第34話 フラーテル編 1 ルスト視点
「今日からお前のバディのフラーテルだ。よろしくな、ルスト」
ギフトという得体の知れないものが自分の体に出現し、家族と引き離され騎士団に連れて来られた。
心の整理がつかないまま、ヘラヘラ笑ったおっさんが「バディ」とか言い、手を出してきた。
「……顔がうるさいねん」
「へ!? 急にそんなこと言う? 若い子厳しいわあ!」
ルストは眉間に皺を寄せ、尻尾を小さく小刻みに揺らし始めた。
ウェーブかかった肩くらいの長い髪に髭のおっさん。それだけで結構うるさいのに喋ったらもっとうるさかったからだ。
フラーテルの手を取らず立ち上がる。
「ちょいちょい待ってって、おじさん泣いちゃうよ?」
「勝手に泣けや。ほんまうるさいねん」
こらこら、との白髪混じりのブラウンの髪にどこか安心を覚える「獣鬼特別部隊」団長の声。
後ろに控えている褐色の肌に丸い耳を持った獣人が団長に迷惑をかけるなよ、と言いたげな表情を向けてくる。
「ルスト、さっきも教えただろ? ギフトを持った獣人にはバディが必要だって。半月は他の獣人達に色々教わりながらフラーテルと過ごすんだよ? 分かった?」
んなこと知らん。いやや。家に帰りたいねん。
そう言いたいのに、団長の後ろにいる副団長と呼ばれていた獣人の圧に頷くしかなかった。
それから数日は他の獣人達にギフトの扱い方や人間に流す方法を学んだ。
「お互いが信頼し合わないと無理だからな? 獣鬼、知ってるだろ? アレになりたくなければバディとしっかりやれよ?」
めんどい体になったんやな。
話を聞いて、その一言が頭に浮かんだ。一生、ギフトという首筋に剣を突きつけられたままの生活。あの自由で平穏な日常は、自分にはもうないのだ。
「信頼を得るって難しいことだからな。頑張れよ」
そう言った三角耳に長い尻尾を揺らす先輩獣人に頭を撫でられたルストは視線を落とす。
信頼を得ることは難しいこと。確かにそうだ。
少し話をすれば信頼なんて簡単に得られるはずもんだとたかを括っていた。
現にルストはフラーテルにギフトを流せずにいる。
問題はおっさん側ではなく、自分かもしれない。
自分の中にあるギフトが満杯になりそうな気がする。焦りと恐怖が襲う。
どうしたものか、と部屋でベッドに腰をかけているとフラーテルがやって来た。
酒臭い。それに夕飯食べて、もう酒を飲んでいる。
頭おかしいちゃうんか?
ルストは眉間に皺を寄せ、団服の袖で鼻を覆った。
「お前さあ、そろそろ俺を信頼しねぇと獣鬼になっちまうぞ?」
「じゃあ、その手に持ってる物をやめろや」
「えー、これえ? やだあ」
酒瓶を片手にフラーテルはへらり、と笑う。
何考えているのか全く分からない。それにたまにする女物の香水。その匂いは毎回違い、鼻が曲がりそうなくらい臭い時がある。
きしょいし、不潔だ。
どこをどう信頼すればいいの分からなかった。
「焦ってんだろ? ギフト、満杯になりそうなんじゃねえの?」
声色が変わり近付いて来る。
「俺よお、獣鬼、嫌いなんだよ。だからお前が獣鬼になったらぶっ殺さなきゃいけねえし、早く任務にも出てえ」
酒瓶をテーブルに置き、フラーテルが腕を差し出してきた。
「噛め。ギフトの流し方と使い方は教わったんだろ?」
口元まで強引に持ってこられるが自分の牙で人間を傷つけるなんて無理だった。
今までそんなことやったこともないのだ。
オカンからは人間を傷つけたらあかん、とずっと教えられてきた。それを今、フラーテルは破れという。
そんなこと自分にはできない。
「無理や」
「そんなこと言っている場合か? もしそれで獣鬼に、なったら俺の責任でもあるんだぞ?」
「それでもいやや!」
噛むくらいだったら獣鬼になった方がマシだ。
