表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/41

第8話 穏やかな街


 部屋に備え付けられたシャワーを浴びて、頭を拭きながらベッド近くに置かれた椅子に座る。

 豪華な夕食があんなに美味しいと思えなかったのは初めてだった。


「まだ臭いな」


 ベッドの上の花びらは食事が終わってすぐに片付けた。

 その代わりに何も無くなったベッドの上には、持って来た手持ちの荷物達。下着やシャツにメモなどが散らばっている。

 椅子から腰を上げ窓を開ければ、真っ暗な向こう側で弱まった雨の音が聞こえてきた。部屋に充満した生臭い薔薇の香りは、雨の匂いに変わっていく。

 部屋がノックされ、開ければ一人のメイドがいた。食堂を出た時に、団服を洗わせてくれと言って来たメイドだ。


「夜遅くに申し訳ありません。こちらの団服、ワインの汚れが酷くて。明日、お返しする形でも構いませんか?」

「構わないよ。ありがとう」


 そんなことを聞くためだけに来たのだろうか。

 メイドは汚れた団服を胸に抱く。


「あの、あの子……貴方になんて言っていたんですか?」


 俯き、小さな声で聞かれた。

 あのメイドとはきっとワインをこぼた者だろう。友人だろうか。どこまで伝えればいい?

 アマーレに報告されてしまえば、あのメイドに何かあるかもしれない。


「なんのことだろう? あのメイドは、ごめんなさいとしか言っていなかったよ」

「そう、ですか」

「そういえば、あのメイドは大丈夫?」


 団服が一層、強く抱きしめられていく。

 やっぱり罰を受けてしまったのだろうか。


「ええ、大丈夫です。旦那様の部屋で今頃、説教は受けているかもしれませんが」


 メイドの目が笑っていない。

 なんだこの違和感は。


「本当に大丈夫なんだよな?」

「ええ、本当に大丈夫ですよ」

「本当に?」

「本当ですよ。きっと辛いことなんて、忘れてしまっているんじゃないですかね。羨ましいくらいです」


 頭を下げたメイドが暗い廊下の中へと消えていく。

 アマーレから受ける説教は、そんなに羨ましいことなのか?

 レーベンは小首を傾げた。

 扉を閉めようとして手を止めた。目の前の扉が目に入ったからだ。ルストの部屋だ。

 ワインを溢したメイドが伝えて来たことや今の話を伝えた方がいいのだろうか。それに夕食前の絵画からの視線のことも。

 ルストの部屋の扉に近づき、ノックをしようと構える。

 だが、夕食の後。ルストはこちらを一切見ることがなかった。もうバディじゃないと拒絶しているようだった。

 煽ってきたのはルストからだ。それに乗っかってしまった自分もいけなかったのは分かっている。

 やはり、ルストとはとことん合わないのだろう。しかし、ギフトはそろそろ貰わないとルストが危険だ。

 なのに、自分の手は扉ではなく床を向いてしまった。

 「獣人殺し」。自分にぴったりなのかもしれない。濡れた髪はまだ水を含んでいたのか、頬を伝い顎から転げ落ちる前に足は自室へと向いた。


 



 太陽が目覚め、街に活動を促している頃。レーベンは、持ってきた剣を椅子に立て掛け、シャツ一枚と普段着のズボンで小さな店のテラスに座っていた。

 鎧戸が閉まっていた街はどこにもない。今日は別世界に迷い込んだと思うくらい賑やかだ。

 温かい日差しが遮られ、影ができる。顔を上げれば、焼き目のない粉が付いた白いパンとスープにサラダを持った白髪混じりの女の獣人がいた。

 角は丸く、その下から生えている耳が数回弾くように動く。


「お兄さんよく見たら、顔色が悪いね。いやだよー、朝からそんな顔見たくないよっ! しっかりしな!」


 レーベンは置かれていく朝食を見ながら、苦笑を漏らした。


「ちょっと眠れなかったので」

「なんだい。考えごとかい?」

「まあ、そんなところですね」

「好きな子に告白なら聞いてやるけど?」


 ペーパーの上にフォークや、スプーンが置かれていく。


「そういうのじゃないので」

「なんだい、つまらないね」


 テラスの横を何人もの子供達が賑やかな声を上げて走り抜けていく。獣人の子供と人間の子供達だ。

 

