第36話 フラーテル編 3 ルスト視点
それからまた二年が過ぎた頃。
フラーテルと共に何体もの獣鬼を倒し見送ってきた。
「クピディタス? 俺の実家の近くやんけ」
次の任務地だ、と食堂で好物である稲荷を食べているとフラーテルが声を掛けてきた。
「へー、そんなに近いのか?」
「すんごい近いで。デシデリウム村言うて、街からすぐやねん」
フラーテルの手が頭に置かれる。
「じゃあ……里帰りするか? 一緒に」
「ええの?」
「当たり前だろ? お宅の息子さんはすれていたけど、こんなに立派な男になりました! 俺が育てましたーって言わねえと」
「なんやって!? フラーテル、お前に育てられた記憶はないんやけど!?」
豪快に笑ったフラーテルの手が数回頭の上で跳ねる。そのまま当たり前のように稲荷を一つ奪われて口に含まれていく。「うめえ」と呟く声に眉間に皺が寄った。
「俺がお前の世話しとんのや!」
「あー、だから、立派な男になったんだな。はー、俺はなんて最高の仕事をしてしまったんだ」
このおっさんは自分を舐めているのだろうか。
昨日も酔い潰れてふらふらしていたフラーテルを助けたのはルストだった。
ほんま最低な奴や、と再びスッと伸びてきたフラーテルの手を叩く。「あいた」と言って、行き場を失ったその手は自分の頭の上に戻ってきた。
「お前の母ちゃん会うの楽しみだわあ。これからもよろしくお願いしますって言わないとな」
ニカッと歯を見せて笑うフラーテルにルストも口を緩ませた。
そういえば、最近言わなくなった言葉がある。
——俺はダメダメのおっさんだから、次のバディはいい奴と組め。
やっと自分と最後まで組むと腹を括ったのだろうか。そうだったらどれほど嬉しいことか。
「飯食ったらさっそく行っちまうか。調査だけだしな。とっとと終わらせるぞ」
頭から手が離れていく。重さがなくなりどこか物足りなさを感じてしまう。
「……また汽車乗るんか? あれ尻痛いねんけど」
「おいおい、なんつー贅沢言ってんだよ。何年か前は汽車はまだできていなくて徒歩とかで任務行ったんだぞ?」
「遠いところも?」
そうだ、とフラーテルが頷く。
いやいや、待てと思考がこんがらがる。この騎士団に入った時期はフラーテルとほぼ一緒だったからだ。なぜ、前からいたような口振りなのだろうか。
「お前、分っかりやすいなあ。団長から聞いたんだよ、団長に。酒飲みながらな」
子供扱いするかのように再び頭を撫でられ、流れるように稲荷がフラーテルの口に消えていく。
「あ!? また!」
逃げるかのようにフラーテルは離れ、稲荷の汁が付いたのか人差し指と親指を交互に舐め取りながら「じゃーなー」と食堂から出て行ってしまった。
過去に「年の離れた弟みたいだ」と言われたことがあるが、同じくおっさんは「歳の離れた兄のよう」だった。
「……兄、か」
背後で自分の尻尾がバッサバッサ揺れている音を聞きながら、減ってしまった残りの稲荷を口に含んだ。
食事を終え、汽車で揺られながら着いた場所は獣鬼などいない雰囲気だった。
駅から来た人をもてなすような飾り付け。道を歩く人々は笑い、足取りが軽そうだ。
「クピディタスってこんな雰囲気やったんか」
「すごい賑やかだな」
それに「獣鬼特別討伐部隊」のエンブレムが付いているのに、この街の住人は嫌な顔一つしない。現に領主の屋敷まで案内してくれた。
「いやや、中には行かん」
「へいへい」
門番が開けてくれた屋敷へフラーテルは向かう。その背中をルストは門の外で見守る。
貴族とどう話せばいいのか、まだ良く分からない。ここはフラーテルに甘えるしかないところだ。
大きな扉が開くと身だしなみをしっかりした男が見えた気がした。
あれ領主なのだろうか。高そうな服を着ていた。
ルストは足先で地面に転がっている石をいじる。ゴホン、と門番の咳払いが聞こえ、なんやと顔を上げると屋敷の扉が閉まった。
「たっだいまあー」
へらり、と笑って駆け寄ってくるフラーテルはいつも以上に足取りが軽そうだった。
「えらいご機嫌やん」
「いやさ、美味い菓子がある店を教えて貰ったんだよ」
「え、菓子好きやったん?」
「甘いのは苦手だけどな」
「意味わからんのやけど」
いいから、行くぞと腕を引かれ連れて行かれたのは駅近くにあった小さな店だった。
だが見た目は安っぽくなく、むしろ貴族が常連客として足を運びそうな店構えだ。
「なんか、いややわ」
別に貴族は嫌いではないが、ギフト持ちっていうこともあるのかもしれない。色々言われるのが怖くなっていた。
そんな気持ちを知っているのか、いないのか。フラーテルはしっかりとこちらの腕を握ったままだ。
店内に入ると甘い匂いの中にどこか鼻を突き抜けるような爽やかな香り。陳列された何種類もの飴玉にすでに見た目からして高そうな菓子。壁の一角には目を引くようなかっこいい入れ物に入った香水。それに可愛らしい入れ物もある。
男女が楽しめる店のようだ。
だが、慣れていない獣人にとって少し過酷かもしれない。もうすでに鼻が曲がりそうなのだ。
「見てみろ、ルスト。これお前のギフトの色に似てんじゃねえか」
透明な箱に入れられている緑色の包み紙に包まれた幾つもの飴。一つ手に取り匂いを嗅ぐフラーテルは「いい香りだ」と頷く。
「こういうの欲しかったんだよ」
フラーテルの手の中の飴に鼻を近づける。鼻を突き抜けるような爽やかな香り。甘い飴ではなさそうだ。
いつの間にか手を離され、自由に歩き回るフラーテルのカゴの中は緑で染まっていた。
「え、こんなに買ってどないすんねん」
「いやー、そろそろ酒飲むのやめようと思ってよ」
「え?」
振り返ったフラーテルに腕の付け根を軽く叩かれる。
「お前とちゃんと引退するまでバディ組んでやろうかなって思ってな」
目の前が彩り豊かになる。どれもこれも輝いて見え、瞬きが止まらない。
「そうそう、そんな可愛い弟みたいなお前をもっと見たいんだ」
頭を撫でて欲しい。
そう思えば分かっているぞ、と言わんばかりに頭をわしゃわしゃ撫でられ口元の緩みが止まらない。
「明日、実家行くの楽しみや」
「ああ、そうだな」
そこで「お兄」か「兄貴」って呼んで驚かせてやろう。やめろ、お前らしくない、とか言われるかもしれない。
それでいい。
フラーテルはもう、自分の家族のようなものなのだ。
ルストは緩み切った口元を拳で隠した。




