第39話 絶望の心理
「は? いやだね」
ヴィントのその言葉にレーベンの口端はピクリ、と引き攣った。
広間には昨日と同じ獣人達。こちらを睨みつけてコソコソと話をしている者、鼻で笑う者、様々だ。
こいつらどうしようもないな。
拳を握れば自分の前に出たのはルストだった。
「俺達な、二人とも前のバディの面影を抱えながらバディ組んでんのや」
ふーん、と呟くヴィントの耳が弾くように動く。流し見るように自分を一瞥し、ルストに視線をもどしていった。
「アモルっていう奴、ここに来たことあったやろ」
「ああ、あの甘ちゃんの優男か」
ルストの言葉に眉毛を動かしたヴィントは小さく頷く。
本当にあいつはここに一人で来てルストと話をしたのか。右手の薬指にはめられている指輪を撫でる。
「レーベンは、そいつのバディや」
大きく見開かれたヴィントの瞳が射抜いてくる。
「あいつ、結局、ギフト渡せずに死んだのか」
そのヴィントが漏らした言葉によって驚きの声と共に他の獣人からの視線も重たく苦しいものに変わっていく。
アモルを失ってから「獣人殺し」というあだ名でこちらを呼んでいた奴らのような視線。怒り、憎悪、悲しみ。
「それはあいつが選択した結果や。無理矢理ギフトを渡すのを嫌がったんやから、しゃーないやろ」
ルストの言葉に自分の胸元を握りしめる。
「ヴィント、俺……こいつと組んで良かったんよ。確かにバカで真面目で危なっかしい奴やけど」
バカと真面目の他に、危なっかしいが追加されたのか。
思わずふっ、と笑ってしまう。
体の力が抜けていく。
「守りたいって思える奴なんよ」
「で、それでなぜネックレスを返して欲しいに繋がるんだ?」
ヴィントの拳が開かれ、指で挟まれた銀のネックレスが太陽の光を反射しながら揺れ動く。
「フラーテルはネックレスに最期の願いを込めてくれたんよ。次のバディを大事にしろ、守れって。それって契約やろ? ってレーベンが教えてくれたんや。俺はまだその願いを守ってる最中なんよ」
はあ、と大きなため息をついたヴィントが腰を上げる。思わずルストの横に立つがヴィントの表情を見て、その必要がないと胸を撫で下ろした。
「もう十分だ。これはお前にとって、まだ必要ってことなんだな。捨てねえで持ってて良かったぜ。お前、フラーテルを完全に忘れたわけじゃねえんだな」
ルストの手を取ったヴィントがネックレスをそっと返していたからだ。
あんなにガラが悪そうだったのにまるで毒気でも抜けたような顔をしている。
それが波紋を描くように周囲にいた獣人の雰囲気も和らぐ。
ルストは嬉しそうに尻尾を振り、ネックレスを胸元に抱きしめてこちらを見て笑う。
「良かったな」
「レーベン、あんがと」
悪かったな、とヴィントが手を差し伸べて来た。握手を交わす。ルスト同様に人を騙す演技が上手いのかもしれない。
「俺、もう一回、新しいバディ持ってみたくなったな。ここでちまちまギフト消費して獣鬼になるかもしれねえってびびりながら生活するよりもいいだろうし」
体を伸ばしたヴィントは歯を見せて笑う。
「お前ら見てると過去を引っ提げたまま、バディ持ってもいいんだなって思えたよ」
「その方がええ」
ルストがヴィントに向けて拳で包んだネックレスを見せる。
「抱えとってもいいんや。だって、最高のバディやったってことは変わらん」
それに、とルストが急に腕を掴んできた。
「こいつ見たいな、ええバディに出会えるかもしれんし」
ええバディ。
レーベンの口端が上がる。
「お前ら恋人みてえだな。付き合ってんのか?」
ヴィントの言葉にレーベンはすぐさま「違う!」と答えた。
「なんだ、変な距離感だな」
「俺達は俺達のバディの形しとんのや」
腕から手を離したと思えば、今度は肩を組んできた。
