第38話 居場所
「んで、その後はフラーテルの墓教えてもらって、ネックレスももらって……んで、前に教えた通りそのまんまここに帰って来たんよ」
レーベンは眉間を指で摘む。
もういらないと言っていたが、今の話を聞いてなぜ手放せるのか理解できなかった。
自分以外が聞いたとしても同様の感想だろう。簡単に手放せる遺品ではない。
右手の薬指に嵌められているアモルの指輪を見下ろす。自分だったら剣を向けてでも奪い返しに行く気がした。
「なんや、泣いとるんか?」
ソファから起きたルストの両足の間に挟まれる。
ルストが動く度に鼻を突き抜けるような爽やかな匂い。フラーテルがルストと共にいようと決意した香り。
レーベンは我慢した涙が鼻腔を伝って出て来ようとするのを啜って遮る。
「泣いてない」
「なんやつまらーん」
もちろん、涙腺は刺激された。アモルを自分のせいで亡くしてしまっているからこそ、理解できる。
平気そうな声色で話をしているが、一番辛いのはルストのはずだ。
つい先日まで、ルストがフラーテルの最期を看取ったクピディタスに行って来たばかり。向こうで見た子供のような表情を未だに忘れることができない。
レーベンはソファにもたれかかり、顔を上げる。
「なあ、ルスト」
ん? と首を傾げ見下ろしてくるルストの頭で耳が弾くように動く。
「ネックレス、取り返しに行こう」
困ったように眉を下げるルストはへらり、と笑う。
「……もう、いらん言うたよ?」
嘘つけ。
頭の上にある両耳は垂れ下げているくせに、平然とよく言えたものだ。
「お前が行かないなら、俺一人で明日、取り返しに行くからな」
「えー」
「なんだ、あいつが苦手なのか? 貴族以外にも苦手な奴いるんだな」
ソファに倒れたルストは顔を伏せ何かを呟く。
「なんだって?」
「だーかーらー、苦手とかちゃうねん。ただ、ヴィントのいう通りやって思ったんや」
なぜ?
ルストが元バディの形見を持っていて何が悪い。
「意味が分からないな」
「それはレーベンがアホやからやろ」
「今の状況考えろ。バカでアホなのはお前だ、ルスト」
「なんでや! おかしいやろ!?」
起き上がるルストの胸元に指を指す。
「お前はフラーテルが最後の願いを放棄するのか? あのネックレスも契約みたいなもんだろ」
「……けい、やく」
「そうだろ? バディ大事にしろ、守れって。違うのか? 俺にはそう聞こえたけどな」
なんやって、とルストは小さく呟き、大きく見開かれた琥珀色の瞳が揺らいでいる。
立ち上がったレーベンは再び指輪に視線を落とす。
ルストに言いながら、自分にも託された願いがあった気がしたからだ。
——生きて。
頭の中に声が過っていく。アモルが自分の為にルストに託した指輪。
重い。アモルらしいと言えばらしい願いだ。
そっ、と床と睨み合いをしているようなルストの背中を一瞥する。
「……放棄、するのか?」
その問いに返ってきたのは「いやや」と少し掠れた震えた声だった。
「泣いているのか?」
「……泣いとらん。自分が情けなくなったんや」
僅かに震える背中にレーベンは、ため息をつく。
焦茶色の髪と耳の間に手を入れ強く撫でてやる。時折、触れる耳の毛は柔らかく気持ちが良かった。
「明日、取り返しに行こうな」
「……ほんまに捨てられてたらどなんしよ」
呟かれたルストの言葉にいい答えは見つからない。レーベンは絶対に大丈夫だ、なんて言葉言えなかった。手元に確実に戻ってくるとは分からないからだ。
さて、どうしたものか。
とりあえず縮こまったルストの背中を一発軽く叩いた。
日が高くなった翌日、レーベン達は寄宿舎の門の前に来ていた。
出入り口は、外と中を完全に遮断するかのように重厚感のある漆黒の門。
それを囲む木々は砦のようだ。
「あら~、また来たの? 大変ね。任務だものね。昨日はよく眠れたかしら?」
その前にいるのは同じ部隊の仲間のバディだ。白と黒の髪に大きな三角耳に黒い尻尾を持ったグラウ。
「それも我ら獣鬼特別部隊の騎士団としての仕事だ。頑張れ」
まるで夕日のような髪色に凛々しい眉。白い歯を見せて来るのはグラウのバディであるノイだ。
昨日初めて会い、仲良くはなったが、グラウの口調には慣れない。男前な顔立ちをしているから尚更そう思うのだろう。
「じゃーあ、またアレお願いできるかしら?」
にっこりと口元に弧を描く。だが、黒い瞳は真っ直ぐとこちらを見つめてくる。ここの門番をしているだけあって、さすがというべきか。その眼差しだけでこちらの背筋がピンと張るのだ。
「私、レーベン・ラヴィーネは如何なる時も寄宿舎の中にいる獣人を助けてはならないとここに誓う」
パチン、と両手を合わせたグラウは人差し指を頬に当てながら微笑む。
「はい、よろしい。獣鬼になりかけた子でも助けちゃだめよ? 加減分かってないから殺されちゃうかも」
ガブーって、と言いながらグラウは白く鋭い牙を見せつけてくる。自分はギフトがなければ獣鬼に勝てない人間だ。
身を引き締めるように自分の拳を握る。
「昨日言っていた人間側が意図的に噛ませてギフトを自分から吸う行為なんて、本当に存在するのか?」
横にいるルストも「俺も知らんかったわ」と言っていた。
「未だに信じられないし、理解もできない。ギフトを流すのは獣人だろ?」
自分の問いにグラウが片手で軽く空を切る。
「それができるのよぉ! もちろん、その反対も……ね、ノイちゃん」
「ああ、今はもう禁止事項になっているがな」
ノイはそう言いながら腕を組む。
反対も?
枯渇しかけたら助けられるっていうことか?
よく分からないな。
「まあ、兎も角、必ず守ってくれ。過去に死人も出しているからな」
わかった、と頷けば重たい音が辺りを響かせる。
「レーベン、俺以外にギフト貰ったらダメやで?」
ルストがそう言いながら肩に当たってくる。それを押し返す。
「分かっている。俺はお前のバディだからな」
それにかわした契約の一つだ。
足を踏み入れれば背後で大きな音を立てて、門が閉まった。
「気をつけて行ってくるのよ~。また巡回時に会いましょう」
グラウとノイに手を振り、前を見据える。
「先に取り返しに行くぞ」
レーベンはヴィントのいるかもしれない広場へと足を向けた。




