第33話 迷う心
「だから嫌だってばぁぁぁぁ!」
泣き叫ぶ男の声にレーベンとルストは耳を塞ぐ。
「だー! うるさいねん! なんやこいつ」
クピディタスでの任務を終え、数日が経った頃。団長からまた一つ、面倒事を押し付けられていた。
「だって、怖いんだもーん!」
「もーん! ってなんや! この間まで貴族やった奴の言う言葉かそれ!」
小さな家でぎゃいぎゃい騒ぐもんじゃない。耳を塞ぎながら「ルストもうるさい!」と自分も声を上げて静かにさせる。
床で泣きべそをかいている三角耳に先端が丸いふさふさの尻尾の獣人——グーテ・マルダーフント元伯爵。
自分達が娼館で捕まえたギフト持ちの貴族だ。
団長の話によれば、屋敷から出されるグーテを誰も引き留める人はいなかったらしい。
ギフトを持っていることを知られたくなくて大金を払ってまで、娼館に行っていたのだ。仕方がないだろう。家族からどんな目で送り出され、この寄宿舎に放り込まれたのかなんて嫌でも想像がつく。
「グーテ元伯爵」
「もうやめてよぉ。グーテでいいからぁ」
金も権力も全て失ったせいか、初めて会った時とは大違いだ。
「では、グーテ。ここを出て、バディを組んだらどうだろうか?」
「無理無理無理無理。だって、下手したら死んじゃうんだろ?」
埒が明かない。
大きなため息をついたレーベンは「帰りたい」と呟く。
なぜこうも嫌がっているグーテを更生の見込みがあると判断して、この寄宿舎に入れたのだろう。団長は何がしたいのか。
余計な仕事を増やされて、まだ任務で外に出ていた方がマシだ。
「俺も疲れたわ。もう帰ろうやレーベン」
「そうだな。グーテ、また来るからな。獣鬼になるかバディを持つか、明日、俺達が来るまでに考えておけよ」
獣鬼、という言葉を出すとグーテは震えて自分の体を抱きしめる。
心は決まっているようなものなのに、どうしてこうも頑なに嫌がるのか。
こちらも頭では理解はしている。どちらかを選んだとしても「死」と「恐怖」が付き纏うからだ。
とは言ってもギフトを持っていて、自分で少しずつでも使えない獣人にはバディを持つ以外、この寄宿舎では小さな未来すらないに等しい。
「本当に獣鬼になるぞ」
それだけ伝え、グーテが住まわされている小さな家を出る。庭には花が植えられているが手入れしていないため枯れ始めていた。
ふわり、と風が頬を撫で、青々とした緑の匂いも鼻を掠めていく。
「帰るか」
家が立ち並ぶ間を歩いていく。やや暗く先ほどの風とは違い少し冷たい。小さな広場を通ると何人もの獣人が座って話をしたり、体を動かし自分達でギフトを使い獣鬼にならないようにしていた。
その近くを門番をしていた騎士達が獣人を見ながら周囲を確認しながら歩いて行く。
監視だ。獣鬼になりそうになるとすぐさま処分する者達だ。
「寄宿舎っていうより、町だな」
「まあ、町やからな」
「へー……」
一人、こちらを見ている獣人と目が合う。三角耳に長い尻尾。ガラが悪そうな見た目。
「ヴィント?」
ルストが小さく名前を呼ぶとガラが悪そうな獣人の耳がピクリ、と動き近付いて来た。
最悪だ。まだ前回の任務で負った右腕は治っていない。揉め事になったら何も助けることはできない。
ルストの前で立ち止まり、無言の数秒を経て二人は手を出し合い手を握る。
「久しぶりだな、ルスト」
「久しぶりって、まだそんなに経ってないやろ?」
「俺からしたら結構経ってんだよ」
ちら、とヴィントが横目で見てくる。
「こいつが新しいバディなのか?」
「ああ、そやで」
「うまいことやってんだな?」
「そうやな」
「……フラーテルはもう、いいのか?」
こいつ、どこまで知っているのだろうか。
急に他の獣人達の視線を感じる。
なんだ?