こいつ、嬉しいのは分かるが調子乗ってやがる。
ルストの腕を抜け出すと広場の一角でざわめきが起こった。
「だめだ! 耐えろ!」
「む、無理だっ」
「イテル、だめだっ!」
イテルと呼ばれる獣人の足元から黒い炎が現れていた。ギフトが満杯になり獣鬼化が始まったのだろう。
「レーベン、下がっとき」
「ルスト、もしノイ達が来なかったら」
「分かっとる、俺達でやるんよ」
他の獣人達も距離を空け、腰に下げられている剣に手をかけ始めている。
黒い炎が全てを飲み込んだ、と思ったのだが、まだ一部飲み込まれていない部分があった。
イテルと目が合う。
「た、助けて」
その言葉は自分に向けられているのだろう。こちらに近づいてくる。
「なんやあれ」
ルストの呟きが聞こえてきた。
自分も始めて見た。黒い炎が途中で止まっているのだ。まるでまだ間に合うと言っているよう。
「お前のバディ、貸してくれ!」
イテルの友人だろうか、ルストの前に来て頭を下げ始めた。
「なに、言っとんのや」
「あいつに噛ませて、そいつにギフト吸ってもらうんだよ! 早く貸せって」
貸せって、人を物のように扱いやがって。
ルストの手が下がれ、と払うように動かされる。
レーベンはルストから距離を取るようにかなり後ろに下がった。しかし、背中に壁のような物がぶつかる。ここは広場だ。壁なんてなかった。そう、壁なんてない。
レーベンは振り返る。
「よお、悪いな」
他の獣人達がなぜか背後にいた。
さっきまで戦おうとして剣に手をかけていた獣人達はもういない。
「イテルは優しい奴なんだ。頼む、助けてやってくれ」
何を言っているんだ、こいつらは。
前回の任務で骨折している右腕は動かせない、というよりすでに掴まれて痛みが襲ってきていた。どうやら逃すつもりはないらしい。
「おい! てめえらやめろ!」
ヴィントの静止する声が虚しく広場に響く。
「レーベン、逃げや!」
何人もの獣人に抑え込まれながら、ルストは声を張り上げ、体はこちらに向かおうと必死のようだった。
「動くなよ。腕、痛いだろ?」
右腕を掴んでいる獣人は、指先に力を込める。
「いっ……」
「本当に悪いと思ってはいるんだ」
思わず歯が剥き出しになるような痛さに、額から汗が滲む。
「イテルのためなんだ」
そう言いながら団服の首元のホックが外し、中に着ていたシャツのボタンも外されていく。
「レーベン、逃げや! 何しとんのや!」
腕が痛くて逃げられないんだよ。見れば分かるだろ。
少しでも腕を動かせばバカみたいに強く握る獣人の指に力が込められてしまい振り払うこともできない。
冷たい外気が肌を撫で、過去に噛まれたルストとアマーレの噛み跡が残っている首元が晒されたのが嫌でも理解してしまう。
「おい、こいつ噛まれたことあるみたいだぞ」
「なら平気だな!」
ふっざけんな。人間を物のように扱いやがって。そんなんだから自分のバディ死んだんじゃないのか!?
大きく息を吸ったレーベンは右腕を掴んでいる獣人を睨みつける。
「平気なわけあるか! 俺は助けないぞ!」
「頼むよ、あいつのギフト吸ってくれよ!」
吸うって? 確か禁止事項って門の前でノイが言っていたことか。
こちらに向かって来るイテルはまだ獣鬼になっていない。いや、なりかけというべきか。
本当にこんなことがあるのか。それにそれを助けることが出来る手段もあると?
レーベンの頭の中に訓練場で黒い炎に包まれていくアモルの姿が過ぎる。
未だにどう吸うのは理解はできないが、黒い炎が消えたアモルが微笑む姿を想像する。
「助かったって、いうのか……?」
目の前で足を止めたイテルが涙を流し、こちらを見下ろしていた。
「た、頼む。助けてくれ」
レーベンは引き攣るように息を飲んだ。




