第7話 一人舞台
あの後、マルスに声をかけられた。
共に食堂に行けば、長テーブルの末端にルストがすでに座っていた。その前の席に促され腰を下ろす。奥のほうで一際大きな椅子がある。アレはきっと領主のものだろう。
前を向いてルストを見るが、あのやり取りの後だ。目を合わせる気がないらしい。
扉が開く。入って来たのは小さな三角耳を生やした獣人。貴族の礼服を身に纏い、長い尻尾が優雅に揺れている。
「初めまして。今日は出迎えが出来なくて申し訳なかったね。私はアマーレ・プラエダートル。数日滞在するのだろう? 歓迎するよ」
部屋にあった絵画とアマーレの姿が重なる。自らを模してアレを描かせたとしたら。背筋に冷たくて気持ち悪い空気が抜けていく。
大きな椅子に腰をかけたアマーレは、手を叩く。入って来たのは姿が見えなかった人間のメイド達だった。
「きっしょ。王様ごっこしとんのか」
ルストの小さな呟きが耳に入ってくる。レーベンも同意だった。
こんな王宮よりも小さな屋敷の中で、一国の王のような振る舞い。メイドにワインを注がれ、足を組みながら笑っていた。
実家のメイド達は良く笑っていた。だが、ここのメイド達は、生きているのか死んでいるのか。目に生気がない。何かを諦めているようだった。
「君はレーベンと言ったかな? 同じ男爵なんだって?」
「ええ、まあ。次男ですがね」
「いいね! 自由に生きていけるじゃないか」
グラスに入ったワインを掲げてきた。アマーレは、一人で舞台にでも立っているかのようだ。
「そして、ルストだっけ? 君はどうやら平民だね? 仕草がレーベンと違う。少しガサツだ。貴族はそんな風に座らないよ」
「そんで俺が貴族やったらどーするん?」
おい、とルストの口の利き方を注意する。アマーレは「構わない」と笑った。
「大丈夫だよ。だって君は平民だ。その訛った口調は、北の方の村と一緒だよね? それに胸元にあるネックレス。それは、数年前に王都の市場で流行った安物だ。それを未だに付けている。恋人からかな? いや、違うね。あー、もしかして誰かの遺品?」
「ええ加減にせぇよ。何がしたいん?」
テーブルの上に手を叩き付けたルストに、アマーレの背後にいるメイド達が「ひっ」と声を漏らす。
ルストは、手が痛くないのだろうか。相当な力だったのだろう。目の前にあったコップの中の水が波を打っていた。
それよりもアマーレはなぜ、ルストがネックレスをしていることを知っているのだろう。騎士団の宿舎で同室のこともあり、知っているのは自分くらいだ。
それに遺品ってなんだ。元バディの物なのだろうか。自分には持てなかった物を持っていて、羨ましく思えた。
「ああ、ごめんよ? 悪気はないんだ。ついつい平民だと分かると色々言いたくなってしまうんだよ。昔から気をつけろって言われていたのに。しょうがないね、私の口は正直者だから」
街といい、この屋敷といい、領主といい。獣鬼以前の問題だ。
「あの、あまりルストをいじめないで下さい。平民だとしても立派に騎士団で獣鬼を討伐しているんです。話は変わりますが、単刀直入に聞きます。この街に獣鬼はいるんですか?」
「いないよ」
にっこり笑ったアマーレは、組んだ手の上に顎を乗せた。
「いるわけないよ。この街は幸せものなんだから」
「では、なぜ」
「ここに泊まらせてくれるのか聞きたいのかな? だって、わざわざ調査しに来てくれる騎士団の方をちゃんとおもてなし出来ないのは申し訳ないことだよね? ママが生前、言っていたんだよ。騎士団は必ず屋敷に泊めなさいって」
ママって言ったか? この男は幾つだ。四十はいっているだろうか。
「きっしょ。なんやあいつ」
ルストが再び、小さく毒づく。
確実なのは、自分達より年齢は上だ。一人舞台をやっているくせに、上から吊り上げられた人形のようだ。
ノックが部屋に響き、扉が開く。
マルスがメイドと共に入って来た。先ほど焼いていた肉料理などがテーブルに並べられていく。
「ああ、マルス。今日も素敵な焼き加減だ。ありがとう。お前は本当に優秀だよ。勿体なくて食べられない。そうだ、またあとで特別報酬をあげるよ」
「ありがとうございます」
目の前に置かれた肉は赤みが残る焼き方をされ美味しそうなのに、食欲が湧かなかった。なぜか、手をつけたくない。
「あの、お飲み物」
一人のメイドが近寄って来て、グラスにワインを注ごうとしてくれる。
「あ、いや酒は」
メイドは「あっ!」と言って肉に向かってワインをこぼす。
肉の表面に当たったワインは弾けるように周囲を汚す。血飛沫を連想させた。団服にも、顔にも飛んだようだ。
口端に飛んだワインを舐め取ると渋い葡萄の味が舌先を麻痺させた。
「も、申し訳ありません!」
マルスが「なんてことを!」と叫ぶ。メイドが震える手で団服を拭いていく。
「大丈夫。貴方は大丈夫?」
声をかければ、メイドの目に生気が宿る。
「た、たすけて……お願い」
蚊の鳴くような小さな声だった。
「マルス、そのメイドを外に出しなさい」
「はい」
マルスに腕を掴まれて食堂から出されていくメイドは、最後までこちらを縋るように見つめていた。
「申し訳ないね。しっかり仕置きをしておくよ」
下げられた肉料理に、どこか安心を覚えた。
「いえ、反省もしているようでしたし。誰にも間違いはありますよね? お仕置きなんてしないであげてくださいね」
「分かった。君に免じてお仕置きはやめておくよ。そうだよね。誰にも間違いはある」
なぜか、蕩けるような眼差しを向けてきた。
「君は、メインディッシュかと思ったけど、デザートのように極上の甘さも持ち合わせているんだね」
「はあ、そうですか」
一刻も早く調査を終わらせて、この屋敷から出ていった方が良さそうだ。
スープとパンに手をつけていく。
ルストも同じことを思っているだろうか。ちらりと前を確認すると、同じように肉には手をつけていなかった。
「明日は、街へ行くのかな?」
「ええ。もし本当に街の方に獣鬼が出ていたら危険なので」
「はは、本当に獣鬼はいないけどね」
「もしそうであれば、明日にはここを発ちます」
「え、それは早すぎるよ」
ガタッ、と席を立ったアマーレは小さな三角耳を垂らす。
獣鬼がいなければもう、ここには用がない。ここの屋敷の異常性などは、自分達が出る幕がない。
「俺達は、獣鬼を倒すのが専門なんや。あんたがいてくれって思っても、次の任務に行かんと」
「……そうか。そうなのか。なら、しょうがないか」
ルストの言葉に椅子に座ったアマーレは静かに肉を口に運ぶ。どうやら舞台の幕は閉じたようだ。
ワインをこぼしたメイドの「助けて」という言葉。何か問題があるのは確かだ。
レーベンは、丸いトマトにフォークを刺す。僅かに漏れ出た汁を垂らさないように口に含んで、歯を立てた。