まるで敵として認識されたような気分だった。
「ああ、もう前に進んどる」
「へー」
ルストの言葉にヴィントが両眼を細める。
「……じゃあ、もうこれ、いらねえよな?」
ヴィントはルストの団服の襟元に指を入れ、ネックレスのチェーンを引っ張る。
ピン、と張った銀のチェーンは離れることを嫌がっているようだった。ルストの物なのに、なぜか自分の大切な物を取り上げられそうになっている気分になる。
「おい、ルストの友人か知らんがやめろ」
「うるせぇ。外野は黙ってろ」
失礼極まりない。
「外野はお前だろうが」
「レーベン、やめとき」
ルストの腕が自分の前に出される。
「だがっ」
小さく首を降ったルストは「やめや」と低い声を漏らしてくる。
ヴィントを睨めば、嘲笑うかのように鼻を鳴らされた。
「……お前は新しいバディを選んだんだ。もういらねぇだろ」
ブチ、と簡単に切れた銀のチェーンは項垂れたように張りをなくす。ルストの首元から奪われ、ヴィントの手から見える輝きに一気に息苦しさを覚えた。
「おい! お前、ふざけるな。それをルストに返せ」
肌身離さずルストが持っているものだ。
どれだけ大事かなんて、自分がアモルの指輪を持っているからこそ、痛いほど分かってしまう。「返せ」と近づこうとするとルストに再び阻まれてしまった。
「……ルスト」
「ええよ。ヴィントの言う通りや」
「は? 何言って」
「ヴィント、捨てといてや」
いやいや、だめだろ。
何言っているんだルスト。耳も尻尾も分かりやすく垂れているじゃないか。
「……じゃあ、とっととここから出て行ってくれ。仲良しバディが来るところじゃねえ」
顎をクイッと出入り口に向かって動かしたヴィントは、ルストのネックレスを持って広場を去って行く。
太陽の光に反射する銀色は悲鳴を上げるかのようにヴィントが前に進む度に光って何かを伝えているようだった。
「お、おいルスト」
「いいんや」
「何がいいんだよ。何も良くないだろ」
「いいんやって……さっきから他の奴らの視線が痛いわぁ。とりあえず出るで」
ルストに言われ見渡すと何人もの獣人が睨んでいるようにこちらをじっと見据えていた。
目の下に隈がある者、少し頬骨がこけた者。
「亡くしたバディの檻から出られん奴らや。あんま見ない方がええ。噛み付かれたらたまったもんじゃないで」
バッ、と獣人達からレーベンは視線を外す。
「それでええ。ほな、もう帰るで」
痛いくらいに腕を引かれ寄宿舎を後にした。
部屋に戻ったルストはソファに横になると、ぼーっと天井を見上げていた。
何を考えているのやら。いや、分かるだろ。どうみてもネックレスだ。
そういえばヴィントはフラーテルを知っているようだった。会ったことがあるのだろうか。
自分は会ったことも見たこともない。それどころか、女癖と酒癖が悪いおっさん、と自分の記憶には刻まれてしまっている。
ルストとアモルは会ったことも喋ったことがあるのに。自分もフラーテルに会ってみたかった。
レーベンは床に座り、ルストがいるソファにもたれかかる。今、ルストに何を言ってもネックレスのことは「もうええねん」としか言わないだろう。
「なんや。傍に座るなんて、珍しいやんか」
「別に。ただ、フラーテルってどんな人だったのか考えてただけだ」
「話したろうか?」
「え?」
振り返ると寝そべったままこちらを見下ろしていた。
「長くなるで?」
「今、暇してるからちょうどいいな」
「なんやそれ」
ルストは小さく笑い、天井を見上げる。小さく息をつく音。
レーベンも前を向き、胡座をかく。
「あれは俺が十八歳の頃の話や」
「うん」と小さくうなずき、レーベンも同じように天井を見上げた。




