回る足音がする。
「彼のために溜めておいたものだから、他の子には渡したくないな。とりあえず、おやつを食べるか。マルスは用意しといてくれたかな」
食べるって、人間をか?
足音が遠ざかる。階段を再び下り、廊下を見るがアマーレの姿はない。
右へ行くか? いや、アマーレが歩いて行った左側に行くか。おやつを食べているところを見ておくべきだ。
足音が遠ざかって行った方向へと足を進めようとすると肩を叩かれた。勢い良く振り向けばメイドがいた。昨日に会った二人とはまた別のメイドのようだ。一体、どこから。さっきまでいなかったはずだ。
メイドは人差し指を立てる仕草をする。
「地下に行きたいんですか?」
とりあえず、頷いた。地下に何かがあるのだろう。
「こっちです」
メイドに右側に連れて行かれる。床に開いたままの扉があった。先ほど、ここから出て来たのだろうか。地下へと続く石階段が見える。カビ臭く、どこか鉄臭い匂いが鼻を掠めていく。
「ここから入って下さい。メイド専用の階段です」
「ありがとう」
地下には何があるんだ。
メイドの手が小刻みに震えていた。
「ごめんなさい。本当は一緒に行きたいんですが、怖くて」
「いい、一人で平気だ。ここを下りるだけだろ?」
「はい、そうです」
レーベンはそっと足を踏み入れる。冷気が足にまとわりついてきた。息を潜めながら降りる。それに薄暗い。所々にあるランプがなければ足を踏み外していただろう。
階段が終わり、鉄の臭いが強くなる。目の前には僅かに光が漏れ出た扉。横を見ればどこかへと続く石床の廊下が続いている。
ガタッ。
聞こえてきた音に思わず肩を跳ねさせてしまう。
目の前の部屋からだ。
レーベンは、そっと覗き込む。自分達が食事をした食堂の作りに少し似ている。長テーブルに座るアマーレの背中があった。室内は蝋燭がいくつも灯っているが、それでも暗い。
隅の天井から階段が下がっている。そこから入って来たのだろう。
「はぁ、いい香りだ。男か。うん、若い」
奴は何をしているんだ。こちらからはアマーレの背中しか見えないため、何をしているのか分からない。
何かを啜るような音とピチャピチャと聞こえる水音。何かを引きちぎり、咀嚼する音までも聞こえてくる。
「うん、うん。さいこう」
良く見えない。何を食べている。もっと近くに行けたらいいのに。
扉を僅かに押してしまった。高い音が地下に響く。
レーベンはしゃがみ込み、扉近くの壁に身を寄せる。
「誰? 誰かそこにいるのか?」
椅子から立ち上がる音が聞こえ、足音が近づいてくる。
「あれ? この匂いって」
スーっと深く息を吸う音が聞こえてきた。
どうするべきだ。突入すればいいのだろうか。いや、ギフトがなければ無理だ。獣人になんて勝てっこない。
だが、やってしまったのだからやるしかない。持ってきた剣に手を添える。
扉の隙間から真っ赤な手が現れるのが見えた。
「申し訳ありません! 今、扉を開けてしまったので風が!」
地下に来る前に震えていたメイドが駆け降りてくる。
もしかして後ろからついて来ていたのか?
赤い手が自分の視界から消える。
「お食事中、申し訳ありません!」
「……ふーん、風ねぇ。まあいいよ。今は機嫌がいいからね。許してあげる。メイドがしたことは寛容にってママも言ってたし」
足音が遠ざかり、椅子に座る音が聞こえる。メイドが階段を降りて来て、「ありがとうございます」と扉をしっかり閉めた。メイドが視線を下ろしてくると視線が交わり、お互いに頷き階段を上っていく。
先ほどの廊下に戻ってくると、メイドは膝をついて地下への扉をそっと閉める。
やっとまともな息をすることが出来た。四つん這いのまま、息を整えていく。
「ごめん、ありがとう」
「いえ、あの、もうお部屋に戻った方がいいです。たぶん、もう地下から上がって来ると思われますので」
「分かった」
深く息を吸い、腰を上げる。
「……私は。お役に立てましたか?」
震える手を胸に抱き、メイドが尋ねてきた。
お役に立てたにも何も、助けてもらったのはこっちだ。最高だった、と拍手を送りたい。
あんなに手が震えたくせに、まさかついて来ていたなんて。見届けたかったのか。それともアマーレ同様に監視なのか。
どちらにせよ、メイドが助けてくれなければ剣を抜いて戦闘になっていただろう。
「ああ、でも危険な目に遭わせて申し訳なかった」
「いいんです。お役に立てたのなら、良かった」
それにしてもあの真っ赤な手。どう見ても血だった。何を食べていたのかは、聞こえてきた音とそれだけで嫌でも分かる。
手に入れた屋敷の裏へと入る鍵と地下への道。証拠として十分な気がする。これでやっと、この街の人達を助けられるかもしれない。
「ありがとう」
レーベンは、メイドに向かって緩く口元に弧を描いた。




