第35話 フラーテル編 2 ルスト視点
なぜ、自分はこんなことをしているのかルストには理解できなかった。
ピンクの世界。奇抜な服を着た獣人や人間の女が「お兄さーん」と声をかけてくるのだ。
「おねいちゃん達~! 今行くよぉ!」
肩に腕を回させ、まともに歩けないフラーテル。それを一生懸命に助けているのに平気で女に手を振りヘラヘラ笑っている姿。ふつふつと湧き上がった怒りで血管がこめかみをヒクヒクと痙攣させる。
「行かんわ! アホか!」
「お前、イケメンだし、一緒に行こうぜぇ~」
ほんまふざけとんのか。このまま落として帰ったろうかな。
ルストはため息をつき、強引にフラーテルを歩かせる。
「もうお前、二十歳なんだから少し遊んでいいんだぞ~? いつ死ぬか分かんねぇんだし」
初めてこのおっさんと会ってからもう二年。
獣鬼も何体倒したか、もう数えていない。そして、この酒癖と女癖の悪いおっさんをここに迎えに来るのも、もう数えていない。
「……次のバディは大事にしろよ?」
「何言っとんのや。お前、まだ死んどらんやろ」
「そう、だったな」
迎えに行く度に言われる言葉。過去になんでこんなに酒を飲むんだ、とキレ散らかした時、店の女がフラーテルを助けるように言っていた話がある。
「この人、獣鬼に奥さんと子供を殺されているの」
いつ死んでもおかしくないこの騎士団に自ら入ったことを聞かされ、自分の頭に浮かんだ一言目は「やっぱり頭がおかしいおっさん」だった。
獣鬼の予備軍とされている自分とバディをしているのだ。
「まだ逝かせんよ」
「……そんなにひょろっこいのに?」
「そやで」
「剣も下手くそなのに?」
「そやで……って言い過ぎやろ!」
その途端、声を上げて笑うフラーテルに肩を抱き寄せられ頭を撫でられた。
「お前、ほんっとうに可愛いな。年の離れた弟みたいだ」
弟いねえけどな、とフラーテルが笑う。
いや、いないんか。
おっさんはムカつくし、うざいし、臭い。だが、嫌いではなかった。
ルストは豪快に撫でられる手に口元を緩ませた。
「でもさ、お前にはもっといいバディが付くべきだ。俺はダメダメなおっさんなんでな」
あー、酔いが覚めてきたと言ってフラーテルは自分の足で歩き始める。
足元はまだ覚束ないがさっきよりは全然マシだ。
「おっさんは捨てても殺しても帰って来そうやな」
「言うねえ……お前は男として出来損ないだし、まだ一人にできねえ。俺が化けて帰って来ることがあったらその時は、お前のせいだってことだな」
へらり、と笑った顔をこちらに向けて来る。
一人にすることが出来ないと言っているのに、次のバディを推してくるのだ。
フラーテルはやっぱアホだと思った。
「あと数年は、もう少しお前をいい男に育てて、そんで引退して酒と女に囲まれながらゆっくり過ごすかな」
獣鬼を倒すという目標は、フラーテルの中で達成されたのだろうか。奥さんと子供の仇はもういいのだろうか。
自分がフラーテルの目標になり変わっていいのだろうか。
「ずっと一緒でもええんやで?」
「お前は俺とじゃだめだ。もっといいバディがいるはずだ」
ルストは足を止める。
「いいバディってなんや! おっさんと俺は違うんか!?」
振り返るフラーテルの表情は穏やかだった。
「さっきも言っただろ? 俺はダメダメのおっさんなんだよ」
確かにダメダメだ。
だが、自分にとってはかけがえのないバディ。フラーテルがいなくなることなんて想像がつかない。
「俺はあんた以外、いやや!」
はっ、と鼻で笑うフラーテルが頬を突いてくる。
「お前、俺のこと好きすぎるだろ。可愛いなぁ。なら、尚更、もっといいバディのところに行かないとな」
「んだよ、それ。意味がわからん!」
頬を突く手を振り払い、苛立ちを地面に落ち着けながらルストはフラーテルを置いて先に騎士団へと足早に帰って行った。
あれからフラーテルとは何も変わらない日々を過ごしていた。
喧嘩は日常茶飯事だからか、これといって劇的に変化することはない。
ルストは街の見回りをフラーテルと行っていた。
「いらっしゃーい! 今、人気のネックレスだよ! 子供や恋人、親友に家族、プレゼントに最適だよ~!」
足を止めるルストは目の前を歩くフラーテルに声をかける。
「ちょっと見たいもんがあるんやけど!」
「おー、見てこい。俺はそこらへんぶらついてるからよ」
ひらひらと手を振り、どんどん歩いて行くフラーテルに「相変わらずやな」とルストは笑う。
露店に並べられたネックレスを眺める。
デザインは様々な物があった。植物を模したものや女が好きそうなリボンや月の形。
「あのエンブレム、ギフト持った獣人じゃない?」
「予備軍だろ?」
「怖いわ」
コソコソと言われる言葉にルストは下唇を噛む。
こっちだってギフトが欲しくて得たわけじゃない。むしろない方が良かった。
こんな変なものがなければ今頃、村でゆったり過ごしていたのだから。
「あー、悪いんだが……ほら、これやるからとっととどっか行ってくんねえかな?」
渡されたのは銀のチェーンに同様の色の長方形の飾りをつけられた物だった。
「ほら、商売の邪魔だ。金はいいからよ、早くどっか行ってくれよ」
ただギフトを持っているだけだ。自分はまだ何もしていないのに。
ルストはキツく唇を結びポケットから金を出し、店前に叩きつける。
「……あんがと」
そう一言伝え、店主の手元を見ると震えていた。
そんなに怖いのだろう。
自分はそんなこと気にしない気がする。
いや、どうだろうか。村にいた時はギフト持った奴がいなかったのだ。だからそう思えたのかもしれない。
色々考え過ぎて背中に岩でも乗せられた気分だ。
はっ、とルストはそれを軽くするかのように鼻で笑う。
露店を離れ歩いているとさっき伝えられた通り、本当にそこら辺でぶらついていたようでフラーテルは呑気に串焼きの肉を食べていた。
「おー、ルスト! おかえり」
ヘラヘラと向けられる笑顔に荒んでいた胸が温かくなる。
傍にいけば「食うか?」と聞かれ、差し出して来たのでそのまま受け取り口に含む。
塩だけで味付けされているのか、肉の旨みと塩味がいい塩梅だ。
「フラーテル、これ受け取ってや」
ずい、と拳を前に突き出す。手を出してきたフラーテルの手にそれを落とした。
「なんだ、これ」
「……やる」
おお、と目をぱちくりしたフラーテルは微笑み、ネックレスを上に翳す。
「おっさんにこんなのプレゼントして~、こういうのはな、女の子にやるんだぞ?」
「うっさいわ、黙って付けとき」
「へいへい。まあ、ありがとよ」
銀色のネックレスが付けられ、団服の中に仕舞われていく。
ルストは温かくなる心が弾み緩む口元を必死に肉を咀嚼しながら隠した。