「昨日と街の雰囲気違いますね」


 女の手が止まった。


「あんた、ここの住人じゃないのかい? なぜ? 何しに? それにこれ、剣だろ? 王都の騎士団かい?」


 女の耳が角の下で何度も何度も忙しそうに動く。女は距離を取り始めた。


「父が昔、この街を一度訪れるべきだと言っていたんですよ」


 レーベンは嘘をついた。女は再び近寄ってくる。


「それは昔の話だよ。エディビリスはね、食の街って言うくらい食べ物がうまいって有名だったんだ。この店にもたくさん人が来ていたよ。懐かしいね。お父さんはその時に来たんだね」

「じゃあ、この朝食は期待していいですね」

「当たり前だよ! パンは最高にうまいから味わって食べな! 疲れも吹き飛ぶよ!」


 豪快に笑って、肩を叩かれた。


「だけど、悪いことは言わない。早めに帰んな?」

「なぜです?」

「悪い奴が人間をとっ捕まえに来るからさ」


 悪い奴とは誰だ。頭にアマーレの顔が浮かぶ。

 

「それって誰です?」

「言ったら私が消されちまうよ。でも、本当に早く帰んな……ここで遊んでないで王都でしっかり働きな」

「分かりました。まあ、せっかく来たので散策して行きますけどね」

「そうかい。気をつけてね」


 女は、尻尾をゆらりと振って「ごゆっくり」と言って店内へ戻って行く。

 パンをひとかじりする。もっちりと柔らかくほんのり甘い。割ってみると中にチーズが入っていた。


「うまい」


 屋敷で食べた朝食は、焼き目がついた少し硬いパンに腸詰肉と卵とコーンスープだった。

 ここの景色はいい。本を片手にずっと座っていたいくらいだ。それに比べて屋敷の食堂は、アマーレは相変わらず一人舞台のように口が止まらないし、ルストは相変わらず機嫌が悪く視線が重ならない。

 食欲が湧かず、コーンスープしか飲めなかった。そのせいで今は、腹の虫が騒いでしょうがない。

 レーベンは生欠伸を漏らす。


「あの絵画、帰ったら切ってやろうかな」


 部屋に飾られた絵画。気味が悪くてしょうがない。しゃがんでも、左や右へ行っても描かれた獣人と目が合うのだ。

 しかも時折、監視されているような感覚になる。最初に感じた魂が宿るような。

 だが、気持ち悪くて近寄ることができなかった。

 レーベンは食べる手を止めて、周囲を見渡す。ルストの姿が街に来てから見えない。向こうも私服だからだろうか。


「どこ行ったんだか」


 ルストは、ここに来る前に不思議なこと言っていた。


「ちょっと外から歩いて中に入りたいんやけど。街に入る手前で降ろして欲しいねん」


 マルスも怪訝な表情をしていた。

 それに、この街に来てからのルストの言葉を思い出す。

 

「俺、一人がいいねん。ほな、ここから別行動やで」

「ギフト、大丈夫なのかよ」

「平気や。この任務を早う終わらせれば、別のバディと組めるんやから。そいつに渡すわ」


 手を軽く振ってあっという間に姿をくらましてしまった。

 小さな苛立ちが込み上げてくる。

 心配するのも馬鹿馬鹿しくなって、腹が減ったから開いていたこの店に入った。

 ぐさり、と葉物野菜をフォークで刺す。

 人が顔色を窺いながら訊いてやったのに。それにこっちのことも考えろよ。

 獣鬼はいない、とアマーレは言っていたが突然出現するかもしれない。もしそうなった時、市民と共に逃げるだけの奴を置いて行ったのだ。


「ギフト寄越せよ」


 口の中にみずみずしい葉物野菜を突っ込んでいく。


「……まあ、のんきに朝食を食べられるくらいだから平気か」


 レーベンは再びパンをちぎって口に含み、ポケットからメモを出して、気になったことを書き記していく。


 悪い奴?

 消えた人間は、今どこに。

 なぜ領主は動かない?


 前のページを捲る。


 鍵のかかる部屋。

 絵画。

 メイド。

 気色悪い領主と執事。

 庭。

 

 レーベンは、ページを戻して「悪い奴=領主?」と書き入れて丸印を残してメモを閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