大きなため息が聞こえ、顔を上げれば酒瓶を見つめているフラーテルの姿があった。
「あーもー……だりーなー」
フラーテルと視線がかち合う。
ヘラヘラと普段笑っているフラーテルの表情が冷たく、どこか重い。背中にぞくり、としたものが走った。
ルストは「いやや」と何度も首を振る。
今から何が起こるか分からない。だが、何か嫌だった。
「まあ、あれだ。緊急処置だ、諦めろ」
フラーテルは酒を煽り、中身を全部飲み干す。
ぷはー、と息を吐かれるとその強烈な匂いにくらりと目元が揺れる。
「……あー、めんどくせえ」
酒臭い匂いが鼻にまとわりつく。
胃の中がひっくり返ってしまいそうだ。
あかん、と思った。飲んでないのに酔ったのだ。
気持ち悪い。
「おーそのまま匂いで酔ってな? その方がこっちも楽だ」
そういうフラーテルの手から酒瓶が消え、音を立てて床に転がっていく。
ルストは真っ白の空間に立っていた。
「なんや、ここ。夢か?」
手を見下ろす。黒い炎が覆い、自分の尻尾と同じ焦茶色の毛がぶわりと生えていく。
「なんやこれ! いやや!」
目の前が暗くなる。
怖い。怖い。
なんやこれ。
暗闇の中に光が溢れ、顔が温かい。
目を開けばカーテンの隙間から太陽の光が差し込んで、自分を照らしていた。
手で目の前を隠す。自分の手は生えた毛もなく黒い炎もなかった。
夢やったんか。
それに——。
体の中にあるギフトの量が減っている。
「早くギフトを流せ」
ああ、と頭に過ぎるフラーテルの声に自分の腕で目元を隠す。
人間に迷惑かけたらあかんよ、とオカンに口酸っぱく言われてたのに、もう破ってしまった。
「バレたらオカンに怒られるわあ」
「なら、早く俺を信頼するんだな」
ルストはその声にバッと体を起こす。
「いつからおったん!?」
「いやいや、同じ部屋なんだからいるでしょ?」
へらり、と笑うフラーテルは普段と何も変わらない様子だった。
部屋着を身に纏い、部屋に備え付けられているソファから腰を上げてこちらに向かってくる。
「ギフト、どうだ? 楽になったか?」
「ああ、楽になったわ。ありがとう……ございます」
「はは、しおらしいお前は気持ち悪いな」
自分のベッドに腰をかけてきたフラーテルが再び本を読み始める。
何の本を読んでいるのだろう。中身を見てみたくなった。
「何だ? 気になるのか? お前も男だもんな。気になるよな?」
ほれ、と見せてきたものにルストの顔が真っ赤になる。
「な、な、な、なんてもん読んどるんや!」
「えー、口直し?」
小説の挿絵なのか、人間の男女の体が重なる絵が描いてあった。
ルストはフラーテルから本を奪い、床に叩きつける。
「お、お前がそんなんだから! 信頼できないんや!」
「えー……ルストにはちょっと刺激が強かったかあ。でももう十八だろ? 女の子とか口説いたことねえのか?」
「あるわけないやろ! アホか!」
「じゃあ、今度口説きに行こうぜ!」
親指を立てて笑うフラーテルの顔に枕を投げつける。
「行かんわ! ボケェ!」
その枕を手中に納めたフラーテルがベッドに投げ捨て、本を拾うと肩をポンポンと数回叩いてきた。
「まあ、それは置いといて……荒療治したくねえから早く信頼しろよ?」
「分かっとる!」
「頼んだぞ~。もう、あんなの二度とごめんだ……次はねえぞ」
「分かっとるいうとる!」
「じゃあ朝飯行って来る。お前も早く来いよ~」
手をひらひらと振って部屋を出ていくフラーテルの言葉に自分の腹の虫が声をあげる。
「……ってか、あいつ本置いてけや。人に見られたら恥ずかしい本やろ、バカなんか?」
ベッドから降りたルストは、洗面台に向かう。鏡に映った自分の顔の口元が緩み、笑っていた。
「頭おかしいあいつのせいやな」
蛇口を捻り、水を出し自分の手の中に水を溜めていった。




