第32話 噛み合うモノ
既に電報が届けられていたらしい王国騎士団が到着したのは、アラーネアを気絶させた数時間後だった。
颯爽と現れて、自分達が捕縛したような雰囲気を醸し出している。
「鼻につくわぁ」
ルストの声に気づいた部隊の隊長らしき騎士が近付いてくると「文句でもあるのか」と睨みつけてきた。
「大アリや。仕事しろや」
「ルスト、やめとけ」
同じ王国騎士団でも自分達を認めてくれるネットさんとは訳が違う。こいつはきっと碌でもない。
「仕事してるだろ? お前達、化け物が暴れた後処理をさ」
嫌味ったらしく顎を上げて嘲笑う。
レーベンの眉間に皺が寄る。
「あー……後処理ですか。貴方方がしっかりと管理せず取りこぼして大きくした問題を俺たちが、奔走しているので……一緒ですね」
騎士は「チッ」と舌打ちを鳴らし背を向け、自分の部隊の元へと帰って行く。
もうここでやることはない。
獣鬼も倒し、元凶となっていたアラーネアも捕まえて引き渡したのだ。
「ルスト、実家近いんだろ。どうする?」
そうルストに聞きながら王国騎士団の部隊によって運ばれて来るポエナの姿が目の端に入る。
両手を胸に抱き、眠るように目を閉じていた。あんな嫌な言い方をする部隊だから、もっと雑なのかと思っていたのだが、杞憂だったようだ。
別の騎士がポエナに黒い布をかけていく。
託した騎士曰く、この後、用意された棺に納棺され実家に届けられるらしい。
ポエナの罪がペグーニア家にどう影響を与えるのかは知る由もない。願望であった嫁には行けなかったものの家には帰れるのだ。
良かった、と一言で済ませていいのか分からない。
ルストも見ていたのか、視線が自分に戻ってくると小さく首を振った。
「……帰らん。戻ってもオカンがうるさいだけやし。疲れたから、もう騎士団に帰りたいわ」
「そうか」
「また今度、疲れてない時に連れてったる」
「分かった」
にやり、と笑ったルストは駅へと向かって歩き出す。
「肉食いたいわぁ」
小さく呟かれた言葉にレーベンは口元を緩める。
「お前のそういうところ、いいなって思うよ」
「もう結構、クセになっとるんちゃう?」
「はは、確かに」
やっとまともな呼吸が出来た気がした。
黒い布を被せられたポエナの亡骸が横を通っていく。鉄の香りが仄かに鼻を掠め、レーベンは瞼を落とす。
見たくないわけじゃない。ただ、目を閉じたかった。
「レーベン、どないしたん? 置いてくでー!?」
ルストの声に目を開ければ、もうポエナの姿はなかった。
「今行く」
息をついたレーベンはルストの元へと足を向けた。
汽車に揺られながら、オレンジ色になりつつある外を眺めていた。
何度も頭の中で流れるカテーナとポエナの最期。一生忘れることはないだろう。
レーベンは目の前で眠っているルストを眺め、小さく微笑む。
今回の任務で一つ決めたことがある。
ふと、見た目なんて似ていないのにアモルの姿が浮かび上がる。
優しく微笑み、小さく頷き消えた。
瞬きをするともうアモルの姿はない。下を向いたレーベンは、ルストの靴の爪先に自分の靴の爪先を合わせる。
「……もしお前が獣鬼になったら、俺も一緒に逝ってやるよ」
自分で言ってみて、小っ恥ずかしくなった。
席を立ち、個室から出ようとすると腕を掴まれる。
「ならあの世でもバディやな」
「……起きてたのか」
「そら起きるやろ」
レーベンはため息をつき、少し距離を空けてルストの横に腰を下ろす。
「あの世でも、って無理だろ。向こうにはアモルがいるだろうし」
ぐいっ、と襟元を引かれる。
「おわっ」
目を開ければ、差し込む光と同じ色をした琥珀色に見下ろされていた。
それに自分の頭の下には筋肉質で硬い脚だ。
急になんだ、と体を起こそうとするがそれを阻止するかのように額をそっと撫でていくルストの指。
「レーベンだめやで? 一緒に死ぬんやったら……あの世でもバディやで」
何を言っているんだか。
ルストの顔をどかし、体を起こす。
「お前だって、向こうにはフラーテルがいるだろ」
背中が重くなる。
「この間も言ったけど、今はレーベンだけや」
レーベンはため息をつく。
「そんなこと、確かに言ってたな」
ルストの三角耳だろうか。背中でピコピコ動いているのが団服越しに伝わる。
「……ほんなら、これやるわ」
立ち上がるルストは、備え付けの荷物置き場所から高そうな厚手の黒色の紙袋を取り出してくる。その中にある透明な袋の金色のリボンを取り外し、緑色の包み紙に包まれた飴を渡してきた。
そういえば駅近くの店で買い物してくるとか言っていたな。
ちら、と中を覗くと飴の他にもクッキーの袋やら香水のような容器が見えた。
どんだけ買ったんだよ。
「食べてみ? 飴、美味いで」
包み紙のねじれた両端を引っ張り、出てきた緑色の丸い塊を口に含む。
鼻を突き抜けるような爽やかな香り。ルストと同じ匂いがした。
冷たい味なのにどこか力強く、ほんのり甘い味が広がる。
「……まずい」
「な、なんやって」
「出していいか?」
「だめや! 全部食べや! そうだ、契約。契約の証や! 全部食べんと」
口の中で転がし、耐えられなくなり歯で噛み砕く。
「あーー! 高いんやぞ、それ!」
「うるさい」
「味わって食べてやあ」
しょうがないので言われた通りに口に残った欠片を味わう。
「もっと柑橘系とか、甘酸っぱい系なかったのかよ」
「飴だけは甘いのいやや」
「……合わないな」
「ほんまやな」
鼻で笑いながらレーベンはルストの肩に頭を置いた。
同じように鼻で笑うルストは「なんや甘えたか?」と頭をコツン、と当ててくる。
トンネルに入ったのか、外からのこもった音が響く。
「それでもお前と一緒に逝ってやるからな」
「頼んだわ。さっきも言った通り、あの世でも……」
「バディだろ? 契約成立だな」
トンネルから抜け出し、解放されたような音が耳を抜けていく。
口の中に残った欠片は全て溶けてなくなり、レーベンはルストに向かって手を出す。
「なんや、その手は」
「クッキーもあったろ? 寄越せ」
「あれもおんなじ味やで」
口直しができないじゃないか。
「ほんっと、合わないな」
「愛は結構噛み合っとるやろ?」
「……バディのな」
自分の席に戻り、腰を下ろす。
「駅着いたら何か甘酸っぱいの飲みたいなぁ」
「いややわぁ」
「うるさい」
ルストの脛を軽く蹴り、オレンジ色から変わりつつある空を眺める。
「コーヒーもありだな」
「おー、ええね。俺もそれはありやで」




